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竜の巫女選定の儀  Ⅰ

 それから数日後、ついに竜の巫女選定の儀が訪れました。

 エリエに案内された私が王宮の庭に向かうと、そこにはすでにアリサや他の巫女候補と思われる女性たちが緊張した面持ちで待機していました。そして儀式を見守るハリス殿下、さらに国王のグスタフ陛下を初めとするエルドラン王国の主要な人々が巫女候補を囲むように勢ぞろいしていました。

 この主要な人物の集まり方を見ても、竜の巫女選定の儀がいかに重要な儀式か分かるというものです。


 そして一番驚いたのはその場に一体の小竜がいたことです。身長は二メートルほどで人間とそこまで大きさは変わりませんが、候補たちをじっと見る眼差しは人間のものと見まがうようなものでした。


「これで全員揃ったようだな」


 それを見たハリス殿下が口を開きます。


「ではこれより今年の竜の巫女選定の儀を行う。今年の御使にいらっしゃったのはこちらの方だ」


 ハリス殿下が紹介すると、そこに鎮座していた竜はぐるりと一同を見回します。


 事前に聞いた情報によると、選定の儀では毎年一頭の御使様と呼ばれる竜がやってきて何かを巫女候補たちに伝え、もっともその要求に応えることが出来た人物が選ばれるそうです。当然、試練の結果を見て誰が巫女にふさわしいのかを選ぶのも御使様です。


 一方の巫女候補に集ったのはアリサ以外にも四人いましたが、おおむねこの国の貴族のようで、それぞれネクスタ王国とは若干違う正装をしています。私も王宮を出る際にきれいな服を一着持ってきましたが、装いが違うため少し浮いています。


 私はネクスタ王国でしたら国王や大臣などの方にも会ったことがあるのでまだましですが、他の候補者の中には緊張で傍から見ていても体の震えが分かるような方もいます。


「それでは陛下より一言お願いいたします」

「うむ。そもそもエルドラン王国は……」


 ハリス殿下が促すと、後ろに座る国王が立ち上がり、王国建国の伝説とこれまで竜がどのような加護を国にもたらしたかについて語り始めます。


「……現在我が国では守護竜様にお仕えする巫女が不在で、国には魔物が跋扈し、作物も不作だ。だから皆の者には期待している」


 そう言って陛下は再び腰を下ろします。

 そして話は進行役のハリス殿下に戻りました。

 

「では御使様、お願いします」


 ハリス殿下が頭を下げると、御使様は私たちの前に進み出ます。他の巫女たちはいよいよ選定の儀が始まる、と一層の緊張に包まれます。


 すると突然私の脳裏に聞いたこともない声が聞こえてきます。


 “第一の試練だ。我が元にオレンジを持ってくるように”


 突然の声に、思わず私はきょろきょろしてしまいます。しかし私に話しかけてきた方は周りにはいなさそうです。

 すると目の前の、先ほど御使様と呼ばれた竜が何か鳴き声のような音を発しているのが聞こえてきます。ということは今の声は御使様の声なのでしょうか。


 私がそう思って御使様を見つめると、彼は肯定するように頷いた、ような気がしました。

 とはいえ重大な国の巫女を選ぶ試練がこのような簡単なものでいいのでしょうか、と私は内心首をかしげてしまいます。オレンジを持ってくるだけなどまるで子供のお使いです。


 そんな私の思いをよそに、周りの巫女候補たちは緊張した様子でちりぢりに歩いていきます。第一の試練と言っていた以上最初だから簡単なのでしょう、と私は思うことにしました。


「ふふん、やっぱり困っているようね。巫女としてふさわしいのがどちらか、教えてあげるわ」


 アリサは困惑している私にそう言って、王宮の方へ向かっていきます。

 ということはやはりオレンジを持ってくるということで間違いなさそうです。


 もしかしたら実は御使様には好みのオレンジの産地があるというような私には分からない複雑な試練内容があるのかもしれませんが、もしそうだったのなら大人しく落ちるしかありません。


 私は周囲でじっと選定の儀を見守っているエリエの姿を見ると彼女に声をかけます。さすがに王宮に来たばかりの私が他人の手を借りていけないということはないでしょう。


「すみません、オレンジの実はどこかにありませんか?」

「それが試練の内容なのですか? でしたらキッチンにあると思います」


 そう言ってエリエは私を王宮のキッチンへと案内します。そこで私はふと疑問に思います。エリエにはあの声は聞こえていなかったのか、と。とはいえ離れたところで見ていたからかもしれません。


 私がキッチンに案内されていくと、ちょうどキッチンから何かを持って出てくる他の巫女候補の人とすれ違いました。ということはやはり試練はお使いで間違っていないようです。

 私もエリエの案内でオレンジを一つ手に入れると、それを持って庭に戻ります。


 そこでようやく私は気が付きました。巫女候補のうちオレンジを持っているのは私とアリサだけで、他の女性たちは肉や魚など違う食べ物を持っているのです。確かに御使様はオレンジと言っていたのにどうしてでしょうか。

 私が手にオレンジを持っているのを見てアリサは少し驚きました。


 私たちが全員戻ったのを見てハリス殿下が告げます。


「全員戻ったようだな。ではそれぞれ持ってきたものを御使様にお渡しするのだ」


 まずアリサが進み出て、手に持っていたオレンジを御使様に手渡します。すると彼は問題ない、というように頷きます。


 それを見て他のものを持ってきた女性たちは表情が蒼白になりました。予想通りと言うべきか、彼女らが持ってきたものを手渡そうとすると、御使様は黙って首を横に振ります。

 そして最後に私の番になり、私がオレンジを手渡すと御使様はゆっくりと頷きました。


「残ったのはアリサとシンシアだけか。他の者も参加ご苦労であった」


 ハリス殿下の言葉に、だめだった女性たちは俯きながら庭を出ていきます。

 それを横目で見ながら、アリサが私に小声で声をかけてきます。


「なかなかやるじゃない」


 そこで私は先ほどから気になっていた疑問を直接口にしてみます。


「え、ただ言われたものを持ってくるだけですよね?」

「え?」


 私の言葉にアリサはぎょっとした声を上げました。


「もしかしてあなたには御使様の言葉が分かるの?」

「むしろ他の方は言葉が分からないのに参加していたのですか?」


 ようやく私はこれがどういう試練だったのかを理解しました。


 私の言葉にアリサはまるで化物でも見るかのような視線で私を見ます。そこにはもはや儀が始まるまでの自信満々だったアリサの面影はありませんでした。


 とはいえ、確かに言葉が分かれば肉や魚を持ってくるはずはありません。私が簡単だと思った試験ですが、どうも他の人には竜の言葉が分からなかったので困難な試験だったようです。


「私たちは竜たちが発する微弱な思念を魔力として知覚して、そこから意志をくみ取る訓練を積んできたというのに」

「そ、それは難しそうですね」

「竜の言葉を初めてなのにまるまる理解してしまう方が恐ろしいわ!」


 そもそも私には竜の言葉というよりは普通に人間の言葉で聞こえてきたような気がしたのですが……。

 そこでようやく私は自分が異常な力を持っているのではないか、ということを自覚し始めたのです。

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