転生者は学園都市で恋がしたい
転生者には種類がある。
同じ世界に居た過去の人物の記憶を持っていれば、別の世界の知識や記憶を持ち込んでいたりもする。
単刀直入に言っておこう。俺は後者。
前世の記憶は、散々使った親のクレジットカードの番号から昔遊んだゲームでいきなり最強の状態でスタートできるパスワードまで鮮明に引き出せる。
異世界転移や転生のラノベはそういうものが流行ってるという事ぐらいで積極的に読んだりはしてなかった。
前世の俺の事はどうでもいい。それはたいした問題ではない。
問題なのは魔法が使える事で親にぶち込まれたこの学園都市とかいうわけのわからない場所だ。
なんだここは。なんだこれは。
治安の悪い地域で一人で出歩いてはいけないという、前世で耳にしていた身を守る為の知恵が思い出される。
学園の、校舎の廊下がまさにそれだった。
この学園、どこの恋愛シミュレーションゲームなのかと思う程、誰が誰と付き合ったとか、そういう話題がめちゃくちゃ多い。
確かめる気にはなれないが、そこの空き教室では愛の営みが行われているかもしれない。
もし攻略対象がそこで誰かの陰茎をしゃぶってるNTR上等な世界だったなら、俺はもう生きていけない。抜きはするけど自分ではそんなの体験したくない。
魔法使いとしての伝統と教養を教え込もうとする学園と、そんなのは二の次な生徒達の意識の断絶が目に見えるほど大きい。
遅かれ早かれ、この魔法使いの社会は滅びそうだ。
「そこの先輩、ちょっと手伝ってくれませんか。」
歩いてるだけで突然のお誘いが来る。悪い気はしないがこれは魔性の罠だ。
魔法使い達の世界では前世で住んでいた国の過疎地域と同じく少子高齢化で伝統の断絶が慢性的に続いていて、大昔のカビ臭い考え方を引き継ぐ後継者の争奪戦が日常的に行われている。
伝統と呼べば耳触りは良いが、実際のところ弟子を人として扱わない最低最悪な文化だ。滅んでも痛手にはならないだろう。
今声をかけて来た女子生徒の狙いは俺自身ではないはず。
なにかとうるさい実家から離れたいだけ。俺のような変な男を気に入った事にして、家に勘当されたところで俺まで切り捨てて自由を得るのだ。
俺は知っている。なぜなら前世で経験済みだから。
どこの世界でも人類はクソッタレだ。誰も信用してはいけない。
無視して突き進んだ先にあった光景を見てから、後悔してしまった。
人が仰向けに倒れていた。
俺が駆け寄るよりも早く、さっき声をかけてきた女子生徒が俺を追い越して行き、その人物の耳元でなにか声をかけていた。
彼女のボーイフレンドか何かなんだろう。ざまあと指さし笑う気にはなれなかった。
「あ、さっきの先輩。」
不安げに周囲を見渡した女子生徒が俺に気付く。
先程は気にも留めていなかったが、リボンタイの色は明るいオレンジ色。あれは、特別学級?
何も事情を聞かずして立ち去ろうとしてしまった手前、すごく気まずい。
今からでもその人物を運ぶのを手伝えば、倒れたフラグは再び立つだろうか。
「見ての通り緊急事態です。魔法使いますけど、見なかった事にしてください。」
どんな状況でも許可なしでの魔法の使用を認めない頑固な校則がある。
だが、誰も手伝ってくれない状況で人を運ぶ際、全く釣り合ない体格差をカバーするには魔法しかないと判断したらしい。
自らが制裁されることも厭わず人助けの為ルールを破る。なんて健気なのだろうか。
いいだろう。その献身的な精神に免じて見逃そうではないか。
「ありがとうございます。では。」
頷いた俺に礼を述べる女子生徒。違反は違反だが、感謝されるのは気分がいいな。
まばたきした一瞬のうちに、二人の姿は無くなっていた。
魔法を使った事すら認知させてくれなかったので、使った気配を感じさせない転移魔法が存在するのか、隠遁魔法なのかはわからない。
濁った雰囲気の学園でいいものを見た。泥の中で咲く蓮の花を見た気分だった。
昔のクソッタレが作った古い感覚のクソッタレな校則なんて破ればいい。時代は今生きる者達の為にあるんだ。
女の子から声がかかったのに、俺に向けたナンパではなかったのは残念だった。
出会いなど諦めていたはずなのに、残念だと思った事に驚いた。
本当にそれだけだったが、根性を腐らせていた俺は再起した。
我ながらチョロい。単純すぎる。だがそれでもいい。
ドロドロしたものが延々と渦巻くこの学園でも、前世のうちから追い求めていたものがある。それが見れただけで気を持ち直すには十分だった。
今ここに居るのは、負け組だのヒキニートだのオタクだの散々貶された過去の自分ではない。中身は一緒だが別人だ。
昔問題を起こしたわけでもないし、暗い過去を引っ張り出すのは自分しかいない。だから変わるんだ。
小さい優しさの積み重ねでいい。誰かを愛したい。
下心もある。思春期の身体だそれくらい許せ。
ああ、俺も学園の空気に感化されてしまったか。だがそれでもいい。
二度目の人生、全力でやってやる。