アリエラ Ⅰ
私、アリエラは実は竜国の生まれだ。
とはいえ、竜国とネクスタ王国に暮らす人々はあまり違いはない。そもそも竜国は竜が治めていた土地に逃げ込んできた人が集まって出来た国であり、その中にはネクスタ王国から周辺からやってきた人もおり、私はそういう人々の子孫らしい。また、言葉もほとんど変わらないので見た目で区別することはほぼ不可能だった。
竜国でもさらに東の方に住んでいる人や、逆に西方のデュアノス帝国に住んでいる人は少し訛りがあるし、若干肌の色や顔の作りも違ったりするけど。
竜国に生まれた私は竜国の女性の誰もが憧れる竜の巫女になりたい、と思った。幼いころに竜に乗って大空を自由に飛ぶ巫女の姿を見て、それ以来ずっと憧れが止まらなかった。竜の巫女になるためには卓越した魔力だけでなく、竜とのコミュニケーション能力、さらには国の歴史や地理などにも詳しくなければならない。
たまたま私は父が各地の魔物を退治する冒険者、母が魔術師という生まれだったので、学問以外は両親から教わることが簡単だった。学問については成長してから自分で勉強すればいいと思い、幼いころは主に魔法の練習に励んでいた。
こうして着々と魔法の腕を伸ばした私は十歳のころ、たまたま両親の仕事の都合でネクスタ王国に移住していた。何でも、両親が追っていた闇魔術師がネクスタ王国に逃げ込んでいたからだという。
そこで私はネクスタ王国の子供が皆十歳の時に授かる加護を授かることになった。最初私は竜国の出身だからと辞退しようかと思ったが、普通に神殿から声がかかったのでそれならと思い行くことにした。
加護をもらえたらラッキーだし、もらえなかったらその時に出身が違うけど来ちゃいました、と謝れば良い。
そんな子供らしい軽い気持ちで神殿に向かった私は何と聖女の加護を授かった。
この国では『聖女』の加護をもらった人はもれなく聖女として神様に祈りを捧げることになる。
正直なところそんな稀少加護をもらえるとは思わなかったので私は驚いたし、嬉しいやら何やらで私は最初どうしようか悩んだ。
他国出身の私がネクスタ王国の聖女になって良いのだろうか。なって良いとしても、竜の巫女になりたかった私が聖女になるのは正直抵抗があった。
それでも私が答えを出せないでいるうちに、周りは私が断ることなど想定もせずに勝手に準備を進めていった。両親に相談したが、そこで父に「竜国に戻っても巫女になれるかは分からない。それなら確実になれる聖女になっておくべきではないか」と言われて私は聖女になることに決めた。
今でも私に竜の巫女になれる素質があったのかはよく分からない。
もしあそこで神殿に行かなければ。
聖女にさせられるのを逃げ出して、竜国に戻って修行を再開していれば。
そしたら私は竜の巫女になっていたのだろうか。
ただ、その時の私は自分の将来を神様に勝手に決められたように感じた。
それでも聖女の意義を周囲に説かれ、また周りの人たちの期待を受けるうちに少しずつ元々の夢とは違うけど、そこまで期待されるのであれば聖女になってもいいかと思えるようになってきた。
そして聖女の修行を初めて一年ほど経った時である。
突如私の前に「神巫」という謎の加護を持った女が登場した。
それがシンシアだ。最初はよく分からなかったが、気が付くとあの女は私を追い落として聖女になろうとしていた。
冗談ではない。
元々私は竜の巫女になりたかったのを、加護により無理矢理聖女にさせられ、そして気が付くと聖女になる道も閉ざされていた。別に望んでいなかった私を聖女にしようとしたのは神殿ではないか。
大体、あれほど聖女が大切だのアリエラに期待しているだのと言っておきながら、それより適任が現れたら手の平を返すというのは不誠実ではないか。所詮彼らにとって聖女も駒でしかないのだ。
そう思った私は、一神官として神殿に留まる道を捨てた。そして竜国に戻って再び巫女を目指そうと思った。
そして両親にそれを打ち明けると、「それなら聖女としての能力を生かしてネクスタ王国でそのまま出世すればいい」「別に聖女じゃなくても出世出来るならそれがいいでしょ」と言われた。
頭にきた。皆私の人生を駒か何かだと思っているのだろうか。
私を出来るだけ出世させたら勝ち、というゲームでもしているのだろうか。
そう思った私は家出して竜国に戻り、巫女としての修行を再開した。
しかし聖女として竜国を離れていた期間があるせいか、私は他の巫女候補に対して遅れをとっていた。もっとも、実際はそれは言い訳に過ぎず、元々私が周りに劣っていた可能性はあるけど。真相はもはや分からない。
分かっているのは竜の巫女にもなれないし、聖女になることも出来ないということだけだ。
今更神殿で一神官として出世させてもらうのは嫌だ。
失意に暮れる私の元に噂が届いた。どうやらネクスタ王国の王子バルクは聖女シンシアとの仲がうまくいっていないという。噂を聞いた私は、修行を諦めて暇だったこともあり王都まで出向いた。
するとそこでは二人の不仲の噂が盛んにとびかっていた。噂を聞く限り、バルクはシンシアに心底うんざりしているという。話を聞く限りシンシアの評判は良くて、どちらかというとバルクがバカ王子と呼ばれていたが、そんなことはどうでも良かった。
すでに神殿に名前を知られていた私は適当に名前を変えると、バルクの侍女に志願した。私が唯一シンシアに勝っている点があるとすれば、その美貌だろう。バルクは出身や給仕の経験を無視して顔で選んだので、すぐに私は採用された。
他の侍女たちよりも抜きんでて美しい見た目をしていた私に、すぐにバルクは目をつけた。
そしてある日、バルクは私を密室に連れ込んでそういう行為をしようとした。そこで私は自身の出自を打ち明けて提案した。
「シンシアをクビにして私を聖女にしてくれませんか? そうすればこんな風に密室でこそこそしなくてもよくなりますよ」
と。
その時にバルクは言った。
「俺は別になりたくて王子になった訳でも、王になりたい訳でもない。そういう生まれだからと言われて仕方なく王子をやっているだけだ。それなのに皆俺に王子の資質がないとか言って馬鹿にしてくる。お前もそうじゃないのか?」
バルクは不安に揺れる目で言った。
その時に初めて私は他人に共感した。この人も自分の歩みたくない道を強要され、歪んでしまったのだ、と。しかも私はまだ妥協すれば他に生きる道があっただろうが、彼にはどうすることも出来なかった。
出自も境遇も全く違うが、彼なら自分の気持ちを分かってくれる。
そこで私も自分の気持ちを全て吐露した。
「……と言う訳で私はずっと殿下の味方です」
「そうか。ならば俺はお前を信じよう」
こうして私たちは意気投合した。
他人から見れば無能王子と、負けた方の聖女が傷を舐め合っているだけかもしれない。しかし私たちにとっては得難い絆だった。




