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第六話 『悪魔に呪われた村Ⅶ』

 港町に戻った僕たち四人は、例の大将がいる酒場で食事をすることになった。


「てか、もう食べて大丈夫なのかな?」

「うん、少なくともこれだけの人がいて誰も感染していないなら、この町の食事は問題ないはずだよ。結界が張られて誰も出入りできなくなってからだいぶ経ってるわけだし」

「やたっ!! それじゃあ大将! ビール一丁!!」

「あいよっ!」

「ルリルおねえちゃんも、いっぱい食べてね!」

「ありがとう。いただくわね」


 そして僕たちは食事をとりながら、スミレク村の状況を整理する。


「まず呪いではないことをハッキリ認識しましょう。スミレクがあのような状態になったのはいつごろからだったか」

「去年ぐらいからリスターキでも呪いの噂は聞いてたよ。ただ、あの村に行き来する行商人はいても、外の人が呪われたって話は聞かないそうなんだ」


「そして呪いと言われている症状は腹水。何らかの炎症によりお腹に水が溜まってる状態だ」

「魔族の中にも病気になってしまっている者がいたわね」


「そうなんです。魔族が侵攻してきたのは病気が広まった後だった。だからこそ、魔王の呪いとは考えられない」

「それにまぞくのたいちょーさんも一緒に稲刈りしたって言ってたし! 仲良しなの!」


「その稲刈りのあと、皮膚がただれたと言ってたのが気になるな。そこで何か菌に感染したのか」

「切り傷もなく感染するのかしら?」

「わからないですが、ちょっとした擦り傷があったのかもしれませんし、洗浄の概念がないから汚れたまま過ごしてたのが原因かもしれないですね」

「じゃあやっぱりその、細菌感染ってのが濃厚なわけだね!」

「いや、そうとは言い切れないんだ。だって症状が出だしてから腹水が溜まるまで1ヵ月だよ……? なんなんだ一体その微妙な期間は。そんなの聞いたことないぞ」


「またヒールで感染の拡大を早めてしまっているとかではないの?」

「ああ、確かに、治癒術師もいたようですからね。しかし逆なんですよ……細菌感染性腹膜炎だったとしたら、ヒールで早めなかったとしても、1ヵ月も悠長に過ごしてられないはずなんです。ああ、わけがわからない」

「細菌以外の可能性はないのかしら?」

「そりゃあウィルス性の腸炎とかもありますけど、どちらにせよ腹水が溜まるまでの期間なんて同じようなものなんすよ。だからあの腹水は菌やウィルスではなく、風土的なものであの地域の食生活などに問題があったか……だって、あれはまるで肝硬変が早まったような……」


 ごはんを口に運ぶ手を止める僕。


「特定の地域で肝硬変……?」

「どうかしたの?」


「稲刈り……皮膚のただれ……感冒症状……そして肝臓病変……」


 血の気が引き、みるみる顔が青白くなっていく僕。


「おいおいおいおい!! うそだろ……! あれは……まさか!!!!」


 僕は突然立ち上がり、大声を上げた。

 周りの者が一斉に僕を見つめる。



「あれは…………寄生虫(きせいちゅう)による感染症だ……!」



「きせいちゅう?」

「はい……日本(にほん)(じゅう)(けつ)(きゅう)(ちゅう)(しょう)の症状です、間違いない」

「なんなんだい!? それは!」



 ――日本住血吸虫症、通称『地方病』。

 日本住血吸虫とは、吸盤を持った寄生虫の一種であり、その成虫が静脈内に寄生することで発症するものを日本住血吸虫症という。


 ヒトだけでなく、ほ乳類全般に感染する人獣(じんじゅう)共通(きょうつう)感染症(かんせんしょう)の一つである。

 日本で最初に発見されたので、日本住血吸虫と名付けられているが、中国や東南アジアにも生息している。


 日本住血吸虫は中間宿主(ちゅうかんやどぬし)であるミヤイリガイという貝の中で成熟し、水中に出てくる。

 そのミヤイリガイといえば、浅い河川や、緩やかな流れである水田の溝などに生息している。

 つまり、今回のような農業を行っている最中に、皮膚を突き破って体内に侵入してくるわけだ。

 この侵入期に、かゆみのある皮膚炎を起こす。

 その後、1~2か月かけて体内を移行していく間、感冒症状が引き起こされる。

 そして2~3ヶ月後には腸の壁に卵を産め付けられ、それが肝臓に流入すると肝硬変、腹水を生じて衰弱死へと至る恐ろしい感染症である。



「つまり本来なら3ヶ月ぐらいかけて卵が肝臓に流入し、障害が起こりだすんだけど、魔法が発達したこの世界では、ヒールにより寄生虫の成長を早めてしまっていたのが原因なんじゃないかな」

「やはりヒールについての教育が必要ね」

「まさかヒールが一番危険な魔法だなんて……誰もしらないよ!」

「そうですね。魔法学校があるなら義務教育とすべきだよ。この子たちの世代には常識として浸透してほしいものだ」


 僕はそういいながらサーヤの頭を撫でる。


「えへへ」


「まあそれはさておき、タイミングよく魔王の手下が現れてくれたおかげで結界が張られ、外へ拡大することが防がれたわけですね。結界を張った国のやり方は酷いかもしれないが、結果的には国中へのアウトブレイクを防げた訳で。どこまでの憶測があったかはわからないけど、これで感染症が撲滅できたら最高だよ。魔族だって寄生虫を持ち帰ってしまって、魔王や幹部が感染したりしてたらそれこそ大変だったんじゃないかな。その辺を理解してくれて連中とも和解できたら最高なんだけど」

「そのまま魔王も死んでくれたほうが良かったんじゃないかな」


 シキの言葉に、何とも言えない気持ちになる僕。


「どうなんだろうね。今回あまり知りたくなかった事実も知ってしまった。それは魔族も同じように感染していたこと。ということは魔族も人間と同じ身体構造であろうという証拠。そして……魔族にも心があるということ。血の色は違えど、同じ生命体なんだ……つまり、魔王を倒すというのは、モンスターを倒すという狩猟感覚ではもう考えられない。対人戦争をしているのと同じなんだ」


「私も……同感だわ」


「なにが正しいかなんてわからないけれど、医師として命を救うこと、それだけは正義だと信じたい。僕のやっていることは間違ってないと信じて、これからも進みたいと思う。だから僕は、感染した魔族たちも治療しに行くよ」


「そんな! ……ボクは割り切れないよ! 魔族をも助けにいくというなら……ボクはここで降りる」


「そっか。それもひとつの答えだと思う。じゃあシキはリスターキで待っていてくれないか。戻ってきたら美味しいご飯をごちそうしてよ」

「無理しなくていいと思います」


「……ごめん。なんでも手伝うってゆった矢先に……でもやっぱりボクは魔族を許せないから」

「シキおねえちゃん、泣いてるの?」


 心配そうな顔でシキを見つめるサーヤ。


「(シキの過去に何があったかわからないけど、少し情緒(じょうちょ)不安定な気がしますね)」

「(ええ。一人にしておくのも不安ね)」


「サーヤ、シキと一緒にリスターキで待っててくれる? 疲れて帰ってきた僕らを、サーヤの美味しい料理で迎えて欲しいな!」

「わかったの! まかせてなの!!」


 サーヤは子供なりに空気を読んで、シキを励ますためか無邪気な笑顔でそう答えてくれた。


「いいこだサーヤ。楽しみにしてるよ」


 サーヤの頭にポンポンと触れる僕。


「ありがと……じゃあまたね、リスターキで待ってるから!」


 こうしてシキ、サーヤと別れた僕は、ルリルと共に今一度スミレクに戻り、治療を開始することにしたのだった。

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