アリサ
翌朝、私はカーテンから漏れてくる朝日で目を覚ましました。ちょうど目が覚めた頃合いにエリエが朝食を持ってきてくれる。朝食は米と呼ばれるこちらの地方独特のものが出ました。パンにはジャムやバターのような甘い物が合いますが、米には魚や漬物のようなしょっぱいもの、そしてお肉のような少し脂っこいものも合いました。
さて、朝食を食べ終えた私はエリエに「ご自由にしていてください」と言われていたのでとりあえず王宮の庭園を見て回ろうと、服を着替えて部屋を出ます。
すると部屋を出たところで私は一人の女性と出会いました。
彼女は私と同じか少し年下ぐらいの少女で、少し釣り目気味の眼差しと、くるくる巻かれた髪型が印象的です。豪奢な服装をしているというのもありますが、彼女はネクスタ王国で見てきた貴族令嬢と同じ雰囲気があります。きっとこの国の名のある家の生まれなのでしょう。
「あなたが昨日隣国からやってきたという巫女候補?」
「は、はい」
心なしか刺のある声色で訊かれ、私は少し緊張しながら答えました。
すると彼女は勝手に話を続けます。
「私も巫女候補のアリサ・ルドリオン。知らないと思うから説明しておくと、ルドリオン家はエルドラン王国建国に功があった家で、歴代の巫女を三人も輩出してきた。そして私もこれまで巫女候補として学問、魔法、竜知識など様々なことを学び、次期巫女として期待されてきた。だから私はあなたにも負けないわ」
ルドリオン家と言えば他国出身の私でも名前ぐらいは知っている名家です。その家の当主の方がネクスタ王国に外交に訪れたこともあります。
そして言われてみれば、確かにアリサからはただならぬ魔力を感じます。家柄だけでなく本人も能力のある人物なのでしょう。
「私はシンシアと言います。よろしくお願いします」
「何がよろしくなの、私たちはこれから竜の巫女の座を争うライバルだと言うのに……て、シンシアってあのシンシア?」
私の名前を聞いて突如アリサは驚愕します。
他にシンシアという有名人はいないと思われますので、ネクスタ王国元聖女の、ということでしょう。
「おそらくそうです」
が、私が答えるとアリサは目を釣り上げて怒りました。
「そうですじゃないわ! 何であんたがこの国に来ている訳!? 大人しく自分の国で聖女やってなさいよ!」
アリサの指摘はもっともなので私は思わず苦笑してしまいます。
「実は事情がありまして……」
私はここに来るに至った経緯をかいつまんで彼女にお話しします。
アリサは目を丸くして話を聞いていましたが、話が終わるとやがて呆れたように言いました。
「そんな訳の分からない話、信じられる訳がないわ」
「そうですよね、私もいまいち実感が湧きません」
聖女になることも、聖女を追放されることもそうそうないのに、その上隣国の竜の巫女の候補になるなんてことはさらになかなかないことです。他人に話しておきながら自分でもいまいち実感はありません。
「とはいえ、誇り高き竜の巫女を他国の者に譲るなんてありえないわ! 確かにちょっとばかり魔力が高いかもしれないけど、それと巫女に選ばれることは全くの別ということを覚えておきなさい!」
「は、はい」
アリサからは絶対に巫女になるという強い気配が伝わってきて、私は思わず返答に困ってしまいます。
「とにかく私は誰が相手でも負ける気はないわ!」
そう言ってアリサは去っていくのでした。
そこへ少し曇った顔のエリエがやってきます。
「アリサ様と会われたようですね」
「は、はい」
私が頷くと、彼女は困ったように話し始めます
「すでにおうかがいかもしれませんが、アリサ様の出身であるルドリオン家はこの国でも有数の名家なのです。その中でも彼女は生まれた時から魔力が多く、次代の竜の巫女になるべく期待されて育ったのです。今回の選定の儀でもシンシア様がいらっしゃるまでは当然彼女が選ばれるべきだと周囲にも思われていたのですが……。そしてそれをわざわざ来ていただいたシンシア様に申し上げるのも心苦しく」
エリエはエリエでお互いの事情を知っているようで心苦しそうです。
が、私まで困っているのを見てエリエは急に表情を明るくします。
「まあ、とはいえシンシア様にその辺の事情を考慮していただく必要はありません。選定の儀では全力を出してください。竜国としては、一番ふさわしい人物が巫女に選ばれるのがいいことなので」
「わ、分かりました」
私はエリエの言葉に頷きます。
今まではそこまでの実感はありませんでしたが、今の話を聞いて、承諾した以上全力を尽くさなければならないという気持ちになってきたのでした。