第六話 『悪魔に呪われた村Ⅷ』
僕とルリルはまた馬車に乗り、スミレクへ移動している。
「念のためハイディングお願いできますか?」
「ええ。今日は無限にいけるわよ」
「それは助かりますね、ありがとうございます」
「ところで、あそこまで膨らんだ腹水は治せるのかしら?」
「正直きびしいですね。肝硬変の末期症状だから……利尿剤を使ったり直接水を抜いたりもするけど、あくまで対症療法。ルリル様、これからは…………救えない人もいるという覚悟を持って……ついてきてくれますか」
うつむきながら答える僕。
「そんな泣きそうな顔でお願いされたら、はいとしか言えないじゃない」
「ありがとうございます……ルリル様」
「どうゆう状態なら救えるの?」
「とにかく僕はターゲティングでまず日本住血吸虫、そしてその卵を患者さんの中から撲滅しますんで。まだ感冒症状が出ていない、すなわち、体内で産卵されていない時期の患者さんなら、ここでヒールをかければほぼ助かるんです。ルリル様、頼みますね」
「わかったわ」
「それでも肝硬変は治るわけではないんです。門脈を詰まらせている日本住血吸虫の卵を取るだけで改善するならいいんだけど、そうもいかないんですよ。難しいのは、非代償性肝硬変(※破壊された肝細胞が多く、残った細胞だけではその代わりを担えず、肝臓の機能が十分に働かなくなっている状態)に移行している患者さんや、肝性脳症による見当識障害、昏睡状態に陥っている患者さん。正直今の僕らではなす術がないんです……」
「……そう」
「でも僕だってできる限りの人を救いたいんです。今僕らに出来ること、考えられる治療法、最大限に行使していきましょう」
「わかったわ」
ルリルと顔を見合わせ、大きくうなずく。
――そして僕とルリルはまた、結界を抜けスミレクの屋敷へと足を運んだ。
屋敷の手前で見覚えのある男の姿を目にする。
昨日シキにビビって腰を抜かしていた魔族の男だ。
何やら盛られた土の前で手を合わしている。
「お墓……?」
「おお、お前か……昨日の夜に俺の仲間が逝っちまったよ。ちくしょう……なにもしてやれなかった」
「僕も……力になれなくてごめん……」
「なんだ……優しいじゃねーか……それじゃあ線香のひとつでもあげていってやってくれよ」
「もちろんだよ……」
墓の前で手を合わす僕たち。
「……ありがとよ」
「で、ちょっといいかな?」
僕は魔族の男の方へ向き直った。
「なんだ?」
「病気の正体がわかったんだ。治療させてくれないか?」
「へ? 俺をか? お前人間だろ?」
「(ブタです)」
「そう、僕はブタ……じゃなくて、医者なんだ! きみたちが共生している姿を見て、魔族だとか人間だとか関係なく、命を救いたいって思ったんだ」
「そうか……うちの隊長とおんなじことを言いやがる。どいつもこいつも甘いんだよ。そんなだから自分が犠牲になっちまうのに。……あーわかったよ、俺でよければ煮るなり焼くなり好きなように使ってくれ! そのかわり隊長を救ってくれよ? あとここにいるやつらもだ!」
「人間もってこと?」
「ああそうだよ! ったく俺もどうしちまったんだかな! とにかくここまま全滅なんてまっぴらだ! さあ、やってみろよ!」
両手を広げて目をつぶる魔族の男。
「わかった。僕の診断が間違っていないか、これで判明するはずだ」
僕はそうつぶやいて、心の中でターゲティングと念じる。
医学書で見た『日本住血吸虫』をイメージして。
「やっぱり……!」
魔族の男の身体に、無数の矢印が出現。
日本住血吸虫のターゲティングに成功した証だ。
「出ましたか」
「ああ。呪いの正体、見破ったり。これから悪霊退治だ」
寄生虫が存在している事実が分かり、ほっと肩をなでおろす。
そして、両手で頬をパンパンと叩き気合を入れなおす僕。
「ライトアロー……!」
魔族の男めがけて手のひらから光の矢を放った。
「いででっ……」
「あれ、やっぱ魔族だから光属性はまずかったのかな?」
「てめえ、のんきなこと言いやがって! 死ぬかと思ったじゃねーか!」
とはいえ、魔族の男はぴんぴんしている。
「なんだ、元気じゃないか。よし、もう一度ターゲティングだ」
魔族の男の中の日本住血吸虫に向かって、もう一度心の中でターゲティングと念じる。
しかし、矢印は出現しなかった。
「成功だ……! これで救える!!」
幸いなことに、魔族の男は感染したばかりだったようで、皮膚炎をおこしているところだけヒールをかけ、あとは特に処置する必要もなく日本住血吸虫の駆除だけで済んだ。
その後、救えることがわかった僕たちは急いで屋敷へ向かった。