第二話 『異世界の衛生事情Ⅰ』 ※挿絵有
勇者として魔王討伐に出るかどうか、考える時間をもらった僕は、ルリルに案内してもらいながら城下町を見学することにした。
「異世界かあ……」
時は夕方、街は人で溢れていた。
とはいえ東京なんか比べ物にはならないが。
レンガのお家やレトロな看板、そしてなにより行き交う人々の格好が刺激的であることに僕は胸を弾ませた。
「商人、剣士、魔法使い、村人1、村人2……すっげー本当にゲームの世界みたいだ」
ただ、街におりてまず何より驚いたことがある。
「くっさ、異世界くっさ!」
悪臭だ。
猛烈な臭気が僕の鼻を突き上げる。
「ルリル様、この異臭はなんすか?」
「確かに変な匂いがするわね。あなたは」
「いやいやいやいや、絶対僕じゃないでしょ!」
自分の身体をクンクンしてみる。
もちろん臭くない……はず。
「街なんてみんなこんなものでしょう」
「そうなんすか!? やばくないっすか!?」
ルリルはそう言うが、街路を歩いてみてすぐに分かった。
簡単に言うと、下水路の概念がないということだろう。
いわゆる汚物が道端に垂れ流されていた中世ヨーロッパそのままだ。
「ルリル様、トイレはどうやってしてるんすか?」
「……レディに向かってそんなこと聞くの? 汚物みたいな顔をして」
「しどい!」
ルリル、ジト目が本気のドン引きモードじゃないですか。
「や、そうじゃなくてですね、ほら、便器があってそこにこうして座って……ないんですか?」
「私はしないので」
「んなあほな、生理現象でしょ」
「お花しか摘まないわ」
ツンとあごをとがらせて、速足で歩きだすルリル。
そういやルリルのステータスってどうなってるんだろう。
種族は……人間族だよね?
ルリルの背中を見ながらふとそんな疑問がよぎる。
「他人のステータスって見れないんすか?」
後ろからルリルに声をかける僕。
「アナライズのスキルがあれば見られるけれど」
ルリルは振り返ってそう答えた。
「ほほう。ちょっとルリル様の見せてくれませんか?」
「いいわ。格の違いを思い知ればいいの」
不敵な笑みを浮かべるルリル。
はて、そんなに強いのか?
なら、あらためて自分のステータスから見てみよう。
何回か魔法使ったし、変化あるかも。
レベル上がってたらラッキー。
「ちょっと先に自分のステータスをもっかい見てみますね」
僕は心の中でステータスオープンと念じてみた。
――ブヒンッ
いや効果音まで豚とかいらんよ。
そして目の前に半透明のウィンドウが出現。
名前:琢磨・毛利
種族:人間族
職業:勇者(飼い主:ルリル)
レベル:2
HP:15,000,000
MP:150,000
一般スキル:ターゲティング、剣の心得
職業スキル:言語理解、アナライズ、四属性魔法、光魔法、刻印魔法
固有スキル:医学知識、成長補正
「お、レベル2になってんじゃん! てかHPもMPも増えすぎじゃないか!? これが勇者の成長補正? チートすぎるじゃん! もうちょっとレベル上げすれば魔王とかも余裕なんじゃ? てか今でも十分いけそうだけど……」
ステータスウィンドウをかじりつくように確認し、テンションが上がる僕。
「よし、ルリル様のも見させていただこう!」
僕はルリルに向けてアナライズとつぶやいた。
すると目の前にまた、半透明のウィンドウが出現する。
――ブオンッ
名前:ルリル・マギシシュ
種族:精霊族
職業:賢者
レベル:78
HP:3,950
MP:39,500,000
一般スキル:ターゲティング、杖の心得
職業スキル:アナライズ、精霊魔法、死霊魔法、聖魔法
固有スキル:テレパシー
「待ってください」
「どうしたのヒョロガリ?」
「誰がヒョロガリですか。……いや、いろいろおかしいでしょ! MPバグってないっすか? 何から突っ込むべきか迷うけど……………………」
種族が「精霊族」だとか書いてあるんすけど。
「人族ちゃいますのん!!!!!」
――その後も町をいろいろ見て回ったが、やはりとにかく衛生状態がよくなかった。
大通りには露店も出ており美味しそうな香りも漂わせているのだが、何より汚物の悪臭が鼻につく。
ラノベでは書かれていない、異世界のリアルなんてこんなものなのか……
そういえば、王様たちがドキツい香水をつけていたのもそのためだろうな。
匂いに匂いで誤魔化してる感じ。
もとの世界ならスメハラだとか訴えられているの間違いなし案件。
ちなみにルリルは常に風呂上がりのシャンプーのようないい香りがする。
まるで歩くアロマディフューザーだ。
一家に一台欲しい。
お城に戻った僕は王様に向かって早速言い放つ。
「下水路を完備することと、普段から洗浄を徹底してください」
「下水路とはなんじゃ? 洗浄に関しては水魔法を使えないものもおるでな、風呂など3日ぐらい入らなくても多少の匂いは我慢できろうに」
腕を組み背もたれにもたれかかる王様。
「匂いを落とすための洗浄ではありません」
細菌やウィルスの説明をしなきゃだよな。
「えっと……そうですね。悪魔は汚れたところから入ってくるんです。ゴーフルさんの斬られた部位から悪魔が入ってきたように、汚れた環境でいると、少しの傷でも簡単に悪魔憑きになってしまうんですよ」
「なるほどのう……するとまさか赤子の悪魔憑きも同じ原理なのか?」
話に聞き入るように前傾姿勢になる王様。
「あちゃー、やはり赤ちゃんも感染してましたか……そう、僕らの世界でも破傷風は生まれたばかりの赤ちゃんにも多かった歴史があるんですよ。へその緒を切る道具が不潔だったからです」
運が無かった、なんて理由で終わらせていい病気ではない。
ちょっとした工夫で防げる疾患なんだ。
魔王より公衆衛生の知識をつけることのほうが優先課題だろう。
たくさんの人を救えるはず。
たくさんの子供の命も。
「しかしそうは言うてものう。とにかく魔王軍との応戦に人員も資産も費やしおるので、今そのような改革に手を付けられるほどの余裕がないのじゃ」
同意を求めるように側近に顔を向ける王様。
「はい、王の仰る通りで……我が国はかなり厳しい状況にあります」
ここで魔王問題か……そうくるわけね。
もちろん僕は戦争を知らない時代の人間だし、医学知識以外のことはほとんど興味を持っていないので内政とかよくわからない。
だがこのままでは黒死病などで大勢が亡くなっていくことだろう。
……いや、すでに流行り病で滅んだ街や国もあるかもしれない。
放置できない案件である以上、前に進むには……
「――勇者殿……魔王討伐、頼めんかの」
懇願する目で僕を見つめる王様。
正直あまり乗り気はしないが、致し方ない……
「わかりましたよ。やっつけてきます」
「おお! 勇者殿!!」
立ち上がり声を上げる王様。
「ただし、条件があります」
王に向かって対等に口をきく僕を見て、周りの兵士たちがざわついている。
でも僕はここの国民じゃないしねー。
言いたいことははっきり言わせてもらわないと。
「申してみるがよい」
周囲のざわつきを制し、王様は僕に発言を促す。
「えっと、最低限の感染症対策法と魔導医療の知識を、この国の方々に伝授してから旅立たせてください。早急にでもできることは始めていただきたいのです」
「そんなことでよいのか? むしろわしらにとって願ってもないことじゃ」
「まあ、下水路などの整備は討伐してきたあとでやってもらいますからね。それと変な期待を持たせたくないんで、僕が勇者であることは伏せといてください」
「うむ、承知した。なんじゃ、元の世界へ帰す方法を探し出してくれとでも言われるかと思うたわ。はっはっはっ」
側近と顔を見合わせ笑いあう王様。
「へ?」
「いや、帰れなくなったからって自暴自棄になられたらどうしようかと思っておったのじゃ。さすが勇者殿! 肝が据わっておる!」
その言葉に一歩たじろぐ僕。
「ちょ、ちょっと待って!! かかかか、帰る方法わからないの!?」
その後の僕は、一気に脱力して一晩寝こんだ。
ストレスにもヒールは効かないようです。
うがいって日本だけの文化らしいですね!しても意味ないって本当ですか