第一話 『とある騎士の症例Ⅴ』
「破傷風菌の姿形さえイメージできれば、ターゲティングできるはず……」
僕は客室のベッドに横たわる騎士団長の身体に触れ、教科書で見た破傷風菌のイメージを頭の中で描いた。
ルリルや王様たちは、かなり不安そうな目で僕を見つめている。
「(ターゲティング、破傷風菌)」
心の中でつぶやく僕。
すると、騎士団長の体に向けて、無数の矢印が出現した。
ターゲティングの矢印だ。
「よし! これだ! いけるぞ!」
やっぱり破傷風菌がいたんだ!
僕はガッツポーズをした後、あらためて騎士団長に自分の両手のひらを向けた。
「まかせてください!」
ルリルたちと目を合わせ、頷いてみせる。
細菌というものがなんなのか、いまいち理解できていないようなので、今は僕を信じてもらうしかない。
「……ライトアロー!!」
光魔法を囁くように唱える僕。
すると僕の手から放たれた数えきれないほどの小さな光の矢は、騎士団長めがけて突き刺さった。
「っ……」
一瞬騎士団長の身体がピクリと動いた。
「……」
が、特に外観の変化もなく安静が保たれている。
「 やったのか……?」
もう一度ターゲティングしてみれば破傷風菌を倒せているかわかるはず。
僕は心の中でつぶやく。
「(……ターゲティング、破傷風菌!)」
騎士団長の身体にはさっきのような矢印は出現しない。
「……やった、矢印が出てこないぞ! つまりはターゲット消失ってことだ!!」
「?」
不思議そうな顔で僕を見つめるルリル。
「よし、ルリル様、ヒールを今一度かけてあげてください!」
「――わかったわ」
ルリルは杖を振りかざし、魔力を込める。
「……エクストラヒール!」
すると、青白い光が騎士団長を包み込み、その体へと吸収されていった。
「……」
「……」
ゴクリとつばを飲み込む一同。
――ドクン。
「うまくいってくれ……」
僕は拝むように両手を顔の前ですり合わせた。
――ドクン。
「……」
すると騎士団長の指がピクリと動いた。
「……あれ?」
まぶたをゆっくりと開ける騎士団長。
「苦しくないぞ! 身体が動く!!」
むくっと起き上がりケロっとした顔でそう叫ぶ。
「マジでうまくいった!? すげえ、なかなかチートな手技だぞこりゃ……」
僕が想像していた以上に、状態が回復していることに驚く。
魔法……半端ねえ。
「(元の世界に……あの頃の僕に、この力が使えていれば……)」
……いや、今は過去を後悔している場合じゃない。
目の前の人を一人でも救えたのだから。
医者を目指して……本当に良かった。
「……ゴーフルさん。私がわかりますか?」
騎士団長のそばへ駆け寄るルリル。
「ルリル、もちろんだ! 悪魔憑きになっても意識はずっとハッキリしていたんだ。ありがとうルリル。本当にな!」
騎士団長はそう言いながらルリルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
そうなんだよな。
破傷風ってのはどれだけ筋痙攣や呼吸障害が起きて苦しかろうと、意識だけは鮮明な疾患。
つまりは、苦しみながら呼吸困難などで亡くなることが多い、辛い疾患なんだよな……。
「おとうさん……!!」
「あなた……!!」
奥さんと子供が騎士団長に抱きつく。
「……心配かけたな。すまん」
「ううっ……」
声にならないほど涙を流すご家族。
騎士団長の頬にも涙が伝う。
やっべ、僕も鼻の奥がツーンと熱くなってきた……。
「怖かっただろうな……つらかっただろな……本当に良かった。嬉しくて僕まで泣きそうだよ」
ルリルは未だに信じられない様子で目を丸くしている。
「こんな治癒魔法……初めて見たわ」
「治癒魔法じゃないっすよ。僕はただ攻撃魔法をかけただけ。元気になったのはルリル様のおかげっすよ」
「嘘はだめ。貴方が悪魔を追い払ったんでしょ。どんな術を使ったのよ。教えなさい」
僕を見ながら頬を膨らませるルリル。
まあ、ある意味悪魔を追い払った形になるのかな、『破傷風』という悪魔を。
決して派手ではない、もしかしたらどんなファンタジー小説にも出てこないような最小の戦闘だったかもしれない。
それでも僕にとって異世界での初めての戦闘であり、初めての勝利である。
少しは誇っていいですかね。
しかし戦闘の内容を説明するとなると、細菌の概念から理解してもらわなければならないんだけど……
骨が折れるな。
わかりやすく……か。
顎に手を当てながら考える僕。
もとの世界の知識と、この異世界の魔法を組み合わせて行った治療法だから……
「そうっすね……この世界の魔法で導く医術だから『魔導医療』とでも言いましょうか。きっとルリル様も使えるんじゃないっすかね」
「魔導医療……」
目をキラキラさせながら僕を見つめるルリル。
「はは、ずいぶん興味を持ってくれてる顔っすね。賢者の血が騒ぐといったところですか!」
「……うるさいわね」
好奇心こそが天才を生み出すんだろうな。
ルリルが賢者であることに納得がいくや。
――その後、数時間のあいだに騎士団長さんはみるみる回復していった。
騎士団長さんの名はゴーフルという。
なんだか美味しそうな名前だな……中年のがっちりしたオッサンだけど。
「あんたが俺を助けてくれた勇者か。感謝する」
騎士団長は律儀に僕に頭を下げた。
「いやいや、てか無理しないでください、まだ病み上がりなんですし……」
「本当に奇跡のような話だ。もうだめかと思っていたのだが。この恩、一生忘れはせぬ」
僕は両手をぶんぶん振り、とんでもないと謙遜した。
――その後、元気になった騎士団長を連れて、ルリルと玉座の間へと赴く。
しかし破傷風に関してもワクチンや血清がないから、抜本的な解決策を考えなきゃいけないよな。
そもそも菌だって破傷風だけとは限らないわけで……ううむ。
そんなことを考えながらお城の階段を昇る僕。
玉座の間にノックをして入ると、レッドカーペットの脇にズラリと兵士が並んでいる。
「すげー、ドラ〇エみたい!」
王の前につくとゴーフルとルリルは膝をつき、完全回復したことを報告した。
先に戻っていた王は感謝の言葉を述べた後、僕の方を真剣な面持ちで見つめる。
「勇者殿、今一度頼む。ルリルを連れ、魔王を討伐に行ってくれんか」
「ルリル様も連れて?」
「もちろん騎士団も援護する。のう、ゴーフルよ」
ゴーフルに同意をもとめる王。
「はっ、お任せください!」
「うーん……戦うのはちょっとなあ。死にたくないし」
「ではせめて魔王軍の配下、ギュントスだけでも討伐してくれんか」
「討伐っすか……殺せってことですよね。人を生かす職業に就きたい僕としては気が進まないんすよねえ」
馴れ馴れしく話しかける僕に、周りの兵士たちがにらみつけてくる。
「まあまあ……」
それをなだめるように目配せしながらうなづく王。
「とりあえず少し考えさせてくれませんか? 街の衛生状況なんかも気になるし」
僕は頭の後ろに片手をやりながらへこへこと会釈してみせた。
正直、破傷風なんて元の世界では、今の時代めったに見られるもんじゃない。
それだけこの世界では、感染症に対する医療や公衆衛生が発達していないということだ。
こんなところでは僕自身が病気になる可能性もある。
……ただ正直僕自身ポリクリ(臨床実習)で外来や手術の見学はしたものの、知識だけで経験が圧倒的に少ない。
ここで研修医になる前から経験を積めるなら、元の世界に戻れた時に有利だとも思うんだよね。
どうしよう……。
そんな打算的な考えも持ちつつだが、実際このままこの世界の人たちを放置して帰れないと思ってしまうのは、やはり医学の道を目指した性分か。
そこへ騎士団長の子が駆け寄ってきた。
王様が呼んだらしい。
「ありがとう……! お兄ちゃん、ほんとにありがとう……!!」
奥さんもお礼を言いたくてやってきたとのこと。
「私ももうだめかと思っていたんですが……この子だけはずっと希望を捨てずに救いを待ってたんです。本当にありがとうございました」
「そか……あきらめず偉かったね」
子供の頭を撫でる僕。
「僕はただ知識があっただけ。君みたいに希望を持っていれば、いつか道は開けるんだ。屈しなければいつかは必ず勝てる。そんな人には助けもやって来るから。いつも希望を持ち続けようね。そして今度は君が誰かを助けてあげるんだよ」
なんてちょっとかっこつけてみる。
すると凛々しい顔で大きくうなづいてくれる子供。
「うん! 僕もお兄ちゃんみたいなカッコいい治癒術師になってみんなを助けるね!!」
「いい子だ。兄ちゃんと約束だぞ」
この子が将来、この国で何万もの人々を救うことになるのは、また別のお話で。
ゴーフルってお菓子が美味しいのです!