第七話 『剣姫様は食欲不振Ⅱ』
「で、シキのお母さんはどんな状態なの?」
「……呪いなんだ。魔王の」
夕飯を食べながらさっきの話の続きをする。
「また呪い? 呪いなんてまやかしだよきっと。ほらスミレクだって呪いと言われてたけど、実際は寄生虫の仕業だったでしょ? この世界の人は何でも魔王とか呪いのせいにするからなあ」
「違うよ、お母さんはそんなんじゃないの。間違いなく呪いなんだよ」
「どうしてそう言い切れるのかしら?」
「だってボク、この目で見たもの……お母さんが呪いの魔法をかけられる瞬間を」
「なんだって!? じゃあシキは魔王と会ったことがあるの!?」
「うん……その時に」
「そうなると話が変わってくるわね。解呪となると私の聖魔法の出番よ」
「ありがとうルリルっち、でもきっと無理なんだよ。お父さんが世界中を調べまわったけど、あの呪いを解呪できる魔法を使える人は、この世に一人もいないことが分かったから。グモールの賢者、そうルリルっちでさえもね」
「なるほど、それでシキさんのお父様は、私とどこかで会った気がすると言ってたわけね。確かにグモールへ謁見に来られたことがあるような気がするわ」
ルリルはシキの話で思い出し、納得したようだ。
「お母さんは昔、凄腕の冒険者だったんだ。金色の剣姫と呼ばれていたんだって。ボクもお母さんに憧れて、小さいころから剣を握らせてもらってた。旅にも一緒に連れて行ってもらってたの。お父さんはずっと反対してたけど」
「それでシキはそんなに強いんだね」
「そんなある日、町に盗賊が攻めてきてね。そいつらどうも様子がおかしくて、何かに操られてる感じだったの。だから盗賊はボクが相手をして、お母さんは操ってるやつを探しに行ったんだ。もちろん盗賊は全員ボクが切り捨てたよ。返り血で汚れちゃったけど」
「それが噂に聞く『紅の剣姫』事件か……」
「恥ずかしいよ……で、お母さんの応援に行こうと探したんだけど、見つけたところにいたのは魔王だった。そして対峙するお母さんの姿」
「どうしてそれが魔王だとわかったんですか?」
「そりゃあわかるよ。背中に魔王って書いたマントを着てたもの」
ずっこける僕。
「ほ、ほんとかなあ……」
「ほんとだよ! 信じてくれないの!? ほんとなんだから!」
シキ、僕の胸ぐらを掴み、にらみをきかしてくる。
「信じます! それは魔王です!! 間違いない!!」
「わかればいいんだけど」
僕をポイっと離すシキ。
この子怒らせたらヤベーんだった。
「ふぅ」
「……そして魔王は、立ち向かってくるお母さんの太刀筋をすべて交わした。誰にも負けるところを見たことのないお母さんだったから、ボクも目を疑ったんだ。でも、魔王の動きは尋常じゃなかったの。ボクにどうこうできるような相手じゃなかった。むしろ出ていったら邪魔になるだけ、そう思ったんだ」
「いい判断だったかもね、二人ともやられちゃどうしようもできない」
「うん。そして最終的にお母さんは動きを封じられたあと、魔王が詠唱を始めた。すると足元に黒い魔法陣が出現し、それが呪いだったわけ。ボクはただ見てるしかなかった」
「黒い魔法陣……」
「それからお母さんは魂が抜けたようになってしまったの。何を聞いても反応がなく、喜怒哀楽すべてが抜け落ちた、まるで人形のよう……」
「それが呪いなのね」
「そう。今は自然に囲まれた別荘地で療養してるんだ。今のところ一向に回復の気配はないけど……でも殺されなかっただけラッキーだったんじゃないか、そう思うようにしてる。かならず呪いを解いて、元気だったお母さんを取り戻すんだって。そのために毎日修行して鍛えてきたんだから」
「そんなことがあったのか……だからスミレクでも魔族を恨んでたんだね」
シキを魔王の娘ドラメリーに会わせたらヤバそうだな……。
「……ボクは魔族を倒す。お母さんをあんな身体にした魔王を許さない! 絶対に倒すんだからね!」
「それでギュントスにも一人で立ち向かってたのかい? もう無茶はしないでよ。僕らもついてるからさ」
「ありがと……あの時は魔王の消息がつかめずイライラしてたんだ。でも自分の弱さを知ったから。もっと強くならなきゃ……」
シキ、握りしめた自分の拳を見つめる。
「本当に呪いの魔法なんてものがあるんだね」
「ええ、あんな邪悪な魔法陣、初めて見たよー」
「その魔王が唱えたという詠唱、何の魔法かわかるかしら」
「わかるよ、あれからお父さんと必死で調べたから。あの魔法名は――」
ゴクリとつばを飲み込む僕。
「『煉獄呪縛』、闇属性魔法だって」
「!」
驚いた表情で目を見開くルリル。
「ルリル様、知ってるんですか!?」
「……ええ。闇魔法レベル90で習得できる、とてもやっかいな呪いね」
「レベル90!? 高っ!!」
「そう、この魔法は術者が死亡するまで解呪されない最悪な呪い魔法らしいんだ」
「マジか……つまりは魔王を倒すしかないってことだよね」
「そうなるんだ。あともう一つ手段があって」
「聖属性魔法レベル90で習得できる『セイクリッド・エクソシズム』ね」
「その通りだよ。この二つの魔法は作用が拮抗しているらしく、重ね掛けすると相殺されるらしいんだ」
「つまり呪いが解けるってこと?」
「そう。ただ、この世界で『セイクリッド・エクソシズム』を使える魔法使いは一人もいないわ」
「ルリル様にも使えない魔法があるのか……」
僕は心の中でアナライズと念じ、久しぶりにルリルのステータスをみてみる。
――ブオンッ。
名前:ルリル・マギシシュ
種族:精霊族
職業:賢者
レベル:79
HP:4,010
MP:40,100,000
一般スキル:ターゲティング、杖の心得
職業スキル:アナライズ、精霊魔法、死霊魔法、聖魔法
固有スキル:テレパシー
「(おっ、レベル79になってる! 1こ上がってんじゃない? 手術や治療でかなり魔法使ったもんなあ。でもレベル90まではまだ結構あるな……)」
「もちろんシキさんのお父さんが来られた頃よりも私のレベルも上がっているけれど、それでもまだ79」
「あと21か……」
「あと11ね、黙りなさい」
僕の口にパンを突っ込むルリル。