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ハリス王子

「大丈夫か?」


 そう言って私の前に降り立ったのは一人の青年でした。鋭い目つきに引き締まった口元という凛々しい顔立ち、体つきも逞しく、腰には上質の剣を帯びています。今は旅装をしていますが、相応の服装を纏えば王族や貴族にも見えるでしょう。

 そんな人物がすぐ近くに降りたので思わず心臓が高鳴ってしまいます。


 しかもそれだけではありません。隣には彼が今まで跨っていた若い竜がいます。体長は三メートルほどで、一般的にイメージされる竜よりは少し小ぶりですが、鋭い爪と牙、そして体を覆う固い鱗と大きな翼はそのままです。さらに青年によくなついているようで、今も彼の隣で大人しく座っています。基本的には誇り高い種族と言われる竜がここまで人に懐いているのは初めて見たかもしれません。もっとも、竜自体数回ちらっと見たことがある程度ですが。


「は、はい。私は大丈夫です」


 突然そんな高貴な男性が隣に現れたので戸惑ってしまい、そんな頼りない答えになってしまいます。こういうとき、もっと堂々と答えられれば良かったのですが。

 私の答えを聞いて彼は少し安心したようでした。


「それなら良かった」


 が、彼がそう言った時でした。

 ブーン、という鈍い羽音とともに先ほど追い散らされた虫が再び群れを作ってこちらに戻ってきます。


「あの、虫が」

「分かってる。安心してくれ」


 そう言って彼は剣を抜くと私の前に立ちます。そして虫の群れに向かって目にも留まらぬ速さで剣を振り回します。

 素人の私からすると、人間の指ほどの大きさの虫を狙って斬るのは至難の業ですが、彼はいともたやすく次々と虫を斬っていきました。彼が剣を振るうたびにぼたぼたと真っ二つになった虫が落ちていきます。


 やがて虫の群れは全滅し、悪い気配も消えてしまいました。その剣裁きは戦闘というよりも演武を見ているかのように美しかったのです。

 私はそれをただ感心しながら眺めていることしか出来ませんでした。


「あの、助けていただきありがとうございます」

「いやいや、たまたま通りかかっただけだ」


 虫を全滅させた後、彼は先ほどの私と似たようなことを言ってこちらを振り向きます。


「改めて自己紹介をしよう。僕の名はハリス。エルドランの第一王子だ」

「何と!」


 その名乗りに私は変な声を上げてしまいました。ネクスタ王国の東側にある隣国のエルドラン王国と言えばこの王国とほぼ同じくらいの大きさです。確かに一目見たときから只者ではないと思っていましたが、まさか隣国の第一王子だったとは。

 とはいえ驚きはしたものの、よくよく考えてみると納得でした。

 というのも、エルドラン王国は別名竜国とも呼ばれ、竜が守護する国として有名です。そこの王子ともなれば竜を乗りこなしていても不思議ではありません。


 が、そこで私は我に帰ります。向こうが名乗った以上私も名乗らなければ無礼です。


「は、初めまして。私は元聖女のシンシアと申します」

「何だと!?」


 私の名乗りを聞いて今度はハリス殿下の表情が変わります。まるで殿下の名を聞いた時の私のようです。


「……色々言いたいことがあるが、まずは元聖女というのはどういうことだ? まだ引退する年齢でもないだろう? それにそもそもなぜこんなところにいるんだ?」

「実は、私は聖女の地位についていたのですが、聖女の加護を持っていた訳ではなかったのです」


 そう言って私は加護の話とバルク王子との関係がこじれていたところにアリエラが現れ、追い出されたということをかいつまんで話します。それを聞いていたハリス殿下は複雑な表情をしました。


「そうか、そんなことがあったのか。加護が得られるのはネクスタ王国のことだけのことなので神巫についてはよく分からないが、僕はあなたの話を信じよう」

「本当ですか!?」


 ハリス殿下とは初対面なのにすぐに信じていただけたことに感動しました。何せ何度も会話したことのあるハリス王子に追放されたのです。その後に初めて話した方に自分の話を信じていただけるとは思いませんでした。


「ああ。僕は相手が信じるに足る人物かどうかはある程度判断出来るつもりだ」

「ありがとうございます」

「とはいえ、自分の勘以外にきちんとした理由もあるのだが」


 私がお礼を言うと彼は少し気恥ずかしそうに苦笑します。


「一つ目はこのように邪気をまとった存在が出現しているということ。こんなものが出るという話はこれまであまり聞いたことがなかった。その理由は聖女の交代が神の怒りに触れたと考えると辻褄が合う」

「なるほど」


 言われてみればその通りです。

 隣国のことなのに鋭い洞察と言わざるを得ません。


「そして二つ目はこちらの事情なのだが、実は今、竜の巫女を探してるんだ」

「竜の巫女と言うと、竜国の守護竜様とお言葉をやりとりする方のことですよね?」

「そうだ」


 そういう意味では我が国の聖女と似た役割かもしれませんが、こちらの神様は明確な言葉よりは加護という形で国に恵みをもたらすのに対し、守護竜は竜の巫女と言葉をかわし、その時々に応じた恵みをもたらすと言われています。特に竜国周辺には危険な魔物が棲んでおり、竜の力を借りてその魔物を撃退しているそうです。

 そう言えば竜国では昨年巫女の方が病に倒れ、色々大変だという話を聞きました。


「それでこのヘルメスにそれらしい人物がいないか気配を探らせていたところ、こちらから反応があったから来てみたという訳だ」


 そう言って彼は軽く竜を撫でます。どうやらこの竜がヘルメスという名のようです。竜だからこそ竜の巫女の素質がある方が分かるということでしょうか。


「なるほど、ではこの近くに竜の巫女候補がいらっしゃるということですね」


 すると私の言葉にハリス殿下はぽかんとします。


「何を言っているんだ? 僕は君の話をしているんだが」

「ええ、私ですか!? 私はそもそもエルドランの生まれではありませんが……」


 思わぬ展開に目を白黒させてしまいます。

 なぜこの国生まれの私が隣国の巫女候補なのでしょうか。


「僕も他国出身の巫女候補は初めて聞くが、別に巫女が我が国出身でなければならないという決まりはない。守護竜様と対話することが出来るならどの国の出身でも大差はない。もっとも、まだ候補というだけで本当にそうなるかは分からないが」

「なるほど」

「とはいえ先ほどこの辺りを守っていた土地神の白熊を鎮めた手腕は見事だった。もしかすると神巫というのは超常的な存在とやりとりすることに長けた加護なのかもしれないな」


 殿下の言葉に私は思わず納得してしまいます。そう考えれば神様に祈りを捧げることについて聖女以上の力があるのも説明がつきます。


「言われてみればそうかもしれません……あの時確かにあの熊の声が聞こえた気がしました」

「本当か!? 試しに、ヘルメスが今何を思っているか分かるか?」


 言われるがままに私はヘルメスの顔を見てみます。彼は竜のイメージには合わない穏やかな視線で私を見てきます。

 するとおもむろに私の脳裏に肉のイメージが浮かんできました。


「えーと……お腹空いた?」


 言ってしまってから私は慌てて口を閉じます。ハリス殿下の竜がこの重要な時にそんなことを考えているとは思えません。さすがに少し失礼です。


 が、そんな私の問いに彼はははっ、と笑います。


「正解だ。実はこいつは先ほどからずっとお腹を空かしているようでな。しきりに空腹を訴えていたんだ。でも竜の巫女候補に会うまでは、と無理を言って飛ばせていたんだ」

「本当にそうだったのですか!?」


 正解してしまった私も驚きます。


「と言う訳で君には素質があることが分かった訳だ。だからもしよろしければ我が国に来てみないか?」


 ハリス殿下との出会いは突然でしたが、聖女でなくなった今私に行く当てはありません。とはいえ、このまま故郷に帰れば私が持つ聖女を超えるほどの力を腐らせてしまうことになります。

 それに殿下は私のためにわざわざ国境を越えてまで飛んできてくださいました。

 だったら私は私を必要としてくれているところに行き、この力を役に立てたいのです。


「はい、では是非お邪魔させていただきます」

「ありがとう」


 こうして私は思いがけない経緯で竜国へ赴くことになったのでした。


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