初めての祈り Ⅰ
巫女選定の儀から数日の間、巫女候補から晴れて竜の巫女になった私は必死にこの国の歴史や竜について勉強しました。巫女候補の間はどこかお客様気分がありましたが、正式に巫女になった以上様々なことを知らないでは済まされません。
竜国エルドランは元々守護竜様が守っていた土地に、魔物に追われて行き場を失っていた人々が移住する形で建国されました。その人々の中に人外の存在と意思疎通するのが得意な女がいて、その方が守護竜様に人々の庇護を請うて許され人々は移り住みました。これが巫女の始まりのようです。
そしてその集団のリーダーだった人物が国王になり、周囲の豊かな自然と大地からとれる農作物と、魔物から守られているという平和をうまく利用して国は発展していきました。
その結果周囲の土地からも人々が移り住み、今のようにそこそこの規模の国になったようです。
最初に人々が移住したのは五百年前とも言われ、この周辺では一番古くから続いている国と呼ばれています。
しかし人々が移住してきたことでこれまでこの地で自由に暮らしていた竜たちは皮肉にも棲息範囲が狭まっていきました。五百年前に比べ数が減ったとも言われていますが、時折空を飛んでいるのが目撃されることもあり、どこかに移住しただけとも言われています。それでも守護竜様が人々を追い出したり、逆に出ていったりしないのはひとえに竜の巫女の存在故と言われています。
そういう訳で、巫女の不在というのは竜の側から見れば結構けしからん事態だったとも言える訳です。
その事実を知って、私は改めて自分が抱えている責任の重さを痛感するのでした。
「シンシア様、ハリス殿下よりついに明日は再び洞窟に向かい、巫女としては初めてのお仕事となるとのことです」
「は、はい」
数日後の朝、エリエが部屋にやってきて私にそう告げます。それを聞いて私に緊張が走りました。
これまでは竜の巫女について詳しく知らなかったのでどこか現実感が湧きませんでしたが、知れば知るほど重要な役割であることを認識せざるを得ません。
「それで、こちらが祈祷の際に使われる道具と衣装で、こちらが祈祷の手順です」
そう言ってエリエは私に衣装と祈祷の手順が書かれた紙を手渡します。私はそれを受け取ると、その日一日は祈祷の手順を覚えるのに費やしました。また、装束も私たちが普段纏うようなコルセットにワンピースのようなドレスとは少し違い、ひらひらした布を帯でまとめる「袴」と呼ばれるもので、着付けを覚えるのに時間がかかりました。
元々聖女として様々な儀式に出ていたので祈祷の手順自体は目新しいものではなくすぐに覚えられたのですが、問題は祝詞でした。
この国の古代語と思われる言葉で書かれているのですが、五百年前の言葉だけあってなかなかとっつきづらいものがあります。それでも聖女時代も式典の台詞などをよく暗記していたので記憶力には自信があります。書き写したり、何度も読み上げたりしながら私は懸命に練習しました。夕食の前にはエリエに紙を見てもらって間違っているところがないか確認してもらいながら暗誦したりもしました。
こうして私はどうにか一日で祝詞を覚えきったのです。
翌朝、私の元にハリス殿下が訪れます。傍らにはいつものようにヘルメスを連れていました。そして御使様も隣にいます。
「それではいよいよ初仕事だ。もっとも、試練の時と違って手順通りにやれば失敗はない。僕もすぐ側にいるし、固くなることはない」
「は、はい」
私が緊張でがちがちになっているのが一目でわかったのでしょう、殿下はそんな優しい言葉をかけてくださいます。
「本当は巫女は洞窟近くにいる別荘に住んでもらっているのだが、あの辺りはしばらく様子を見て魔物がいないことを確認できるまでは危ない。だから御使様も巫女が危険な目に遭うぐらいなら、と送迎してくださることになった」
「ありがとうございます」
私は御使様にお礼を言って、その背に跨ります。
“ほう、数日の間に随分この国と竜の歴史を学んだようだな”
御使様は私が考えていることが分かるのか、そんなことを言います。
“もちろんです。私たち人間のせいで棲むところが狭くなったというのに、人間を守っていただきありがとうございます”
”原理は分からないが、古来よりも巫女の祈りは我ら竜種に力を与えている。だから我らとしても出来るなら人間とは共存したいのだ。だからおぬしには期待している”
”はい、巫女に選ばれた以上、精いっぱい勤めを全うさせていただきます”
“それは殊勝な心掛けだ。守護竜様も喜んでいるだろう”
慣れてきたからか、私は御使様と会話(?)が出来るようになってきました。これまでの巫女の方も全員こんな感じだったのでしょうか。
“そんなことはない。大多数の者は何となくの意志疎通が出来る程度だ。ここまではっきり出来る巫女は片手で数えるほどだろう”
御使様の言葉に私は驚きました。
”わしも本来はもっと寡黙なのだが、おぬしが相手だとつい饒舌になってしまう”
”そ、それはありがとうございます?”
よく分かりませんが、そう言っていただけるのは嬉しいことです。そんな訳で私が御使様と対話しているうちに、私たちはこの前の洞窟に戻ってきたのでした。




