第五話 『王子妃と結婚指輪Ⅵ』
――数日後。
医療器具が完成したとの報告を受け、僕たちはラキチの鍛冶屋へ向かった。
「へへっ、旦那ー。注文の品は出来上がったッスよー。早く約束のブツをくださいッスー、ひひひ」
「なんでそんな悪人仕様なんすか……」
僕はそう言いながらラキチに金貨袋を渡した。
「約束通り、言い値で買いますんで好きなだけとってください」
「へへっ! まいどありッスー! ……と、言いたいところッスけどー、これ一枚でいいッスよー」
ラキチは金貨袋から一枚だけ取って、あとは僕に投げ返してきた。
「どうしたんすか!? 頭でも打ちました!?」
「……ほんとに失礼な人ッスねー。まあ今回は今までに見たこともないものを作れたし、今後のアイデアの参考になる加工技術もイメージ画像からもらったから、いいんッスよー。ほら、出来はどうッスかー? 見てみてみるッスよー」
ラキチは僕たちの前に、完成した医療器具を並べた。
手に取って確認してみる。
「これは素晴らしい……僕の国のものとなんら脚色ないほどの出来ですよ」
ラ「それはよかったッスー! 使ったらまた感想聞かせてほしいッスよー」
「はい! もちろんです! なんなら一緒に手術を見学されますか? 患者さんに確認をとってからですけど」
ラキチは見学と聞いて一歩たじろいだ様子。
「い、いやー、うちはちょっとそうゆうのは……血とか無理なんスよー」
「そうですか。でもほんとに素晴らしい道具をありがとうございました! 大切に使わせていただきます!」
「へいへーい! 今度は君たちの武器も作らせてほしいッスねー! 安くしとくッスよー!」
手をひらひらさせて答えるラキチ。
「マジですか! それは楽しみです! またよろしくお願いします!」
「はーい! さよならッスー!」
こうして僕たちは、ハーディ手術に使う医療道具を手に入れたのだった――
§
「……よし、やるか」
今日はオペ当日。
みんなのおかげで、医療器具とオペ室の準備は滞りなく整った。
緊張した体をほぐすように両腕をさすさすし、大きく深呼吸をして気を落ち着ける僕。
余談だが深呼吸には、ホントに気を落ち着かせる効果があるのだ。
薬以外で自律神経を自分でコントロールする方法は呼吸だけだから。
まあこの世界ならカームの魔法だっけか。
自律神経すらも操れちゃうわけだが。
「ではルリル様、パラライズをお願いします」
「……パラライズ!」
ルリルはベッドに寝ているセキア様に魔法をかけた。
全身麻酔下にて、まずは鼻の粘膜を剥離するのだ。
抗生物質が使えないぶん、衛生状態には特に気を付けなければならない。
手術道具はオートクレーブ魔法でしっかりと滅菌した。
手術室も特別清潔にした部屋を用意……とはいえHEPAフィルターなどがあるわけではないので、空気自体を無菌状態にすることは不可能であった。
なので、中に存在する物を物理的に滅菌消毒し、魔法で極力キレイな風を循環させるぐらいしかできていない。
少し不安ではあるが、今できる限りの対策はしたつもりだ。
「よし……っと」
まずは鼻の粘膜を剥離し、続いて奥の骨に小さな穴をあける。
このとき切り取った骨は、後で底当てに使うのでおいておく。
「蝶形骨洞が見えましたね。トルコ鞍底を削りますよ」
先端をドリルのように加工した医療器具を、魔法で操作し骨を削っていく。
これもラキチに作ってもらった器具だ。
「(電気を使わず物を動かしたりできるから、凄いよね魔法は。その反面、便利すぎて科学技術が発展しないのは、ルリル様が言うように問題でもあるんだろうけど)」
その後、脳を覆う硬膜を切開すると、ついに下垂体腺腫が出てきた。
このダンジョンのラスボスだ。
「こいつだ」
下垂体自体は頭の中心、眉間から7センチぐらい奥にある器官である。
そこにできる下垂体腺腫はだいたい柔らかい腫瘍なので、耳かきのような医療器具で掻き出せる。
ただ下垂体の正常なところを傷つけてしまうと、尿崩症(※抗利尿ホルモンの分泌異常により多飲多尿となる。水分が補給できないとすぐに脱水となりショック症状をおこす恐れがある)を合併することがあるので、注意が必要だ。
クモ膜下腔を傷つけてしまっても、髄液鼻漏となる可能性がある。
視神経を傷つけないようにも、アナライズしながら意識を集中。
「(しかしアナライズという魔法、魔法の中でも最も便利だな。内視鏡なんかと比べ物にならないほど明確に観察できる)」
鼻から処置するハーディ手術の場合は通常、腫瘍の側方や上方が見えないので手探りで処置するしかなかった。
そこで元の世界では近年『経鼻内視鏡手術』が行われているわけだが、アナライズならより全てを立体的に捉えられる。
剥離する粘膜も少なくて済むので、術後の痛みなどもかなり抑えられるだろう。
「(おかげで技術が足りない僕でも――てかここまで鮮明だと誰でも手術できるんじゃないかってくらい扱いやすくなる)」
医療器具が揃おうがオペ室があろうが、僕の経験不足は否めないのだが、幸い脳下垂体腫瘍のハーディ手術は一度見学させてもらったことがあり、アナライズの環境下でオペができれば、合併症のリスクはかなり避けられそうなのである。
「よし、取れたぞ」
ここで腫瘍を切除した部分に空洞ができてしまうので、お腹から採取した皮下脂肪を埋める。
「その脂肪はずっと残るのかしら?」
ルリルが質問してきた。
「や、この脂肪は半年ぐらいで吸収されてなくなるものですから、心配はいらないですよ」
最期に、取っておいた骨で底当てをして固定。
本来なら生体糊(※身体の接着剤のようなもの)で固定するところだが、ここではヒールで再生速度を速めることができるので、ひっつけた状態で魔法をかければ問題ない。
他の手術であっても縫わなくてもいいので、とても便利だ。
「……術式完了」
3時間ほどでダンジョンクリアできた。
だが、おうちに帰るまでが遠足、つまりは術後の合併症などが起こらないかを確認して始めて安心できる。
今回の場合は、尿崩症になっていないか、異常に喉が渇いたりしないか、低ナトリウム血症が起こっていないかなどを確認するため、僕たちは1週間ほど滞在することにした。
なにはともあれ、ひとまずは失敗せずオペ終了。
「お疲れ様……」
「ありがとうございます、ルリル様」
滅菌など、まわりの環境創りの魔法は、全てルリルに一任していた。
「(あれだけの魔法を同時使用したルリル様も、かなり疲れてるでしょうに。しばらくお互いゆっくり休みましょう)」
集中力のいる慣れないオペに僕も疲弊し、また倒れこむように眠りに落ちたのだった――