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アリエラ

「入れ」


 殿下の言葉に合わせて部屋のドアが開いて、一人の女が入ってきました。

 彼女の名前は私も覚えています。アリエラという私の二つぐらい下の少女で、私より一年先に『聖女』の加護を持っていると聞きました。しかし私の方が魔力が高く、祈りを捧げた時の神様の反応も良い、などの理由で結局は私が聖女の役割に選ばれたのでした。

 その後彼女の行方は不明でしたが、まさかこうして再会することになるとは。


 どちらかというと人形のようで近寄りがたいと言われる私と違って彼女は妖精のような、男性に愛される顔立ちをしています。昔会ったときはどちらかというと朴訥な印象を受けたのですが、今は良くも悪くも女らしくなったな、という印象です。今も殿下に向けている視線は媚びるような色が含まれているように感じます。


 が、彼女が私の方を向くと、ぞっとするような冷たい視線に変わりました。

 その視線から私は彼女の憎悪と嫌悪を感じ取り、思わず身震いしてしまいます。


「お久しぶりですね、シンシアさん」

「アリエラ……あの時お互いの力を比べて私の方が聖女にふさわしいと決まったはずです!」


 するとアリエラは可愛らしい顔立ちを歪めて言いました。


「もちろんそう思っていましたよ。でもあなたの祈りでは帝国の陰謀は鎮められないし、それに殿下がやることなすことにいちいち反対すると聞きました。それではいい国になるはずがありません。聖女というのは王族とともに国を導くこともすべきなのです」


 それを聞いて私は思い当たることがありました。


 バルク殿下は以前デュアノス帝国に外交に向かった際、そこで見た壮麗な建物や庭園が忘れられず、ここネクスタ王国の王宮もそれに劣らぬものに改修しよう、と言い出したのです。

 確かにネクスタ王国は歴史の古い国で、王宮はあちこち老朽化し見すぼらしくなってはいます。新興国であるデュアノス帝国の壮麗な王宮と比べると見劣りするでしょう。


 とはいえ大規模改築のためにはたくさんの人手と資金が必要になります。そして私から神殿に協力するよう頼んで欲しいと言われました。神殿が寄付や人手を募る方が国が重税や労役を課すよりも人々の評判が悪くならないからです。また、この国の神殿は大きな力を持っています。


 しかしこの国は今のところ繁栄していますが、それで苦しむのは負担を強いられる人々です。そのため、私は何度言われても反対し、結果的にそれらの計画は実行されないままになっていました。


「そ、それについては何度も理由を申し上げたはずです!」

「私でしたら殿下の要望を全てかなえ、デュアノス帝国にも劣らぬ立派な宮殿と庭を造ってみせましょう。そうすれば帝国も我が国の威光に恐れをなし、つまらぬ悪だくみはやめるでしょう」


 アリエラは自信満々に言い放ちます。それを聞いたバルクもうんうんと頷きました。


「さすがアリエラ。よく分かっているではないか。やはり本物の聖女は違うな」

「そんな! 殿下の思いつきで人々に負担を強いるのは間違っています!」


 殿下にとって自分が良ければ、周囲の者が反対しなければ見えないところで国民が苦しんでいても何も思わないということでしょうか。聖女であろうとなかろうとそのようなことには同意できません。


「俺の思いつきだと?」


 ですが、私の反論にバルク殿下はさっと表情を険しくします。


「ふざけるな! この俺が帝国に外遊に行った時、帝国の者たちに『貴国の王都は大層立派ですな』などと散々煽られて恥をかいたのだ! その屈辱が王宮に引きこもっているだけのお前なんかには分かるまい!」


 その時のことがよほど忘れられないのでしょう、彼は顔を真っ赤にして吐き捨てました。

 殿下が恥をかくというのは個人的な感情で、それにより実際に民に負担を課すという大事を決めていいはずがありません。

 そう言い返そうかとも思いましたが、王宮に引きこもっているだけ、というのは心外な罵倒をしてきた以上もはや聞く耳持たずということでしょう。


「さすが殿下。国にとって一番重要なのは威信です。よく分かってらっしゃる」


 そう言ってアリエラは誰にでも分かるようなよいしょをします。

 彼女が国の威信を重視しているような発言は聞いたことがありません。結局殿下に気に入られること、要するに自分のことが第一なのでしょう。

 殿下も、結局は自分の言うことに頷いてくれる相手が可愛いに違いありません。


「そういう訳だ。やはりこれが本物の聖女と偽物の差だろう。聖女というのはただ魔力が高ければいいというものではなく、国を導かなければならないのだ。これまでは神殿があれこれ言ってきたが、今日という今日はお前を追い出してやる! そしてこのことは陛下も了承済みだ」


 その言葉に私は少し驚きます。この件はてっきりただの殿下の暴走かと思っていましたが、まさか陛下まで同意していたとは。


 行方不明になっていたアリエラを探し出し、陛下の許可を得て大司教グレゴリオ様が病中の隙を狙ってこの追放劇を行ったということは恐らく計画的なものです。

 だとすると聖女の力以外に何の権力も持たない私個人が抗うことは難しいでしょう。


 しかし考えてみると私は別に聖女をやりたかった訳ではありません。そもそも『神巫』という加護が何なのかすら未だによく分かっていません。もし加護のシステムが適切であるなら、『神巫』である私には聖女よりももっとふさわしい役割があるのかもしれません。

 そうだとすれば、こんなわがままな殿下の元を離れて自分に一番ふさわしい務めを探した方がいいでしょう。

 そもそも、せっかく国のために務めを果たして来たのに「引きこもっているだけ」などと言われるようなところはこちらから願い下げです。


「分かりました。そこまでおっしゃるのであればこれ以上は言いません。とはいえ殿下、これだけは言っておきますが、民に負担を強いるようなことを行えば王国は長続きしないでしょう」


 最後に一言だけ殿下のためを思っての言葉を述べたのですが、再び殿下は顔を真っ赤にします。


「おのれ……この期に及んでまだこの俺に意見するか! もう顔も見たくない、さっさと出ていけ!」

「そうです。あなたはもう聖女でも何でもないので、殿下に意見など許されないですよ」


 アリエラもここぞとばかりに追撃してきます。それを聞いて私は自分がこれまで国のためにと思ってやってきたことが、何もかもが馬鹿馬鹿しくなっていくのを感じました。


 一体何でこんなことになってしまったのだろう、と思いながら私は加護を授かった時のことを思い出します。

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