第一話 『とある騎士の症例Ⅲ』
「破傷風……これは明らかに破傷風ですよ。ちょうど潜伏期間も約8日、斬られた時に感染したんでしょう」
僕は騎士団長の様態から、最も考えられる疾患をみんなに告げた。
「はしょうふう……?」
ルリルは首を傾げ、そうつぶやいた。
誰も破傷風がわからない様子で顔を見合わせている。
「えっと、傷口から破傷風菌が入って、そっから毒素が出て……そのせいで筋痙攣が起こり、引きつった『笑顔』に見える開口障害や呼吸困難になってしまう。特にこの身体が反り返って痙攣する後弓反張ってのが特徴的で……って、まず細菌はわかります?」
「さいきん……とはなんじゃ?」
これまた頭にクエスチョンマークが出ているような顔をする王様。
「困ったな……」
どこから説明すべきなんだろう……
だがそんなことよりこの世界には治癒魔法があるのではないのか?
なぜこうなる前に治せないんだ?
「どうして治癒魔法が効かないんすか? ヒールってなんでも治るイメージなんすけど。しかも確か最上級魔法まで試したって言ってませんでした?」
僕はルリルに向かってそう尋ねた。
「だって悪魔憑きだもの。傷は塞がったけれど、中にいる悪魔までは追い出せないわ」
首をかしげながら答えるルリル。
中にいるのは破傷風菌だろうに。
いやまてよ……
僕は元の世界のロールプレイングゲームの様子を思い出す。
治癒術師がヒールを唱えるシーンだ。
魔法をかけられたキャラクターは発光し、それだけでHPバーが回復したっけ。
HPの回復……
体力の回復……
傷口の自然修復……
ふむ。
つまるところ、治癒魔法ってのは、
『自己治癒力を上げることで、回復速度を高めている』
のではないだろうか。
だが、いま騎士団長が患っている破傷風は『細菌感染』によるものだ。
『細菌』は細胞を持つので生物に分類される。
ということは、細菌もある意味1人の人間のように、1つの生命体なわけだ。
つまり、ヒールをかけると傷口や炎症は治るが、『細菌自体をも元気にしてしまってる』んじゃないか!
それじゃあいつまで経っても治るわけがない!
あらためて騎士団長を観察する僕。
「ぐっ……うぐっ……」
「苦しんでおるな、ルリルや、ヒールをかけてやってくれんか」
王様は騎士団長を見て憐れんでいる様子。
「かしこまりました」
ルリルは杖を掲げ、魔法を唱えるポーズをとった。
「ヒールはまずい!!」
すかさずルリルの細い腕を掴み、中断させる僕。
「何するのよハゲ」
ルリルは驚いた顔で僕を見る。
いやハゲではないんだけど。
「ヒールは使っちゃだめなんですよ! 先に細菌を殺さなきゃ。抗生物質はないんすか!?」
「さいきん……? こうせいぶっしつ……?」
「ええと、抗生物質というのは……」
やばいな、細菌という概念がまだ無いのだろう。
確かこんな状況、医学史で習ったぞ。
ちょうど中世ヨーロッパ時代なんかと同じなんだ。
困ったことにこの世界では、下手に治癒魔法なんかがあるから、医学が発展しなくても何とかなってしまっていたんだろう。
元の世界ならワクチンも血清もあるんだけど……
どうしたものか。
これはやっかいな事になってきたぞ。
頭を掻きながら部屋をうろうろする僕。
「王様、ちなみにこの世界、薬は何があるんですか?」
「『やくそう』と『どくけしそう』の二つじゃ!」
王様は、にぱーと笑顔で答える。
「二つですって!?」
まじか!
ファミコン時代かよ!
「じゃ、じゃあ鎮静薬や人工呼吸器……なんてないっすよね? 筋痙攣に鎮静薬、呼吸に影響が出てきているなら気管挿管だけど……」
「ちんせい……? なんのことやら……」
「まあいいです! とりあえずその『毒消し草』とやらを用意してください!」
二人に向かって急かす様に指示を出す僕。
破傷風の症状の正体は、細菌そのものではなく破傷風菌が産生する毒物の影響なんだ。
だから毒消し草が血清の役割をしてくれたら、ひとまずは毒素を中和できるじゃないかと考えた。
本来なら抗破傷風人免疫グロブリンの役目なんだけど。
とにかく毒消し草っていうぐらいだから、毒素は中和できるんじゃないかな。
そこへルリルが一歩前に出て名乗りを上げた。
「キュアーなら唱えられるわよ?」
「キュアー? なんか癒してもらえそうな名前だけど……治癒魔法ではないんすか?」
「治癒魔法のひとつだけれど、『どくけしそう』と同じ効果のある魔法よ」
「よし! じゃあそれ唱えてください!」
早速ルリルは杖を掲げ、何やら詠唱を始めた。
すると騎士さんの身体が、緑色の光に包まれていく。
でっかい身体全体が発光しているかのように見え、部屋中を明るく照らした。
そしてその光は、身体に吸収されたかのように小さくなっていき、今度は濃緑色になって湯気のように放出された。
キュアー一つでも圧巻だな。
どんなVRゲームよりも、やはりリアルで目にする魔法は迫力が違う。
「これが魔法か……かっけーなあ」
明日は出張なので3話分ほど予約投稿しておきます!