第二話 『異世界の衛生事情Ⅲ』
僕とルリルは、商人ルドルフを護衛しながら隣町へ馬車で向かっている。
馬車に乗るのなんて初めてだけど、かなりケツが痛いもんなんだな。
しかしそれ以上に、自然に囲まれた風景の中を行くのは胸が高鳴る。
つい先日まで受験勉強に追われていた日常とは大違いで、わくわくが止まらないや。
医師国家試験は合格率90パーセント以上あるといっても、毎日15時間は勉強しないと受からないほど難しい。
受かった今は禁欲生活ともおさらばできて、ただでさえナチュラルハイなのだ。
「ところでおじさん、さっきのモンスターは強いほうですか?」
ルドルフにモンスターの強さを尋ねてみる。
序盤にしては狂暴そうなモンスターだったからなあ。
「さっきのプチベロスですかな? あれは単体ではレベル1の雑魚なんですが、なにぶん攻撃力だけ飛び抜けてるんで、群れをなしていると厄介なモンスターですよ」
「ふうん……」
あれでレベル1だもんな、やっぱりゲーム画面で見るモンスターと、リアルに見るのでは違うもんだね。
かなり強そうに見えた。
「ルドルフさんは剣術とかは?」
「え? なんでわしの名前を?」
「あ、すんません、さっきアナライズしちゃいました。僕は琢磨って言います」
いきなり鑑定はマナー違反なのかな?
プライバシー侵害ってやつか。
ルドルフさんは驚き声を荒げる。
「ア、アナライズスキルをもっておられるのですか! あなた一体何者ですか!?」
「へ? なんでですか?」
「だってアナライズったら、上位職にしかついていないレアスキルでしょ! 賢者様とか騎士様とか……」
「レアなんだ……」
まじか、あんまり大騒ぎになっても困る。
逆に鑑定されたらいろいろとややこしそうだな、どうにかならないものか。
僕が困ったような顔で考える仕草をしていると、
「(それなら私の魔法で隠蔽してあげてもいいわよ)」
「(ルリル様また心の声を! まあいいっすけど……隠蔽ですか?)」
僕はルリルに伝わるよう心の中でそう問いかけた。
「(ステータスなどを偽装できる魔法があるのよ。どれぐらいの数値や表記がいいのかよくわからないなら、とりあえずこちらの商人さんと同じにしておけばいいかと)」
「(はい、ではそれで頼みます。スキルとかは開示する意思がなければ、相手には見えないんすよね? なら、初心者っぽい感じにして欲しいです)」
「(わかったわ。任せなさい)」
こんなやり取りをテレパシーでした後、ルリルは杖の先を僕のおでこにちょんとつけた。
「(これでよし)」
「もういいんすか!? さすが賢者様っすね!!」
「賢者? 誰がですか?」
ルドルフが尋ねてきた。
急に声を上げた僕を不思議がっているようだ。
「あっ、いえ、なんでもないです」
「(まったく、静かにしなさいよね。しゃべるならブタ語だけにして)」
「(ごめんなさい……)」
しょんぼりとうつむく僕。
「(さあ、ステータスを見てみなさい)」
「(はい、ステータスオープン!)」
心の中で念じてみる。
するとまた、半透明のウインドウが出現。
――ブヒン!
名前:トンマ・モウリ
種族:人間族
職業:冒険者
レベル:1
HP:150
MP:10
「(おお! いい感じいい感じ! 冒険者ってのもかっちょいいっすね…………って、トンマになってますけど!!)」
「(豚磨で頓馬だし、ちょうどいいじゃない)」
「(うまいこと言ってる場合じゃないっすよ……琢磨です! た、く、ま! 名前だけ戻しといてください)」
「(しょうがないわね)」
「(ちなみにルリル様は隠蔽しないんすか?)」
「(そんなの、旅に出る前にしてるわ。当然じゃないの)」
「(初めから言ってくださいよ……てかルリル様、こんな大魔法使いなのに有名人じゃないのかな? あんまり僕と会話してくれないからわからない。いくら隠蔽してもこんな天使みたいに可愛い容姿、バレるでしょうに)」
ルリルは僕の心の声が聞こえたからか、頬を赤らめる。
「(まあ、口を開けば悪魔みたいに冷たいけれど。だがそのジト目も罵倒も、ちょっと欲しがる僕がいる。なんつって)」
ニヤける僕。
「(……罵倒が嬉しいの? やっぱり変態なのね)」
「(あ、聞こえてました?)」
「(近寄らないで……気持ち悪い)」
「(うぐっ……キモイと言われるより、気持ちが悪いといわれるほうが、ぐさっときますね。高レベルの罵倒にはまだ耐性ができてないっす……)」
僕はガックリと肩を落とした。
「ルドルフさん、内緒にしといてもらえませんか? アナライズスキルのこと」
「ん? ああ、旦那がお望みならばもちろんですとも。命を救ってもらった恩を忘れるような男じゃねえっすぜ」
ルドルフはそう言って、ウインクしながらサムズアップ。
そんな話をしながら、商人ルドルフの馬車に乗り、街へと向かう僕ら。
道中また同じようなモンスターが現れたが、バッサリとやっつけていった。
ルドルフさんの話によると、なにやら今まで出現しなかったモンスターが増殖して、最近は街の近郊まで現れるようになったらしい。
だがこの男ルドルフ、護衛代をケチったら案の定襲われたそうな。
そんなんで襲われて死ぬとか、死んでも死にきれないだろうな。
しかしモンスターの増殖、魔王軍侵攻の影響だろうか。
あぶなかっしいことだ。
――こうして町に着いた僕らは、馬車を降りてルドルフさんにさよならを言った。
城下町にくらべるとだいぶ下町感があり、区画整理されていないようで建物が乱立している。
だが灯りは多く、昼間なら賑やかそうな町なんだろうなというイメージ。
「琢磨さんや、明日改めてお礼させてくだせえ!」
ルドルフさんはそう言って去っていく。
そうそう、護衛代として金貨1枚もいただいた。
そこで僕らはルドルフさんに教えてもらったお勧めの宿屋に向かうことにした。
すっかり夜も更けているし。
ちなみにこの世界の通貨は、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で白金貨1枚となっている。
宿屋一泊の相場が、良い宿でも銀貨10枚ぐらいなので、当分は安泰である。
「ありがとうルドルフさん」
硬貨はみんなが触ってるから汚いというからイメージがありますが、金属、特に抗菌作用の高い銅でできている10円玉なんかは、調べるとほぼ無菌だったりするそうです!紙幣のほうがかなり汚いらしいですね!