神のお告げ
「先ほどの演説、とても堂々としていて素晴らしかったです」
会議が終わり貴族たちが出ていくと、私は傍らに座る殿下に興奮冷めやらぬ口調で言います。
殿下の堂々たる姿に心を打たれた私はすぐにでもそのことをお伝えしたかったのですが、貴族たちがいる間はどうにか我慢していました。
すると殿下はそれまでの堂々とした態度を崩し、一転して少し照れたような表情を見せます。
「会議だから堂々としていたが、実はあの時は内心必死だったんだ。僕はそなたを帝国に渡すつもりは全くなかったが、あくまでそれは個人的な理由だ。貴族たち皆を納得させるにはそれ相応の理由が必要だと思って必死に考えたんだ」
「え、ということは会議中にお話になったことは事前に考えていたことではなかったのですか!?」
殿下の思いもよらない言葉に私は驚きました。まさかあの堂々とした演説内容が咄嗟に考えたものだったとは。考えてすぐの内容をあそこまでの迫力で話すことが出来るとは。
感心すると同時に嬉しくもなります。
というのも殿下が私を手放したくないのは竜の巫女だからではなく個人的な理由、というのが先に来るということを聞いたからです。それはつまり殿下が竜の巫女という役職を超えて私を個人的に大事にしてくださっているということですから。
もっとも殿下は自分が言ったことの意味に気づいていないようですが。
「そうだ。僕が前半全くしゃべらなかったのは、貴族たちに意見を言わせる時間を設ける……振りをして懸命に彼らを説得する言葉を考えていたんだ」
「そうだったんですね……」
隣に座っていながら全く気付かなかったので驚いてしまいます。とはいえ殿下の言葉で会議は私たちの立場から見れば大成功に終わりましたが。
「さて、これからは僕も忙しくなるし、そなたにもしてもらわなければならないことがある。とりあえず王国の貴族を書き出して、可能な限り詳細に彼らについての情報を教えて欲しい。そして脈がある者から順に、味方してくれないか、僕とシンシアの書状を送っていく」
「分かりました」
これまでの私は祈る時以外は何も出来ない身でしたが、ようやくそれ以外でもお役に立てる機会が訪れて嬉しいです。
もちろん巫女としての役割も重要ですが、ハリス殿下が王子としての仕事を遂行している時、それに寄りそうような役目を果たせることが出来ることが嬉しいのです。
そこまで考えて私ははっとしました。
別に婚約している訳でも何でもないのに、なぜ私は勝手に殿下の恋人かのように思ってしまっているのだろう、と。
とはいえこの国にきてそこそこ経ちますが、殿下に婚約者がいるという話や仲のいい女性がいるという話も聞いたことがありません。殿下はそのことについてどのように思っているのでしょうか。
こうして私は殿下のためにネクスタ王国貴族についての情報をまとめる作業に移ったのでした。
その夜のことです。
作業が終わった私が部屋に戻ると、すでに辺りはすっかり暗くなっていました。
先ほどまで一緒に作業していた殿下がいなくなったせいか、私は急に心細くなります。
確かに殿下はああ言ってくださいましたが、それと帝国に勝てるかどうかは別問題です。書状を送った王国貴族も、自分たちの領地や領民を守るために帝国に味方する可能性もあります。
また、魔物との戦いばかりを繰り返していた竜国の軍勢と、他国を侵略するために訓練された帝国の軍勢が正面から戦ってはあまり勝てるとは思えません。
(神様、他国に行ってしまった私のために力を貸してくださるのでしょうか)
私がそう思った時でした。
不意に脳裏に、懐かしい、けれども聞き慣れた声が響きます。
(アリエラと帝国軍の横暴により信仰は失われ、我が力は衰え、ネクスタ王国は危機に瀕している。もし祖国を救いたければ彼らを倒すのだ)
その瞬間、私の脳裏を走馬灯のように洪水、地震、疫病といった災害の風景がよぎります。そして私は直感的に、これらがネクスタ王国で今まさに起こっていることだと理解してしまいました。
それらは神様の力の衰えにより起こっており、その怒りの原因は帝国とアリエラにあることも伝わってきます。
そして声は急に聞こえなくなり、脳裏の映像も消えました。
聖女時代は毎日祈りを捧げ、時折お告げを聞いていましたが、まさかこの国でもお告げを聞くことが出来るとは。
しかし冷静に考えれば国境というのは人の都合で決めたもの。神様にとってはあまり関係ないことなのかもしれません。
王国を救うためにも頑張らなければ。そのためには弱気になっている場合ではありません。
私は決意を新たにすると眠りについたのでした。




