第一話 『とある騎士の症例Ⅱ』
――ブオンッ
すると、目の前に半透明のウィンドウが出現したではないか。
名前:琢磨・毛利
種族:人間族
職業:勇者(飼い主:ルリル)
レベル:1
HP:10,000,000
MP:100,000
一般スキル:ターゲティング、剣の心得
職業スキル:言語理解、アナライズ、四属性魔法、光魔法、刻印魔法
固有スキル:医学知識、成長補正
「おお、マジで勇者って書いてある! しかもレベル1なのにHPとかMPとかヤバくない!? 強すぎっしょ!!」
「なるほど……召喚は失敗してなかったようね。さすが私」
ルリルと呼ばれる銀髪の美少女は、無表情ながら少し得意げに口角を上げ、また顎を突き出してハンコ○クなポーズをとる。
「とにかく僕、豚じゃなかったってことでしょ!? 人間だよ! 人間!!」
「ま……しぶしぶ認めてあげるわ」
目を細めながら蔑んだ目で僕を見るルリル。
「しぶしぶて……」
つかステータスおもしろ。
ターゲティングとかまるでゲームだねー。
んで、職業スキルってゆーのは勇者特有のスキルってことだろうな。なんか強そうな魔法とか言語理解とかあるし。
固有スキルは僕だけしか持ってないスキルってことかな。医学知識とか。
……いやいや、医学知識スキルってさ、ただ勉強しただけじゃん。治癒魔法じゃないんかい。使うとこあんのかな。
僕は少し興奮気味に自分のステータスをまじまじと見つめていた。
「……ん? 飼い主って何?」
「名前の通りよ。私が主。あなた家畜」
「へ?」
「屁はあなたでしょう、この屁のカスの粒」
「最下級感がスゴイ!!」
「すまんのう、我々の世界では召喚した術者が、勇者の飼い主になる掟なのじゃ……」
「勇者の立ち位置ハンパねえ!!」
「家畜である証が、首に付いているでしょう」
ルリルがそう言うので首元を触ってみると、赤い紐のようなものが巻かれているではないか。
「なにこれ!? まるでペットじゃねーか! どうなるんだ!? 言うこと聞かないと首が締まるとか!?」
「さあ、どうだったかしらね」
「勘弁してくれよ……やっぱこれって取ったらダメなやーつ?」
「ふん、どうなってもいいのなら取ってみなさい」
「こえーよ!!」
なんも教えてくれないと、余計に抵抗できないじゃんか。
しかし勇者かあ……
僕は王様のほうに首を向けて問う。
「……まさか、魔王倒してとか言わないっすよね……?」
王様はひとつ咳払いをして、真剣な面持ちで返答する。
「そのまさかなのじゃ。勇者殿、我が国は今、魔王軍の侵攻により危機に陥っておる」
出たよ、魔王とか!
「いや僕は忙しいから、ほかの人にしてくれませんかね!?」
僕は頭をぽりぽりと掻きながら困惑していた。
できれば僕も吸血鬼さんとお昼寝したりだとか、ほのぼの日常系ハーレムが良かったんですけど!
ホワイトカラーな医学生にガチの肉体系アクションとか向いてないから。
「そんなこと言わんと。今辞められると皆が困るのじゃよ……この世界がどうなってもいいと申すのかね……」
「なにそのブラック企業みたいな引き留め方!」
すると美少女ルリルが続ける。
「世界を変えるには誰かが犠牲になるしかないのよボケナス」
「ボケナス!?」
世界がどうなってもいいとまでは思わないけど、呼び出したばっかの人間にそこまで責任押し付けられてもなあ……
ジト目で王様を見つめる僕。
「だってのう、頼みの綱であった我が国の最強の騎士団長もやられてしまったのじゃ」
「最強の騎士っすか!? まさか負けて死んじゃったとか!?」
頼みの綱が切れてるんですかい!
よくある転生なら最強の騎士団長に稽古つけてもらうとこから始めたりするんじゃないの?
想像以上に危機状態なんじゃないかこの世界は。
「いや、やられたと言ってもまだなんとか生きておる。じゃが、もうじき息絶えるであろう。魔王軍と戦った際に悪魔が憑いてしまったのじゃ」
「悪魔って……魔法でなんとかならないんすか? その人……いえ、ご主人様すごい魔法使いっぽし」
僕はルリルを指さしてそう言った。
「ふっ……家畜にも分かるのね。王様、やはり私の天才オーラは異世界にまでダダ洩れのようです」
ルリルは腰に手を当て顎を上げ、またまたえらそうなポーズをとった。
「天才オーラっすか……」
オーラっつか、その大きな杖とローブと召喚術ね。見たまんま魔法使いね。
「もちろん治癒魔法は最上級のエクストラヒールまで試したわ。私はすごい魔法使いだから。……でもダメだったの」
「そっかー、ルリルちゃんでもダメなんだ」
自分ですごい魔法使いだとか言うところ、憎めない。てか可愛い。
とか思っていると、みぞおちを杖で思いっきり突かれる僕。
「なにタメ口きいてるのよ? 丸焼き希望? いま? すぐ?」
「す、すんません! ルリル様!!」
「わかればいいのだけれど」
「はぅ……で、騎士さんは今どうゆう状態なんですか?」
首をかしげながら問う僕。
「悪魔憑き……まさか知らないの? さすがは豚磨」
「惜しいけど違います」
琢磨です。
「今も不敵な笑みを浮かべ、全身を痙攣させているわ。悪魔にとり憑かれると8日で皆ああなってしまうの」
「8日……? 8日前に何があったんすか?」
8日で悪魔憑き……なんか元の世界で聞いたことあるような話じゃないか。
「魔王軍と戦って斬られたの。傷は治癒魔法で治したけれど、あの時におそらく悪魔が憑いたのかと」
「ふむ……斬られて8日で悪魔憑き……っすか」
顎に手を当て、考える僕。
「僕に見せてくれませんか? その最強騎士さん」
「別にいいけれど。あなたまで悪魔にとり憑かれないようにしなさいよ。変なのは顔だけにしといて」
ズコッ。
「はあ……とにかくその症状、ちょっと心当たりがあるんで」
「……では付いてきなさい」
怪訝な表情を浮かべながら部屋の出口へと向かうルリル。
「王様、少し席を外しますわ」
「いや、わしも行こう」
――
地下に響き渡る唸り声。
見渡すといくつかの牢屋に、それぞれ収容されている人影が見える。
「ちょいちょいちょいちょい、なんで騎士団長様とやらが牢屋に入ってるんすか」
僕は辺りを見回しながら声を荒げた。
「悪魔憑きは危険じゃからベッドに縛っておるのじゃ。なんとか治癒魔法で延命しているがこうなってしまっては……」
眉毛をハの字にしながら申し訳なさそうに話す王様。
「牢屋か……」
まあ、トップである王様までこんなところについてきてくれるとは、少なくとも悪い国ではないのだろうとは思うけど。
「この人よ」
一室のベッドに寝かされている騎士さんに視線をうつす僕。
悪魔憑きと言われている中年男性の騎士団長さんである。
「ぐっ……うぐっ……」
騎士団長はひきつったような『笑顔』で悶えていた。
その笑みは確かに悪魔のよう。
開口障害に呼吸障害……はまだ軽度か。しかし、態勢が大変なことになっているじゃん。
頭でブリッジするように反り返り、痙攣を起こしているのだ。
僕は騎士団長に近づき顔をのぞき込んだ。
そこへ小学生ぐらいの子供が駆け寄ってくる。
「お父さん……死んじゃうの? いやだよ……」
「息子さんかな……?」
「王様! お父さんを治してください……! お父さんを……!!」
「うむ……じゃがもう他に手立てが……」
「あきらめないでよ……! 見捨てないでよ……」
そばにいる母親がそっと肩を抱く。
「申し訳ございません……王様」
「いや、気持ちは痛いほど分かっておる……王として何もしてやれんのが歯がゆい……」
優しいこと言うじゃん王様。
それに懇願する子供を見てると、何とかしてあげたいって気持ちになる。
僕にも何かできることがあればいいんだけど。
「ちょっとお伺いしますが……」
問診などを行い評価するため、その母親に声をかける僕。
「8日前に負傷したとのとこですが、すぐにこうなったんですか?」
「いえ……主人が帰ってきたときは割とぴんぴんしておりました。傷はたくさんありましたが、寝たら治るからと平気な顔をしていたんですが……」
「ちゃんと傷口の消毒はされました?」
「消毒……? どうゆう意味でしょう? 血を止めるため布を巻く処置はしておりました」
「ふむ……ちょっと身体を診せてもらいますね」
改めて騎士団長の触診も行う。
「勇者殿、そんなに近づいたら危険ではないのか」
焦って声をかけてくる王様。
感染を心配してくれているのか。
「そうですね……手袋やマスクはありませんか?」
「そんなもので防御力は上がらないわよ」
ルリルが呆れたように言い放った。
「いや、防御力のためじゃなくて……まあ防御といえば防御なんだけど……細菌に対する防御というか」
「さいきん……?」
頭の上にクエスチョンマークが出ているルリル。
「うむ。やはり、これは……」