第六話 『悪魔に呪われた村Ⅱ』
ゴモク港町の酒場についた僕とシキは、引き戸をガラガラと開け、居酒屋風のお店に入る。
「らっしゃい! 何名様で!?」
「あ、二人っす」
「カウンターでよろしいっすか!?」
「はい」
「ご新規二名様ご案内ー!」
店員の男の声が店内に響き渡る。
「えらく威勢のいいお店だねー」
「ははっ、テレビで見る昭和な居酒屋って感じだよね」
案内されたカウンターにつく僕たち。
「テレビ? 昭和?」
「あ、いや、なんでも……ところでシキはお酒のんで大丈夫なの?」
「うん、もちろんだよ。成人してるし」
「ちなみに成人っていくつからなんだい?」
「どこの国もだいたい十五で成人だよね? 琢くんも成人式したでしょ?」
「あ、ああ。そうだね……」
頃合いを見て僕が異世界人だとちゃんと伝えなきゃな。
サーヤには伝えてあるけど、シキにはまだ。
口が軽そうとかそんなんではなくて、せっかく友達みたいに接してくれてるのに態度が変わっちゃったら嫌だなという理由だ。
シキも成人しているのか。
彼女の身体をあらためて見回す。
「(……シキのおっぱいはいいなー、ルリル様はちっぱいからなー、目の保養になるぜ、うひょ)」
そこへねじり鉢巻きをした店の大将が、カウンターから注文を聞いてくる。
「お二人さん、飲み物何しましょっ!?」
「じゃ、僕はとりあえずビールで」
「へい! 彼女さんは!?」
「かかか、彼女じゃないですけど! ボクも同じので!」
「へい、ビール2丁!」
大将、これまた大きな声を店内に響かせる。
「ははっ、シキってば飲む前から顔赤くなってるよ」
「ちょ、そんなことないからっ!!」
「まったく可愛いなあ」
「仕事で来てるんだから、からかわないでよもうー!!」
「わかってるよ、そんな怒らなくても」
「とにかく聞き込みしなきゃいけないよねっ。といっても、なんだか呪いの話なんて縁のないような場所だけど」
「うん、とりあえず僕から聞いてみるよ」
僕はカウンターにいる大将に目を合わせる。
「お、注文かい!?」
「いえ、大将すみません、この国に呪われた村があるって聞いたんですけど」
「ああ、スミレク村のことかいな」
大将は関西弁風の言葉で答えた。
「スミレク村というんですか。どんな状況なんですか?」
「どんなと言われてもなあ。今は誰も近づかれへんねん。せやからわいらにも状況がようわからん」
「近づけない? どうゆうこと?」
「なんでも魔王の手下が現れたとかで、お偉いさんが結界を張って今は誰も村に入られへんし出られへんのやと」
「魔王の手下だって!? 呪いもその手下が!?」
「そうなんやろなあ。いや絶対そうに違いないで。あんな恐ろしい呪いなんて今まで見たこともなかったしな」
「え、大将はその呪いを見たんですか?」
「おうよ。スミレクは良い米や野菜が収穫されとるからな。数か月に一度わざわざ仕入れに行っとったんやけどな。そん時やで」
大将はスミレクに行った時のことを語り始めた――
大将は馬車に乗り、スミレクの村を走ってたそうな。
スミレクは自然にあふれ、用水路から水を引いた田畑がキラキラと輝いてるらしい。
道中、大将はすれ違う馬車に乗った商人らしき人に話しかけた。
「よう、お疲れさん。今日はやけに人が少ないやん。ええ天気やのに。前から田舎って感じやったけど、こんな寂れとったか?」
「ああ、どうやらこの村、奇病が発生したようなんだ。うつるかもしれないから早く帰ったほうがいいぞ」
「奇病? 毒かなんかか? それやったらわい、ちょうど『どくけしそう』いくつか持っとるけど」
「いや、あれは毒なんてもんじゃねえ。そう、呪いだ! 悪魔の呪いだよ!」
「の、呪いやと!? どこや!?」
「呪われた村人らは、あの屋敷に集められていた。いいか、あそこには絶対に近づくなよ! あんたも呪われたくなかったらな!」
その商人は大きな屋敷を指さしながらそう言ったらしい。
「わ、わかった! 忠告ありがとうな!」
大将はあわてて馬車を止め、来た道へ戻ろうと向きを変える。
しかし、ふと残された人たちのことが気になったそうな。
「せやかて、このどくけしそうだけでも置いといたったほうがええんちゃうやろか……」
こうして大将は馬に「ちょっと待ってろや工藤」と声をかけ、屋敷へと歩いて向かったらしい。
「ここか……」
屋敷の中をのぞき込む大将。
「おうい! 誰かおれへんか!?」
すると1人の男性村人が中から出てきたそうな。
「なんのごようですか……」
「ちょ、あんたその体……!」
「ええ、我々の村では今、奇病が発生しておるんです。働き手がみなこのような体に……」
村人は自分の身体を大将に見せた。
その腹は大きく膨らみ、今にも破裂しそうなぐらいパンパンになっていたらしい。
「こ、これが呪いなんか……! こんなん『どくけしそう』なんてもんじゃ効かんやろー!」
大将は村人の身体に驚き走って逃げ出したとのこと。
馬車に戻り大急ぎで引き返したそうな。
「――てなわけや」
大将の回想話に驚く僕とシキ。
「呪いでそんな身体になっちゃったの!?」
「らしいんや! 今にも破裂しそうやったで! あれはきっと魔族の子を孕まされたんやで!!」
「そんな! 男の人が妊娠なんてするの!?」
「てか大将、それいつのことですか!?」
「もう二ヵ月ほど前になるかな」
「なるほど……それからは行ってないんですよね?」
「おう、その後まもなく結界が張られてな! 誰も立ち入れられへんようになっとる!」
それを聞くやいなや、ガタッと椅子から立ち上がる僕。
「そ、そうですか! ……ごめんなさい、大将。急用を思い出したんで戻ります! お代はここに置いときますね!」
「おお? そうかいな。また来てや!!」
「え、ちょ、今からカンパイ……!?」
「行くよ、シキ!」
僕はシキの腕を掴んで促す。
「え、ボクのビールは!? まだ口もつけてないのにいいい!」
こうしてシキは僕に店から引きずり出された。
「口をつけてなくてよかったよ」
「なんで? もしかして呪いが何かわかったのかな?」
「逆だよ。わからない。わからないからこそ、全てを疑わないと。ハイディングでは食べたものまでは防げないからね。考えられる全てに対策していかないと僕らまでやられちゃう」
「でも、ボクが呪われたら助けてくれるんでしょ? なら実験で……」
「バカなことを言うなよ!」
真剣な面持ちでシキを怒鳴る僕。
「バ……バカって」
「ダメだ! ダメだよ……もし何らかの病気だった場合、治せるのは世界中探しても僕らしかいないかもしれない。これは偉そうに言ってるわけじゃなくて、僕らがどうにかなってしまったら国ごと亡びるかもしれないんだよ!」
「そんな、おおげさじゃないかな……?」
「実際、黒死病だってローマ帝国の崩壊を早めたとも言われているわけで」
「ローマ帝国?」
「それに下手したら僕らが他の街や国に媒介してしまうかもしれない。だから保身ではなく、それこそ他者のためにこそ、治す側の人間が一番に感染してはいけないんだ!」
「そっか……そうだよね」
と、そこへルリルとサーヤがやってくる。
「あ、ルリル様! まだ食事行ってない!? 行ってないですよね!?」
「はあ。行ってないけれど」
「よかった!! まだ何が起きてるかはっきりしないから口を付けちゃだめですよ!」
ルリル、焦って怒鳴る僕を軽蔑した目で見てくる。
「はあ。当たり前じゃないのよ。バカなの? ゴミですか?」
「え、もしかして分かってて何にも食べてないんですか?」
「もちろんよ。感染を疑ってるなら当然でしょう。アホなの? クズなの? 細菌なの?」
「言ってくださいよー……てか、まさかこっちの世界の人に注意されるとは……とほほ」
「ルリルっち、ボクもいたんだけど……」
「シキさんは紅の剣姫だから倒せるかと思って」
「何を?」
「細菌とか?」
「いや無理ゲーでしょ……しどい」
「でもルリルのおねえちゃんは、もしもの時のためにって、居酒屋さんのそばで待ってようねって言ってたよ」
サーヤは僕の袖を引っ張り、耳打ちしてくる。
「な、テレパシーが聞こえる距離にいてくれてたのか……天使かよ」
「(どうせ私はちっぱいだけれど)」
「(げ、それも聞こえてたんすか!?)」
「(土下座で許すわ)」
「ははーっ!!」
僕はルリルの足元で土下座する。
「ど、どうしちゃったんだい琢くん!?」
「ルリルおねえちゃんに感謝してるんじゃない?」
「ははーっ!!」