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竜の怒り

 それからは慌ただしい毎日が過ぎていきました。私は殿下とともにネクスタ王国の貴族に向けて次々と書状を書いていきます。エルドラン王国からでは距離があり、手紙を出してもすぐに返事が返ってくる訳でもないため、手ごたえがあるのかないのかも分からない心細い仕事です。


 しかし私の隣にはいつも殿下がいてくださいますし、神様も私の背中を押してくださいました。それを自信に私は頑張っています。


 一方の王国からは、次々と各地で災害が起こっているという知らせが入ってきます。また、王都にいた帝国軍は一刻も早く私を倒さなければ、と思ったのか帝国に従う王国貴族を従えて東に進もうとしているという報告が入りました。幸い今のところ帝国に従う貴族は少なく、しかも彼らの領地も災害の被害を受けているため大した軍勢は出ていないようですが予断は許されません。


 そしてそんな中でも何日かに一度、私は守護竜様の洞窟まで出向いて祈りを捧げる日がやってきます。竜たちのおかげで魔物の被害はぐっと減りましたが、だからといって被害を受けた軍勢や荒された田畑がすぐに回復する訳ではありません。依然として竜国の力が万全の状態に戻ったとは言い難い状況です。




 そんなある日のことです。私を迎えに来るのは普段は御使様なのですが、王宮に違う竜が降り立ちます。

 基本的に竜の側から王宮にやってくることは極めて珍しいので、王宮はざわめきました。


 私は急いで庭に出ると竜に会いにいきます。どこかで出会ったと思ったら、彼(?)はガルドの元にいた竜のうちの一体でした。そして私を見つけると告げます。


 “巫女よ。かねてから伝えていた我らの祭壇が出来上がった”


 祭壇というのは私の祈りを守護竜様ではなくガルドに届けるために必要なものです。さすがに私が毎回ガルドの棲み処まで出向くのは大変なため、彼らは王都付近に祭壇を用意してくれていました。


 “分かりました。殿下に報告するので少々お待ちください”

 ”うむ。ガルド様はおぬしが祈りを捧げるのを待っている”


 私はそう答えると、竜は用件はもう伝え終えたとばかりにそのまま飛び去っていきます。人間の使者と違ってしごくあっさりしています。

 私は心配して集まって来ていた人々に事情を伝えると、急ぎ殿下の元に向かいます。


「殿下、ついにガルドたちに祈るための祭壇が完成したとのことです」

「そうか。それなら一応僕もついていこう。彼らに害意があるとは思えないが、帝国が不穏な動きを見せている以上油断は出来ない」


 確かに極端なことを言えば、私が外出するタイミングを狙って帝国が刺客を送り込んでくる可能性もあります。

 忙しい殿下の手を煩わせたくないという思いはありますが、そのようなことを言っている場合でもありません。


 すぐにヘルメスを連れた殿下とともに、庭で待っている竜の元に向かいます。

 私が竜の背中に乗って連れていかれた先は王都近郊にある森の中でした。一か所、木々の密度が薄くなっている場所があり、その真ん中に降りていくとぽっかりと空いた広間のようになっており、その中央に祭壇が設置してありました。祭壇は洞窟内で見たのと同じものです。


 竜がその近くに降り立つと、私は早速祭壇に向かって祈りを捧げます。

 この竜は私が祈りを捧げる姿を見るのが初めてなのでしょう、私の姿を見て静かに感動しています。

 すると私の魔力がどこか遠くにいるガルドの元に向かっていくのを感じます。それに伴い、脳内にガルドの声が聞こえてきました。


 “巫女よ、我への祈祷ご苦労である”

 “いえ、私たちを助けていただいたことへの当然のお礼です”

 “なるほど。ところで最近西から人の軍勢が攻めてくると聞いたが”


 ガルドの言葉に私は少し驚きます。竜も人同士の争いに関心があるのでしょうか。

 この国に攻めてくるとなれば無関心ではいられないということでしょうか。


 “その通りです。以前あなた方の元にやってきた魔術師の出身であるデュアノス帝国という国が大軍とともに我が国へ攻めてきます”

 “それはなぜだ?”

 “彼らは貪欲で、この国の領地をも欲しているためです。また、彼らは私のことを逆恨みし、私の身柄も欲しています”

 “何だと、それは許せぬ。奴らは我らに向かって人間は竜の土地を奪ったなどと言っておいて、結局のところ自分たちが一番土地を奪っているではないか!”


 それを聞いたガルドは激怒しました。確かに彼らは体よく利用されそうになったようなものです。

 その上、今ガルドに力を与えている私を狙っているというのは彼らにとって許せぬことでしょう。


 これはいける、と思った私はここぞとばかりに説明します。どうかこのタイミングで私たちへの心証をよくしておかなければ。


 “そうです。帝国は竜の皆さんと私たち竜国の者を敵対させ、その隙に自分たちの領地を拡大させようとしているのです。そのため私たちとしては精いっぱい反撃する予定です”

 “何と! それは許せぬ! 我らの間でも話し合い、場合によっては帝国への反撃も辞さない!”


 え?


 ガルドから飛び出した思わぬ言葉に私は驚きます。まさか竜が人間同士の争いに介入することがあるなんて。

 あれほど王国への敵意を燃やしていたガルドがまさか私たちのために帝国と戦ってくれるかもしれないなんて。


 しかし冷静に考えてみれば、彼らは人がこの地を奪い取っていったことに腹を立てていた訳で、その理屈で言えば帝国に怒りを燃やすのも当然かもしれません。


 “もし助けていただけるのであれば大変ありがたいです!”

 “とはいえ竜が人同士の争いに介入するなどなかなかないことだ。帝国軍の様子を見つつ、改めて決めることにしよう”

 “はい、ありがとうございます”


 こうして予想外の成果を得てその日の祈りは終わったのです。


「どうだった?」


 祈りが終わると殿下が不安そうに尋ねます。


「実は……」


 そんな殿下に私は少し興奮しながらたった今話したことを説明します。すると殿下の表情も徐々に紅潮していくのが分かりました。


「それはまことか!? もし竜たちが我らに味方してくれるのであれば帝国を追い返すことも夢ではない! よくやった!」


 殿下の声は興奮に震えています。


「はい、とはいえまだ本決まりではありません」

「そうだったな、僕の方が気がはやってしまった」


 そう言って殿下は少し恥ずかしそうにしました。

 ともあれ、帝国への対抗策が見えなかった私たちにとって大きな光明が差し込んだのです。

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