第七話 『剣姫様は食欲不振Ⅰ』
「ふあああ……ゴモクではほとんど睡眠とれなかったから肌荒れ酷いや。ルリル様はどうしてそんなにお肌綺麗なの」
ツヤツヤルリルが、僕を見て呟く。
「あなたは何度洗っても落ちない換気扇フィルターのような、油ギトギト顔ね」
「そんなに汚い!?」
「あなたにだけは絶対にVRゴーグルを貸したくないわ」
「ぶ!!」
もとの世界の話を色々聞かせてあげたり、テレパシーで見せたりしてたからか、罵倒のレベルが上がってるじゃんか。
そんなこんなで、ゴモクから船でリスターキへと戻った僕とルリル。
やっとシキの実家の前まで帰還。
シキとは少し気まずい別れ方をしたので、玄関のドアを開けるのに戸惑う。
「シキ、元気もどってますかね……」
「元気だけが取り柄って感じな人だから、大丈夫じゃないかしら」
「だといいんですけど」
武具店のドアを開け、店内へと入る僕たち。
「ただいま帰りましたー」
すると店の奥からドタドタと走ってくる足音が聞こえる。
現れたのはサーヤだった。
今回サーヤの故郷にも立ち寄れず、さみしい思いをさせてしまったな。
スミレクの環境が落ち着くまでは、交通が悪くたどり着けないらしいのだ。
呪い問題は解決したのだから、またもと通り活性化するだろうけど、まだ時間が必要みたい。
移動手段ができたら必ず連れて行こう。
「おかえりなの!!」
「やあ、サーヤ。ただいま。いいこにしてたか?」
「お料理手伝って待ってたの!」
「えらいじゃないか。……で、シキは?」
シキの姿が見当たらないことに少し不安を感じる僕。
すると、店の奥からもう一人現れた。
「あっ、おかえりー! 寄生虫とやらは倒せたんだねっ!」
シキだ。
「ああ、ただいま。ばっちりだよ!」
シキにサムズアップしてみせる。
「ほんと!? すごいすごいっ!! やっぱり琢くんやるねー、カッコいい!!」
「どもどもー!!」
シキの相変わらずテンションの高い快活な様子を見て、ホッとする僕。
「ルリルっちもお疲れ! 今回はMPも大丈夫だったのかな?」
「もちろんよ。あの時は油断してたの。忘れてほしいわ」
ルリルはMP切れになりそうだったことが悔しいらしく、その件に触れると機嫌が悪くなる。
完璧主義者だ。
「じゃあ今晩は宴会だねー! 疲れも吹っ飛ぶ、美味しい料理を出してあげるからねっ! サーヤも手伝って!」
「わかったの!」
そう言って店の奥へと消えていく二人。
「いつも通りのシキでしたね。安心しました」
「ただ魔族のことには触れなかった。タブーなのかしら」
「ま、自分から話してくれるのを待ちましょう」
「あなたも早く異世界の勇者であることを、打ち明けたほうがいいんじゃないの」
「それを言われると……まあ、仰る通りですよね」
しばらくして、食卓に豪勢な料理が運ばれてきた。
シキもサーヤもエプロン姿がよく似合う。
「美味しそうだなあ……!」
「この鶏肉スープは特に疲労回復効果抜群だよっ!」
「いいねえ、いいねえ! あ、こっちの赤いのはもしかして……」
「これは梅干しを使ったサラダなの!」
「わあお! まさか異世界で梅干し食べられるとは! 見てるだけでよだれがでてくるよ!」
「二人とも凄いわ。お腹が鳴りそうなのでさっそく頂いていいですか?」
「もちろんよ!」
「たくさん食べてほしいの!」
「いっただきまーす! さあ、二人も座って座って」
こうして数日ぶりに四人一緒の食事をとる。
「あ、そうそう、特注していたマスクとか手袋、届いてたよっ」
「おー助かる! 今回は使わなかったけど、あって損はないものだからね。ずっとルリル様のハイディングに頼るのも悪いしな」
「あの時はお腹が減ってたからよ。本来私のMPは無限なの」
「(いや無限ではないだろうけど……)そうですよねー! まあルリル様がいない時でも対応できるようにもらっとくよ」
「うんっ! 奥にあるから後で渡すねー」
「今日はシキパパいないのか?」
「いないよー、お母さんのところへ行ってるんだ」
「(え……お母さんのところ?)」
「(触れちゃまずい話かもしれないわね)」
「……」
「……」
「ちょっと! なに気まずい感じになってるのかなー! 言っとくけど死んでもないし、離婚したとかでもないよー!」
「なーんだ、僕やっちゃったかと思ったよ」
「ただ身体が弱くてね、田舎のほうで療養してるんだー」
「そっか。良かったら僕、診てあげようか? なにか役に立てるかもしれないし」
「無理かなー。こればっかりは琢くんたちの魔導医療術でも」
「わからないわよ。この人ならまだ試されていない治療法を知ってるかもしれないわ」
「そうだね、機会があったらお願いしようかしな。琢くんってば、誰も知らないような知識を持ってるもんねー」
それを聞いた僕は、真剣な面持ちでシキに打ち明ける。
「シキ……今まで言ってなかったんだけど……実は僕、異世界人なんだ!!」
「ま、そうだよね」
ズコーっと崩れる僕。
「え、知ってたの!?」
「そりゃあ、さすがに気づくよー。そんな世界の根底を覆すような発想や知識、見たこともない道具や手術、そして無茶苦茶な魔力。さしあたりルリルっちに召喚された異世界の勇者ってとこでしょ?」
「……その通りだよシキ。隠しててごめん」
「あ、ちなみにグモールから二人の捜索依頼が出ているそうだよ。賢者と勇者が行方不明って……」
「マジか!? そういやギュントス倒しに行くってゆってから、全然帰ってないや!」
「うっかりしてたわ」
「でもほんと、いつになったら正体を打ち明けてくれるのかと思ってたんだよ」
するとルリルが横から口を挟む。
「この人なりに、シキさんから奇異の目で見られたくない、という想いがあったみたいですよ」
「うん……友達として対等にいたかったんだ」
「べつに勇者だからって、琢くんは琢くんなんだから! そんなぐらいで態度が変わるような軽い人間じゃないんだからね! みくびらないでほしいなっ!」
「ううっ……シキーっ! ありがとー!!」
シキに抱きつく僕。
「ちょっ、ちょっ、なにしてるのかな!」
「え? 僕らの世界だったら、友達同士抱きつくぐらい挨拶みたいなもんだよ?」
「そ、そうなのかいっ!? なら……しかたな――」
そこへルリルが僕の両手を、魔法の縄で縛り上げる。
「騙されちゃいけないわ……それはセクハラってやつよ」
「げ、ルリル様、僕の世界のこと読みましたね!? 勝手に頭ン中読まないでくださいってばー!!」
「シキさんのおっぱいに、顔を埋めたかっただけだそうよ」
ルリルがジト目でそうつぶやく。
「ギクッ!!」
「ななな、なんだって!? 琢くんコレが好きなの……? そっ、そうなんだ! で、で、でも触らせていいのは旦那さんだけなんだから! まだだめなんだからー!!」
シキは胸を手で覆いながら、僕に強烈な蹴りを入れてくる。
「ブハアッ!!」
吹っ飛ばされる僕。
「すみません調子乗りましたごめんなさい……」
ボロボロになりながら食卓へ戻り、座りなおす。
よしよしと僕をさすってくれるのはサーヤだけであった。