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04 賢者の弟子

 アルフィオがターンレスに来て4年、魔術レベルはかなり上がった。

 水魔法使いなので体力の回復魔法は身に付いたが、治癒魔法は適性がなかった。

 医学の勉強も続けていたが、経験も浅い若造の自分がトリアーニャの足を治すことは難しい。


「そうなると、その道の識者と知り合いにならないとな」


 アルフィオは隣国の国立魔術学院を飛び級で卒業し、大学院の治癒魔法の研究室に入った。

 治癒魔法は使えないが、医学の知識と魔法を結びつける理論が認められ、治癒魔法の権威の一人であるラウニー教授の研究室に入ることができた。


「アルフィオ君が論文をまとめてくれるから楽になったよ~」

「お役に立ててよかったです」

「で、君はワシに何をしてほしいの?」


 にこにこと人のよさそうな笑顔でラウニー教授が問う。

 細くなった目の奥は笑っておらず、長年最前線で活躍してきた術士に下手な嘘はつかない方がいいと判断した。


「左足がねえ……、で、呪いもかかっていると。その子、君の大事な子なんだね」

「……はい」


 『大事な子』と言われて思わず赤くなった。


「アルフィオ君、君そんな顔するんだねえ。いやあ、留学生で飛び級するくらい優秀で、イケメンで。いやあ、ワシ、君がスパイかなんかかと疑っていて。いや、ワシだけじゃなくてうちの国の上の方もちょいと警戒しててワシが監視下に置いたんだけどね」

「やはりそうでしたか。俺みたいなのが教授の研究室に入れるなんておかしいと思いましたし」


 アルフィオは公爵子息であることも隠していた。

 ロンサール公爵家がもっている爵位の1つ、ファーバ子爵の息子を名乗っていた。


「君、モテるのに全然女の子になびかなかったもんね~そんなにその子大事なの?ちょいとワシそういう恋バナ好きなのよ」

「教授、ちょっとかんべん……」

「詳しく教えてくれたらワシ全力で協力しちゃうよ~」

「いや、そんなんで軽く協力するとか言わないでくださいよ。アンタめっちゃ偉い人なんですよ?」

「あ、ちょうどいいや。いいお酒うちの学園長からもらったんだ~飲みながら話そうか」

「教授!」


 ノリノリのラウニー教授に誘導され、朝まで飲むことになった。

 聖樹を狙った犯人に大事な女の子が矢で射抜かれ左足が動かなくなってしまったこと。

 その子の足を治したいこと。

 医師の話では、矢に呪術的な呪いがかけられている可能性があること。


「ん~そうなると医学とか治癒魔法より呪い関係に当たった方がいいかもね~ワシの知り合いに聞いてみるよ」

「ほ、本当ですか。ありがとうございます」

「ん~ん~ていうか聖樹を狙った犯人ねえ……それ結局どうなったん?」

「犯人は自害、背後関係は不明のようです」

「聖樹を狙うなんてね、聖樹教会案件だよね~そっちもあたってみるね、ワシ」

「え、いいのですか?」

「いいのいいの。聖樹になんかあったらワシも他人事じゃなくなるからね。うちの国の聖樹も大丈夫か確認してもらうよ」


 とんとん拍子に話がすすむ。


「教授の酔いが覚めた時に忘れてたなんてことがないように書面にサインをしてください」

「あ~君のそういうとこ優秀だよね~はいはいサインサイン」

「もう少し警戒してくださいよ、ほんと大丈夫かなこの教授」


 アルフィオは無事にラウニー教授の協力を取り付けることができた。




 数日後、ラウニー教授に連れられてとある治療院に来ていた。


「ここねーワシの知り合いの子がやってる治療院。表向きはね」

「表向き?」

「さ、行こうか」


 清潔な建物の受付でラウニー教授が名乗ると奥の別棟に案内された。

 別棟に入ると空気が変わった。

 清潔な建物であることには変わらないが、魔術に使われると思われる道具が家の中を飾るように置かれている。


「ミューズ君~お邪魔するよ~」

「ラウニー様、お待ちしておりました」

「この子が話してたアルフィオ君ね。今年からうちの研究所に入った秀才よ」

「はじめまして。アルフィオ・ファーバです」

「はじめまして、ミューズよ。治癒師をしているわ」

「裏の稼業は呪術師ね」

「ラウニー様、一応隠してるのですから気軽に正体を明かさないでくださいませ」


 ミューズは20代の女性に見えるがラウニーとはかなり親しい様子だ。

 応接室に通され、ソファに座るよう勧められる。

 香りのよいお茶が出され一息吐くとラウニー教授が切り出した。


「ミューズ君、改めて紹介するね。隣国リリアンテーレから留学してきたアルフィオ君。水属性の魔術師だよ」

「あら、ラウニー様の元にいるのに治癒魔法ではないのですね」

「うん。彼は治癒師を探していてね。彼の大事な初恋のお嬢さんを治すために」

「教授っ!」

「ラウニー様っ詳しく!」


 ミューズの目がキラリと光った。


「長くなるよ?」


 ラウニーの目もギラリと輝いた。


「望むところですわっ」


 アルフィオはラウニー教授に話したことを少し後悔した。




「んまああー当時6歳の女の子が?身を挺して?んまああーーーなんてことっ」

「考えられんじゃろ?よっぽどアルフィオ君のことが好きじゃったんじゃなああーっ」

「ですわですわ!しかもそのあと婚約を断って、いやああーー健気っ」

「……お2人とも素面ですよね?」

「もちろんよっ。いやあーそれは治してあげたくなっちゃうわねー!アタクシも全面協力するわっ」

「……ありがとうございます」

「んでさー、ワシ1個疑問があるのよね」

「なんですか?教授」

「国の至宝、聖樹に近づけるって、君もその女の子も身分高い子よね?君、子爵子息じゃないでショ?」


 自分の本当の身分とトリアーニャの身分や名前は伏せていた。

 そこまで教授を信用しているわけではなかったのだ。


「言いにくいほど高貴な方かしら?」

「そういや、リリアンテーレのお姫様はほとんど表に出てこない方じゃったな」

「絵を描くのがお好きな変わった姫様だとか?」


 この2人には見抜かれているようだ。

 アルフィオは、覚悟を決めた。


「おっしゃる通り、俺が治してほしいのはリリアンテーレの姫、トリアーニャ様です。俺は公爵子息の身分でしたので幼少の頃から王宮に入っておりました」

「話は聞かせてもらった!リリアンテーレに行くぞ!」

「誰?」


 突如侵入してきた男がミューズの隣に座った。


「俺はケントだ。あちこちの国を回っている暇人だ」

「ひまじん……」

「とは言ってもね、ほとんどの魔術を使える超有能な魔術師よ、ケント君は」

「一応『賢者』の称号をもらってるんだけど、神出鬼没でねえ……なんで今ここにいるのよ」

「勘。ミューズにそろそろ会いたかったしな、ははは」


 溜息をついて新たにお茶を入れるためにミューズが立ち上がった。

 アルフィオは目の前の男を見つめる。焼けた浅黒い肌に黒い髪、緑の生き生きとした目。


 この人が賢者……このような男になれば愛しい人を守ることができるのだろうか?


「少年、そんなに見つめられるとさすがの俺も照れるぞ~」


 ケントは人懐こい顔で高らかに笑い出した。


「なにバカなこと言ってるのよ。はい、お茶」

「お、サンキュ。うーんこの薬草茶、ミューズの家に帰ってきたって感じだな」

「でさーケント君。ここに来た理由って何?ただの勘ってわけないでショ」

「この絵本が人気あるって聞いてさ。なあ、ミューズ?」


 ケントが取り出したのは最近発売された絵本3冊。この3冊の著者は『サラサ・アズール』となっている。

 販売元はアルフィオの父、ロンサール公爵が作った出版社だ。

 もちろんアルフィオもリリアンテーレ語のものを持っている。

 ケントが取り出したのはこの国、ターンレス語版だ。


「もうこの国の言葉に訳されたものが出ているのですね」


 アルフィオは絵本の発売速度に驚いた。


「俺が気になったのは内容だ」

「内容?」


 出された絵本は3種。

 赤いずきんをかぶった女の子が母親にお使いを頼まれておばあさんの家に向かう話。

 美しい姫が継母の王妃に疎まれ城を追い出され、森で出会った7人の小人と過ごしやがて王子に出会う話。

 継母と姉たちに虐げられていた娘が王子に見初められる話。


「どうやったらこのような話を思いつくんじゃろうなあ?」

「そうですね。それに絵をメインにする本なんて初めて見ました」


 ラウニー教授とアルフィオは読んだこともない話、見たこともない本の形式に感心している。


「作者は『サラサ・アズール』ってなってるけど、お前のお姫さんだろ?」

「ど、どうして……」

「絵を見りゃわかる!」


 せっかく名前を変えたのにバレてしまっていた。

 画風も変えているのに見る人が見ればわかるらしい。


「ミューズ、お姫さんは俺たち側の人間だ」

「そうね。となると、この先気を付けることは1つね」

「ああ、まだ時間はありそうか?」

「そうね……アルフィオ君、貴方今何歳?」


 突然ミューズがアルフィオに年齢を聞いた。


「俺ですか?16歳ですが……」


 どうしてそんなことを聞くのかわからない。


「ミューズ、間に合いそうか?」

「シナリオ通りならあと2年あるけど、いろいろ変わってるから」

「よし、少年!今からお前は俺の弟子だ。魔術を教えてやる。強くなれ」

「えええ?」

「ケント君本気?君が弟子をとるなんてさ」

「アタクシも協力するわ。で、1つお願いが。君の国の王国学院に、平民の女の子が転入してきたら教えて」

「はい……?」


 王国学院に平民が入ってくるなどほとんどない。

 魔力がなければ学院には入れず、魔力持ちのほとんどは貴族である。

 そのような稀なことがおこるとミューズは知っているのだ。

 すぐに故郷の王子に伝えねばならない。


「しょうがないなあ……アルフィオ君、休学手続きとっておいてあげるねえ」

「教授、ありがとうございます」

「ケント君とミューズ君は落ち着いたらワシにちゃんと説明してよね、訳がわからないから」

「すみません教授、時期が来たら必ず」


 アルフィオはケントの弟子となり、ミューズの家に通うことになった。







「は?お前、好きな女の子にプレゼントの1つもやったことないのか?」


 ケントの弟子となり2週間、やっとその扱きに慣れてきて雑談が交わせるようになってきた。


「いや、師匠にそれ関係ないでしょ……」

「関係あるわ!弟子の初恋だぞ。上手くいってほしいに決まってるだろーが」


 トリアーニャには自分に関わるなと言われたのだ。

 アルフィオもトリアーニャの足が治るまでは関わらないと決めていたのだ。


「馬鹿!そんでも彼女の兄貴や自分の父親を利用すりゃなんぼでもプレゼントできるだろうーが。今から行くぞ!」

「どこへ?」

「宝飾店だ。お前の目の色の宝石がついたネックレスでも買ってやれ。ついでに俺が護衛魔術をかけてやる!!」

「ええ~~」


 ケントは強引にアルフィオを連れてアメジストが付いたネックレスを買わせた。


「一体どういう口実で贈ればいいんですか?」

「誕生日とかは?」

「彼女の誕生日なんてとっくに過ぎてますよ」

「なんで誕生日に何もしねーんだよ」

「いてっ」


 頭を叩かれた。


「ほら、常時保護とお姫さんがお前を呼んだらすぐ行けるようにしてやったぞ」

「すぐ行けるってどういうことですか?」

「転移だな」

「え、そんな高度な魔術を簡単にこの石に?」


 自分の師匠は想像以上に規格外な男だった。


「理由なんて何でもいいから贈っとけ。お姫さんの兄貴の王子様に頼めばいいだろ」

「はい、ありがとうございます」

「おう」


 意外に素直な弟子に、ケントは目を細めてアルフィオの頭を撫でまわし、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。





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