01 悪役王女は前世を思い出した
「姫様?どうされましたか?」
突如、トリアーニャ姫は思い出した。
目の前には、樹齢数百年と思われる大きな樹。
聖なる力を宿している国の守り神『聖樹』と呼ばれる大きな樹。
その傍らには、アメジストのような瞳に水色のサラサラの髪を揺らしている美少年。
(これはもしかして、ロンサール公爵子息のアルフィオ様?推しの子供時代ってこと?なにこれ眼福!)
前世で夢中になっていた乙女ゲームの推しが目の前にいる。
彼は自分を姫と呼んだ。
(ということは私はこの国の王女、アルフィオ様の婚約者の……トリアーニャ?)
乙女ゲームの攻略対象は、第一王子、第二王子、公爵子息、騎士団団長子息、魔術師団団長子息がいた。
トリアーニャは、幼い頃公爵子息アルフィオをかばってできたかすり傷を理由に婚約者となるのだ。
両親や兄たちに甘やかされ我儘に育ったトリアーニャは、アルフィオに好かれていなかった。
この無理矢理の婚約で決定的に嫌われるのだ。
(そして、我儘姫は国民にも嫌われ最終的にヒロインにアルフィオ様を奪われ『ざまぁ』されるのだわ)
聖樹とアルフィオ、そしてトリアーニャの自分がいるこの状況。
婚約のきっかけとなるかすり傷を追う事件が起こるに違いない!
(ど、どうしましょう……たしかあの事件は、アルフィオ様ではなく聖樹を狙ったものの犯行だったはず)
アルフィオではなく、聖樹が狙われているのであれば、アルフィオを聖樹の前から追いやればいいのだ。
「アルフィオ様、おどきになって。わたくし、その聖樹にご用がありますの!」
精一杯、わがままな姫らしく偉そうに推しに命令をする。
「聖樹に?姫様、この聖樹はこの国を支える至宝。いたずらしてはいけませんよ」
アルフィオは嫌そうな顔をして、わざとゆっくり動く。
ちょっと厭味ったらしい言い方にトリアーニャに対する彼の気持ちが垣間見える。
(ううっ、わかってはいるけど、推しに鬱陶しいと思われてるのは少し悲しいわね。6歳のわがまま姫……それは関わりたくないわね)
悲しさが顔に出ないように、目に力を入れる。
睨んだような表情になってしまったが仕方ない。
「わたくしが命じたのです。早く動きなさい!」
アルフィオの体を押しやり聖樹の方へ駆けだす。
「なっ、姫様」
年下の姫に押されアルフィオがむっとした声を出し、バランスを崩す。
と、そこへ鋭い矢が飛んできてトリアーニャの左足に刺さった。
「きゃああっ」
「姫様っ!」
トリアーニャの悲鳴とアルフィオの叫び声に、王家の護衛騎士たちが騒然とした。
「姫っ……トリアーニャ姫っ!しっかり!はやく!医師を!!」
アルフィオと護衛騎士がトリアーニャに駆け寄り、体を支える。
小さな細い体から出ていると思われる血がトリアーニャの白と黄色のドレスを染めていく。
(あるかどうかわからない程度のかすり傷を負うだけのはずが……わたくしが動いたせいでゲームのシナリオとは違ってしまったのね。でもこれで聖樹もアルフィオ様も守れたし、ゲームのような展開にはならないわ……)
トリアーニャは意識を失った。
目を覚ますと、自分のベッドにいた。
矢が当たった左太ももには包帯が巻かれている。
起き上がるのが辛い。
「姫様、お目覚めになったのですね!」
トリアーニャについていたと思われる侍女たちが動き出す。
「お医者様を呼んできますわ」
「起き上がれますか?」
自分だけでは起き上がれなかったので侍女の手を借りて上半身を起こす。
水をもらいゆっくりと飲み始めると脳がクリアになってきた。
(ああ、そうか、矢が足に刺さって……どのくらい寝ていたのかしら?聖樹を狙った矢は魔術的な呪いがかかっていたはず)
ベッドでゆっくりと前世のゲームの内容を思い出す。
乙女ゲーム『聖樹に導かれし花の乙女』では、各国にその国を支える聖樹がある。
ゲームでは我がリリアンテーレ国の聖樹は他国の刺客により呪われ徐々に枯れていく。
その枯れた聖樹を元に戻すのがゲームのヒロインのちに聖女となる乙女だ。
(他国の刺客が聖樹に呪いをかけるなんて……そんな刺客が簡単に聖樹のもとに来れるなんて王家のセキュリティってどうなっているのかしら?)
ゲームのときは気にならなかったが、自分がこの国の姫であると思うと我が国の護衛に不安が募る。
「トリアーニャ!目が覚めたか!3日も意識が戻らず父は……父はっ」
騒がしく入室してきたのは、この国の王。
国民の前では理性的で落ち着いている王は、家庭の父の顔になるととたんに感情的になる。
今回も、トリアーニャの部屋についたとたんに寝室まで走り出し、ベッドに縋り付いて泣き出してしまった。
「お父様……」
「アナタ落ち着いてくださいまし。ああ、トリア、心配したのですよ。痛みはまだありますか?」
父をたしなめて優しく抱きしめて頬を撫でてくれるのは母。
この国の王妃で美しい金髪に深い海のような蒼い目。トリアーニャはこの母によく似ていて、両親に溺愛されている。
兄王子2人も両親のあとから入ってきて、側により手を握ったり頭を撫でてくれている。
(えーっと、今の私が6歳だから、金髪の第一王子エミリアーノが9歳、銀髪の第二王子デュオニージが8歳か)
後に成長し、攻略対象となる兄たちだ。
(6歳の私が言うのもなんですが、めちゃくちゃ可愛い!!お人形さんか!)
「トリア、ちょっと熱がある?」
「うん、おでことほっぺが赤い感じがするね」
母や兄たちに触られまくっている。
ペットの猫や犬を撫でまわしているかのようだ。
父たちと一緒に来た医者や魔術師の話によると、矢には魔術的呪いがかかっていたので、その呪いがトリアーニャにかかっているとのこと。
左足の傷は消えず、動かすことは困難になるだろうと。
体にも不調が出ることが予想されるとのこと。
(常に微熱があったり、咳が出たりする感じかしら?年中風邪を引いているみたいな)
「トリアーニャよ、すまぬ。父の力不足で其方の人生が変わってしまった」
「いいえ、お父様のせいではありません。それに聖樹に何事もなくてよかったですわ。わたくし王族として立派に動いたと思いますの!」
家族を元気づけるように続ける。
「聖樹を狙ったのでしょう。生きていただけでももうけものですわ!」
「トリアーニャ……っ」
父がトリアーニャに抱き着いて号泣し始めてしまった。
母に止めてもらおうと横を向いたら、母も号泣している。
後ろを向いたら兄たちも泣いていた。
遠くを見ると侍女たちもこらえきれずすすり泣いている。
(なんでやねん……)
大人たちが泣き出してしまったこの地獄絵図に6歳児は呆然としてしまった。
「見苦しい姿を見せてしまった」
まったくだ。一国の王が医師や魔術師や護衛や侍女がいる前で軽々しく泣いてほしくない。
ジト目の6歳児は生ぬるい空気を醸し出し父を見つめていた。
「トリアーニャよ、其方は左足に傷を負ってしまった。そこでロンサール公爵家が子息をかばったお前との婚約を「お断りします」」
食い気味に断った。
アルフィオの婚約者になったらヒロインに『ざまぁ』されてしまう。
この世界は魔術があり、ヒロインや攻略対象たちは魔術の扱いが上手い。というか、メインキャラクターらしく国でも上位の魔術者となる。
対して悪役王女たるトリアーニャは、魔力も少なく、魔術もへたくそだった。
王族なのに、魔術を使えず、努力もせず、見た目だけは可愛らしい我儘姫、それが転生後の自分。
我儘姫はアルフィオや兄王子たちに可愛がられるヒロインに嫉妬し、嫌がらせをするのだ。
一番ひどいのが、王女の権力を使って騎士たちにヒロインを襲わせるというものだ。
(同じ女子としてそれは絶対許せない。嫌がらせではなく犯罪!!!)
今はそう思っていてもシナリオの強制力でいつ自分がその凶悪な悪役王女になるかわからない。
なんとしても、攻略対象の婚約者などという立ち位置は放棄したい。
聖樹の呪いを解く大事な乙女への犯行とあって、犯罪人を閉じ込めておく北の搭に幽閉されるのだ。
シナリオによっては死刑エンドもあった。
「しかし、トリアーニャよ。立って歩くことも出来ぬ其方は王女としての重責も担えまい。どこぞの良い家に嫁に行くのが一番であろう。ロンサール公爵家であれば我らも安心して其方を嫁に出せるのだが」
「わたくしに傷を負わせたという理由での婚姻などお断りですわ。アルフィオ様に負い目を持たせたくありませんわ」
傷を理由に婚約したら推しに嫌われてしまう。
『傷さえなければお前のような傲慢な女と婚約せずに済んだのに』
ゲームでのセリフを思い出す。
(そうそう、傷を理由に無理矢理好きな人を婚約者にするのよ。こんな我儘姫が愛されるわけがないわ)
父王の口調からすると、王家からロンサール公爵家への婚約の申し入れのようだ。
不良債権化した王女を引き取れと言う命令である。
「いやですいやですいやーーーですっ!絶対にお嫁にいきません!!!お父様とお母様のお側にいるのーーー!!」
「そうか……そんなに嫁に行くのは嫌か……この父も可愛い其方を嫁に出したくないっ!ああそうだ、ずっと父と母の元にいるがよいっ」
娘に甘い父王はあっさり陥落した。