第七話 『剣姫様は食欲不振Ⅲ』
「高レベルになると上がりにくくなるしね、特に魔法使い職は」
「もごもごもご……んぐっ。でもその煉獄なんちゃらって呪い魔法使えるってことは、魔王はレベル90超えてるってことだよね?」
「確か噂では120は超えてるって話だよー」
「そんなに!? マジかあ……思ったより強そうだなあ。ギュントス戦では魔王なんて楽勝じゃないかって思ってたんだけど。今の僕らじゃ無理なんじゃない?」
「そんなこと、やってみないとわからないよ!?」
「ハハ……シキ、きみはほんとに脳筋だねー」
「脳筋? えっ、ありがとう!」
シキは褒められていると勘違いしているのか、嬉しそうに喜んでいる。
「……とにかく全員のレベルを底上げしたほうがいいのは間違いないわね。私も90を目指せばシキさんのお母さんの呪いを解いてあげられるかもしれないので」
「それなら良いダンジョンがあるよ! 高レベル向けダンジョンで、ラスボスは誰も倒したことがないらしいんだけど、そこにはお宝も眠ってるって噂なんだ!」
「ダンジョンだって!? いいね! 行ってみたい! 異世界に来たからには間違ってないだろう!」
目を輝かせる僕。
「じゃあ決まりだねー! 早速明日にでも出発しよう! あーワクワクしてきた! 今晩眠れるかなー!」
「僕も一気にレベル上げしたいな! いろんな技とか覚えてもっと楽したい!」
「楽するためって……ほんとに勇者っぽくないわね、あなたは」
「そのためにもがっつり食べなきゃね! おかわり!」
「はいなの!」
サーヤに器を渡し、おかわりをねだる僕。
「おねえちゃんたちは? おかわりする?」
「では私も頂きます」
器を持って立ち上がるルリル。
と、そこでシキがつぶやく。
「……ごちそうさま」
シキはまだ食事にほとんど手をつけていないのに、箸を置いたのだった。
「え? ほとんど手つけてないじゃん」
「話に夢中だったからね。もうお腹いっぱいだよ」
「いや、それにしても……そういえば前にもこんなことあったよね! お父さんが振舞ってくれた時。食べ物が喉につかえるって言ってなかった?」
「そ、そうだったっけ。そんなこともう忘れたよー」
「……やっぱりちゃんと診察させてよ。ほら、これからダンジョンに籠ったりなんやで、病気なんてしてる場合じゃなくなってくるでしょ。今のうちに診ておこうよ」
「そ、そんなにボクの胸が見たいのっ……!?」
胸の前で腕をクロスするシキ。
「いや今回はほんとに心配してるんだよ。(おっぱいは見たいけど)」
「(心の声もれてるわよエロがっぱ)」
「なんともないってば、きっと大丈夫! おやすみなさい!」
そう言ってシキは自室へと去っていった。
「ほんとに大丈夫かな……」
「心配なの……」
残された僕とサーヤは困ったような顔を見合わせる。
「ところで琢、ちょっと」
ルリルが僕のことを豚ではなく琢と呼んでくれると、まだなんだかむず痒いけど嬉しい。
まあ、たまにしか呼んでくれないので、ついつい名前で呼ばれるとニヤけてしまうよね。
「なにニヤけてるのかしら……」
「いや、ちがうんです! これは琢って呼ばれたことがうれしいだけでシキのおっぱいが見たいって話ではなくてまあおっぱいは見たいけど胸を出さなくてもアナライズで見れるから見せなくても診察はできるってゆーか患者さんを診察するときにそんな邪な感情は持ってないというか、あ、でも体表をアナライズしたらもしかして服だけ透けてみえちゃうのかなそうだったら嬉し……いやそんなことはしないしそんなこと思ったこともないわけで、頼むからもう心の声を読まないでくださいおねがいしますおねがいします!」
あたふたと目を泳がせる僕。
「……呪いの話なのだけれど」
「あ、なんだ。そのことですね。どうしたんですか?」
「煉獄呪縛という、魂を抜かれる呪いについてね」
「うん、やっかいな魔王の魔法ですよね」
「実は私が知っている『煉獄呪縛』という魔法とは違うもののような気がするわ」
「お母さんの呪いはそれじゃないってことですか?」
「ええ。『煉獄呪縛』は喜怒哀楽といった感情を奪うものではないはず」
「さすが賢者。良く知ってますねー」
「なので、もうひとつ可能性があるのよ」
「なんですか?」
「シキさん自身のほうに、なにか幻覚を見せられるような魔法がかけられていたケースね」
「そんなのがあるんすか? 催眠術師みたいな?」
「ええ。幻術使いと言うのだけれど。幻術ならそこまでレベルが高くなくても、似たような効果を出せる魔法があるのよ。つまり実際に対峙していたのは魔王ではなく、幻術を使える魔族だったのかもしれないというケース」
「なるほどなるほど……たしかに魔王の文字を書いたマントを着てるなんてダサすぎですもんね」
「まあ、ダサいかどうかは別だけれど……シキさんの話だけでは正直なところ、本物の魔王ではない可能性が高いと思っているの。なにせそう簡単に姿を見せるような人ではないはずだから」
「サーヤの過去視で見たらどうだろう?」
「過去視は本人の見た映像しか見えないはずよ。シキの記憶が幻覚であってもそのまま見えてしまうわ。なので、過去視で見るとしたら……」
「シキのお母さんか」
「そうね。魔王の情報も得られるかもしれないわよ」
「そうですか。一度訪ねてみる価値はありそうですね」
「ダンジョンでレベル上げをするか、シキさんのお母様のところへ行くか、どちらを先にするか、今晩中に考えてみるわ」
「はい、任せますよ。いつもありがとうございます、ルリル様。おやすみ」
「ええ。ではおやすみなさいエロがっぱ大王」
こうして夕飯を済ませた僕たちは、用意してもらった客間で夜を明かした――