第五話 『王子妃と結婚指輪Ⅴ』
ごちゃごちゃとした作業場の隅にあるテーブルとイス。
そこに腰かける三人。
しばらくすると、奥からラキチが水を運んで来てくれた。
「ああどうもすみません。いただきます」
「1杯1銅貨でいいッスよー」
「金とるんですかい! 仕方ない……ルリル様お願いします」
生活費用の財布を取り出し、三人分支払うルリル。
さっきの僕がチラ見せした金貨袋とは別だ。
金貨袋は病気を治すための活動費として、リスターキの王太子妃より預かってきたもの。
「で、さっそく本題なんですが。実は医療器具を作ってもらいたくてですね」
「医療器具? それはなんスか?」
「えっと、イメージ画像があるので見てもらえますか? ルリル様いいですか?」
「ええ、わかったわ」
ルリルは僕の頭にある医療器具のイメージを、鍛冶職人ラキチに転送した。
「おっ! これはすごいッスね! テレパシーッスか!」
「はい」
「イメージは伝わりました? どうでしょうか? 作れそうですか?」
「うーん……これ素材は何でできているんッスか? そもそも何に使うものなんスか?」
「えっと、手術って言って、治療のために身体を切ったり貼ったりするための」
「ええーっ!? こんな大工道具みたいなものでッスかー? そんなことして大丈夫なんスか?」
「はい、僕らは魔導医療という術の使い手なんです。この道具があればもっとたくさんの人を救えると思います」
「まどーいりょー? なんだかッスねー……第一そんな手術ってのを受けたがる人って、何者なんスかー?」
ラキチは腕を組み、眉をひそめた。
「それはちょっと個人情報なんで言えないんですけど……」
「言えないんッスかー? なんか怪しいッスね。いくらうちでも悪用されて変な評判がついたら嫌なんスよね」
すると、シキが僕の金貨袋を奪い、ドンッと机に置いた。
「作ってくれたら、この金貨袋から好きなだけあげるッスー!!」
急に強気になるシキ。
しかも口調うつってるぞ。
ラキチは金貨袋を見つめる目がドルマークになっている。
分かりやすい人だ。
「ふむ……そんな怪しい話……でもお金ほし……いや……でも……そんな……じゅるり」
シキはラキチの目の前で金貨袋を「ほーれほれ」と揺らす。
「(まるで猫じゃらしね)」
「(シキってば、ちょっと楽しんでるじゃん……)」
「それに怪しくなんかないよっ! これはいわば国からの依頼! そう、手術を受ける人は国の関係者、それもかなり重要なポストの人間だってことを言っておくよっ! 不安なら問い合わせてみて!?」
「ほ、ほんとッスかー!? やる!! やりますー!!!! やらせてくださいッスー!!!!!!」
「よしっ!」
ポンッとラキチに金貨袋を投げるシキ。
「おー! 富……! 名誉……! すべてがうちの手に入るッスー!!!」
ラキチは金貨袋にほおずりしながらよだれを垂らしている。
「話は決まったね。で、医療器具の素材なんですけど――」
僕はラキチから金貨袋を取り上げ、話の続きを始める。
「あー! うちのお金ッスよー!!」
「これは出来上がってからです」
「しょぼん……」
机に突っ伏すラキチ。
「で、素材の件ですが、この世界……いえ、この国にはステンレスやチタンって存在しますか?」
「ステンレス……なんスかーそれ?」
「何、といわれると……ステンレスの作り方なんてわからないし……錆びにくい合金ですかね? 素材のアレルギー問題とか気を付けないといけないし、高圧蒸気滅菌が可能な場合は腐食しちゃうんで、チタンやステンレスなどの素材じゃないといけないんです」
「ふーん。ステンレスというのはわからないけど、チタンなら採掘されてるッスよー。けど精錬や加工が難しいから、武器には向かないんスけどねー」
「(なるほど。採掘スキルとかありそうだもんね。きっと鍛冶なども魔法やスキルみたいなので機械いらずにできるのだろうか)」
「(その通りよ)」
「ではダイヤモンドなんかは?」
「もちろんあるッスよー。けど貴重で高価なものだから平民は買えないんスよ!」
「(それはいい! セキア様は王太子妃だし、言えばそれらも用意してくれるだろう。あとは僕の使いやすいようにカスタマイズしてもらって……)」
僕は金貨袋から数枚取り出し、ラキチに渡した。
「うひょ」
「では、こちらを頭金として正式に依頼させてもらいますね。今回必要な手術道具一式、素材はこちらで用意しますので、どうかよろしくお願いいたします」
ラキチに握手を求める僕。
「あいー! うちに任せるッス! キレッキレの道具を作ったげるッスからねー!」
こうして僕たちは道具の当てをつけ、次の課題を解決すべく、シキの家へと戻った。
――シキの家の居間に集合する僕、ルリル、シキ、サーヤの4人。
「続いてオペ室と滅菌の問題なんだけど。正直お城の豪華な部屋であっても、オペ室仕様にするには衛生的に難しいな。細菌などの概念が無いため、基本的に皆さんあまりキレイではない。王族であろうが香水などの匂いで誤魔化している感じ。そんな身体だからもちろんベッドなども不潔なんだよね」
「そんな不潔不潔って何度も言わなくても!」
バンッと立ち上がるシキ。
「いや、深い意味じゃないんだよ……医療現場では除菌出来ていないものは全て不潔って呼ぶから。汚いって意味じゃないよ」
「つまりはバイ菌のいない空間を作るというわけね」
「そうなんですけど」
「貴方の世界ではどうやっていたの?」
シキ、ルリルの発言に首をかしげる。
「世界? 琢くん、きみはいったい」
「いや、僕の国の話ね! 僕はグモール出身じゃないんだ」
「そうなのかい? じゃあ出身はどこ? その黒髪、サーヤと同じゴモク??」
「え、あ、まあ今度ちゃんと話すよ……それより今はセキア様を治さなきゃ!」
「……約束だよー!? どこの出身の人かもわからないと、お父さんも許してくれないからね!」
「へ? 何を許してくれないの……?」
「たたたた、例えばの話だよ!! ボクは結婚するなら自分より強い人って決めてるんだっ!! だだだだからといって別に琢くんのお嫁さんになりたいって言ってるわけじゃないんだからね! まだ!!」
「は、はあ……わかったよ」
「わからなくていいよ! もうっ!」
ドスンとイスにもたれかかるシキ。
「で、滅菌の話だけど、煮沸消毒じゃ芽胞まで滅菌できないから、高圧蒸気滅菌をすることが多かったですかね。あとは空調システムでオペ室を陽圧にして、中から外へしか空気が流れないようにすることで、外から雑菌が入ってこないようにしてるってのは聞いたことがあります」
「魔法で代用できることはないのかしら? 小屋ぐらいなら作れるけれど」
「(魔法ですか。ギュントスの要塞への移動中、ルリル様が土属性の精霊魔法で小屋を作ってくれたりしたのは記憶に新しいな。しかし土なんかはそれこそ雑菌でいっぱいだろうし……高圧蒸気を発生させることができるような魔法があればいいんですけど)」
「琢くんが言うそのオペ室ってのは、絶対に必要なのかい?」
「んー、今回のオペでは完全な無菌室を作る必要性はそこまでないけどね。でも医療器具などの滅菌は絶対に必要だ。相手は王族だし余計に気を遣うなあ」
「(失敗したら死刑)」
「(ちょ、ルリル様、勘弁してよ!)」
大量の冷や汗が噴き出てくる。
「率直に聞きますけど、オートクレーブって魔法はないですか?」
「聞いたことないわ。なんなのそれは」
「ちっ、さすがにそう都合よくはいかないか。でも水魔法と火魔法を組み合わせることができるなら、水蒸気ぐらいは作れたりします?」
「水と火の混合魔法ね。スチームエクスプロージョンという魔法ならあるわ」
「スチームエクスプロージョン……って、水蒸気爆発じゃないですか! そりゃ物騒だな。ゆっくり加熱することってできないんすか?」
「もちろんできるわ。放出したウォーターボールをゆっくり沸騰させればいいのね」
「さすが、ものわかりがよくて助かります。……しかし滅菌となると、それを高圧の状態にもっていって、水の沸点を120度ぐらいにしなけりゃならないはず……ルリル様、例えばお鍋を密封した状態にして、中の空気を膨張させるなんてことはできませんか?」
「まあ、風魔法を使えば出来ないことは無いと思うけれど」
「おお! ということは、密閉された空間を作り、その中にウォーターボールを発生させ、外から加熱すればオートクレーブ――いわば、圧力鍋の完成じゃないか。ルリル式圧力鍋、料理にも使えるならこの世界でも流行すんじゃないの。サーヤの美味しい料理のバリエーションが増えるな!」
「料理は任せてなの!」
「この方法で密閉状態や真空状態が作り出せるなら、かなりいろんなものに応用できそう。つくづく魔法って便利だなあ」
「(でもあなたの世界のように、魔法がないおかげで医療が発展したのなら、魔法に頼りっぱなしというのも考え物だわ。早くこの世界を変えていかないと)」
「(ルリル様、その域に達してるなんてほんと賢者ですね……)」
ルリルを尊敬のまなざしで見つめる僕。
「どうしたの、腐った魚のような目をして」
「いやピチピチですがな!!」