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悔恨と我が儘と贖罪

後悔と贖罪の日々

作者: 夏風

オリヴィアの異母妹、シャルロット視点のお話です。

随分と遅くなってすみませんでした。

 今日も女神像の前に跪き、祈りを捧げる。

 それは決して自分の為でも無ければ、国の為でも無い。

 今は亡き私の大切な二人の為に。


 でも、二人の冥福を祈るのは自分の行いを後悔しているから。

 そう思うと、この祈りも結局は自分の為なのだろう。


「何も変わらないわね。私は……」


 聖堂の中で一人、祈りを捧げる私の口からは自嘲的な言葉が漏れていた。


 ―――――――――――――――


 私は『シャルロット』、どこにでもいる平民の女の子だ。

 お母さんと一緒に庭の畑を耕したり、裁縫や翻訳の仕事をしたりして生計を立て、二人で暮らしている。

 暮らしはちょっと貧しいけど、特に翻訳の仕事は報酬が良いのでひもじいという程じゃない。

 何でも翻訳の仕事はとても難しいものらしく、普通は平民でできる人なんてまずいないらしいのだ。


 それにお母さんは他の家の人と比べても、どことなく雰囲気が違う。

 だから、私はある時聞いてみた。

 すると、お母さんは、元は侯爵家の令嬢だったけど、事情があって家を出なければならなかったらしい。

 私が「家族なのに酷い」と憤慨すれば、お母さんは困った顔をして優しく頭を撫でてくれた。



 私が五歳になってから、しばらく経ったある日、世界が一気に変わった。

 お母さんと一緒に絶対に乗る事なんて無いと思っていた豪華な馬車に乗って、とても大きくて豪華な邸へと連れて来られた。


 何でもここはノーザン公爵という貴族様の邸みたいで、公爵様は奥様を亡くされ、お母さんを迎えることにしたらしい。

 邸に入ると多くの人たちが私たちを迎えてくれた。

 正面を見ると、私と同じくらいの女の子がいる。


 艶やかな黒髪、宝石のような綺麗な瞳の女の子は『オリヴィア』と言い、彼女は私の姉になるのだと聞かされた。

 これまでお母さんと二人きりだった私は家族というものに強い憧れを抱いていた為、お父さんだけでなく、姉までできることに浮かれていた私は、彼女の笑みが引き攣っていることに気付きもしなかった。



 それからの私は姉であるオリヴィアにべったりだった。

 朝起きて食事が終われば、すぐに姉の元を訪ねた。

 オリヴィアはとても所作が綺麗で気品に満ち、物知りで何でも教えてくれたし、本の読み聞かせなんかも嫌な顔一つせずにしてくれる。

 私もそんな姉のようになりたいとせがみ、彼女から色んな事を教えてもらった。


 ただ、残念なことに姉は何故か私たちと食事を共にしない。

 ある時、その事を疑問に思ってお父さんとお母さんに聞いてみた。


「どうしてお姉ちゃんは一緒に食べないの?」

「オリヴィアはシャルと違って勉強することがいっぱいあるからだよ」

「あんなに何でも知ってるのに?」

「そうよ……ところでシャル。お姉ちゃんに何か言われたの?」

「うん! お姉ちゃんに絵本を読んでもらったり、花の事を教えてもらったり、お辞儀の仕方とか色々教えてもらったよ」

「そう……良かったわね」

「うん!」


 お母さんの顔が一瞬だけ怒りに満ちたように歪んだ気がしたけど、すぐに笑顔で頭を撫でてくれたから、私はきっと気のせいだったのだと思った。



 この時を境に姉と顔を合わせることはほとんど無くなってしまった。

 姉の部屋を訪ねても、「勉強中なので」と使用人たちに止められ、部屋に入る事さえできない。


 仕方ないので、それまで姉に教わったことを思い出しながら一人で勉強することにした。

 時折、姉に似た声ですすり泣きが聞こえてきたが、何でもできる物知りな優しい姉に、そんな泣く様な辛いことが起きるわけ無いと思っていた。


 私が姉に習ったカーテシーで父を出迎えると、お父さんもお母さんもとても嬉しそうに破顔した。


「おお、凄いな、シャルは。もう立派なレディだ」

「本当ね。出来の悪い()()()とは大違いだわ」


 その言葉に私は顔を上げた。

 お母さんが誰の事を言っているのかわからなかったが、これまでお母さんが人を悪く言っているのを見た事が無かった。

 だから、余計に気になってしまったのだと思う。


「お母さん、“あの子”って誰?」

「ああ、あなたの姉のオリヴィアよ。本当は“姉”なんて思いたくないけど」


 大好きなお母さんが何で姉の事を悪く言うのかわからなかった。

 だって、姉は本当に何でも知っていて優しいのだから。



 数年後、お姉様に婚約者ができた。

 相手は『美貌の賢才』と名高い『ローファ』殿下だ。

 美しくなられたお姉様も品格と教養を兼ね備え、『珠玉の麗花』と謳われている。


 美男美女の二人が並ぶと、とても絵になる。

 殿下と一緒にいる時のお姉様は、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべているから、殿下の事をお慕いしているのだろう。

 何だか少し妬けてしまう。


 それに正式に王太子の婚約者となったことで、お姉様の妃教育が始まり、余計にお姉様と過ごせる時間が無くなってしまった。

 その不満をお姉様に言うと、驚いたことに私にも登城が許されたのだ。

 どうやら、お姉様が殿下に掛け合ってくれたらしい。


「これで少しでも長くお姉様と一緒に過ごせるんですね。嬉しいです!」

「私もよ、シャル。殿下に御礼を言わなくてはいけないわね」


 お姉様と一緒に城へ向かう馬車に揺られる時間は至福とも言えるものだった。


 でも、そんな思いもすぐに枯れてしまう。

 というのも、お姉様が妃教育に励んでいる間、私はすることが無いのだ。


 お姉様には本でも読んで時間を潰すことを勧められたけど、お姉様がいないと何も頭に入って来なくて面白く無い。

 仕方なく城の中を散策していると、衛兵に呼び止められてしまった。


 事情を話すと、理解してくれたのか、しばらく待たされた後に殿下の執務室へと通された。

 さすがに城の中をうろうろされるのは困るので、ここに連れてくるよう殿下が指示だったのだが、見知った顔もいない城の中で心細かったのもあり、私は安堵の息を吐く。


「妃教育が終われば、オリヴィアもこちらに来るから待っているといい」

「ありがとうございます!」


 私の心中を察してくれたかのような殿下の心遣いがとても嬉しい。

 淑女らしく礼をしながら、私は感謝を伝えた。


 とはいえ、殿下はお忙しい身なので、私に構ってばかりもいられない。

 例え、それが婚約者の妹であるとしても。


 さすがの私も空気を読んで話しかけることは極力避けてきたが、数日でそれも限界に達した。

 それを見かねてか、殿下はティーセットを用意してくれたり、他愛の無い話を振ってくれたりする。

 本当に気遣いのできる素敵な方で、殿下のような人がお姉様の婚約者であって本当に良かったと改めて思う。


 ここで私はふと思った。いや、思ってしまった。

 お姉様の婚約者なら、いずれは私の義兄になるのだ。そうであれば、もっと仲を深めてもいいはずだと。

 家族に憧憬を持っていた私は姉だけでなく、兄までできることに喜びを覚えた。


 そして、考え無しに浅はかな行動を取り続けてしまった。


 特に決定的となったのは、殿下に耳飾りを買ってもらったことだろう。

 その日は妃教育が早めに終わる日であり、三人で街に下りることになっていた。

 しかし、お姉様は体調が優れなかったのか、黙って帰ってしまったらしい。


 仕方なく私は殿下と一緒に街へと繰り出した。

 お姉様がいないのは残念だったが、街に行くことを楽しみにしていた私は、この時渋る殿下に気付くことは無かった。


 そのまま二人で宝飾品店に入ると、私はアクセサリーが欲しいと殿下に強請った。

 殿下は僅かに表情を固くしたけど、「好きなのを選んでいいよ」と言ってくれたので、青紫色の宝石が付いた耳飾りを選んだ。

 お姉様の瞳の色と殿下の瞳の色を混ぜたような色合いが気に入ったからだ。


 耳飾りを見て殿下の顔がさっきよりも更に強張ったように見えたけど、きっと気のせいだろう。別にやましい事なんて無いのだから。


 その翌日、登城する前にお姉様の部屋を訪ねた私は、殿下に買ってもらった耳飾りを見せた。

 もしかしたら、お姉様は私がこれを選んだ理由に気付いてくれるかもしれないと思ったから。

 でも、お姉様の反応はそんな浮かれた私が考えていたものとは、真逆のものだった。


 顔を伏せたお姉様から殿下の事を好きかと聞かれた私は、そう問う声がとても冷たい事に気付きもせず、笑顔で答えてしまった。


「もちろん! だって、家族になるのよ? それより、何で先に帰っちゃったの? お姉様も一緒に行けば、殿下に――」

「うるさい! あなたに“姉”と呼ばれたくないわ!」


 会ってから初めて聞くお姉様の怒声に、私はびくりと体を震わせた後、何も言葉が出てこず、そんな私を置いてお姉様は足早に部屋から出て行ってしまった。


 その夜、私はお父様に呼ばれて書斎を訪ねた。

 書斎に入ってすぐにソファに座るよう促され、お父様の対面に座る。


「シャル。ローファ殿下の事は好きか?」


 座ってからお父様は何か逡巡したような間の後、そんなことを聞いてきた。

 好きかと聞かれれば、好きな部類に入るだろう。

 顔立ちは綺麗だし、優しい。何より、大好きなお姉様の婚約者で、ゆくゆくは義兄になるのだ。

 血は繋がっていなくても家族になるのだし、これまで接してきた中でも嫌いになる要素など無い。気は早いが、普通に家族として好きだ。


「はい。好きです」

「そうか……呼び出して悪かったな。部屋に戻りなさい」


 私はお父様の何とも煮え切らない態度に首を傾げつつ、自室へと戻った。


 本当に私はなんて考え無しだったのだろうか……


 数日後の朝、お姉様が自室で息を引き取っているのが見つかった。

 私は信じられなかった。信じたくなかった。


 お姉様と喧嘩別れをしたまま、関係を修復することもできず、悲しい気持ちと一緒にお姉様への怒りも湧く。


 もっとお姉様とお話ししたかったのに。

 もっとお姉様から色々な事を教えて欲しかったのに。

 もっとお姉様と一緒にお出かけしたかったのに。

 もっと、もっと、もっと……


 呆然自失となった私が自室の窓から外を眺めていると、侍女が私を呼びに来た。

 すぐに書斎に来るようにと。


 私はショックで足元が覚束ないながらも、書斎の前へと辿り着いた。

 部屋に入ると、そこには満面の笑みを浮かべた両親がいる。

 それに私は吐き気を覚えた。


 ――お姉様が亡くなったのに、この二人は何でこんな顔ができるの?


 だけど、そんな私の心中はお構いなしに、お父様はソファに座るよう私に促した。

 それに従いソファに私が腰を下ろすと、更に目の前の二人は笑みを深める。

 そして、私に耳を疑うような言葉を吐いたのだ。


「喜べ、シャル。お前と殿下の婚約が決まったぞ!」

「はっ? 私と誰のですか?」


 私には到底受け入れられない内容だった。

 お姉様が亡くなったその日に何を言い出すのかと。

 それでも、目の前の男は言葉を続ける。


「誰? ははは、誰も何も殿下と言えば、ローファ殿下しかおらんだろう」

「そうよ。可愛い貴方を他国(よそ)に嫁がせるなんてありえないのだから」

「ありえないのはお父様とお母様です!」


 我慢ならなくなった私は、立ち上がって怒りのままに声を荒げた。


「お姉様が亡くなられてその日の内にこんなこと……悲しくは無いのですか!?」


 私にはもう両親が別の生き物のように見えて仕方が無かった。

 両親は私にまだ何か話すことがあったようだが、私はこれ以上聞きたくなくて部屋を飛び出し、お姉様の元へと向かう。

 でも、私は侍女の一人に止められた。


「お嬢様、申し訳ありませんがお通しすることはできません」

「何で!? お姉様に会わせてよ!」

「オリヴィアお嬢様の境遇も知らず、あまつさえ婚約者である殿下を誑かしたあなたが、どうして顔向けできるというのですか?」

「えっ……?」


 侍女からお姉様が両親から虐げられていたことと、私と殿下の仲が睦まじいとの噂が流れていることを教えられ、その事実に私は耳を塞ぎたくなった。


 そうして、頭が冷めると、自分のこれまでの行いが、どれだけ姉を追い詰めていたのかが見えてきた。


「お姉様……ごめんなさい……」


 後悔しても、謝罪しても、どんなに泣いても大好きな姉は帰って来ない。

 わかっていても私は溢れる涙を止めることはできなかった。


 ―――――――――――――――


 お姉様を見送ってすぐに私は修道院に入った。

 当然、両親には止められたけど、強引に家を出た。

 それと同時に各所へ今回の件のあらましを書いた手紙を出している。

 きっと醜聞が広まり、ノーザン公爵家の衰退は免れないだろう。

 もう私にはどうでも良い事だけど。


 それからしばらくして、ローファ殿下が廃嫡になったと、風の噂で聞いた。

 そして、騎士になり、赴いた遠い戦地で命を落としたことも。


 私は改めて自分の浅はかな行いが招いた代償の大きさを実感する。


 輝かしい殿下の未来を――

 大好きな姉の命を――

 そして、望んでいた大好きな人たちとの日々を――


 全て壊してしまった。


 私の罪は重い。とてもとても重い。


 私は今日も祈り続ける。

 せめて、私の大好きな二人が天国で再会できていることを。

 来世では二人が結ばれ、幸せな日々を送れることを。

ご覧いただき、ありがとうございます。

これでシリーズになる三つの作品は終了です。

これを書いてて、『実は~』みたいな展開も、四つ目として書こうかと思ったのですが、ひとまず止めました(苦笑)

しかも、他の二つを見直してて、かなりの誤字脱字などを発見して地味にへこみました。


ともかく、ご覧頂きありがとうございました。

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