第五話 『王子妃と結婚指輪Ⅲ』
セキア様の病態を、視診やシキらの情報などで推測する僕。
「(ルリル様、この世界の女性は手足が大きい人が多いとかあります?)」
「(いいえ、人間族ではあまり聞いたことがないわ)」
「ふむ……」
僕は窓際で休んでいるセキア様のもとへ行き、直接尋ねてみる。
「セキア様、お身体で以前と何か変わった症状などは出ていませんか?」
「そうですね……汗をかきやすくなったような。頭痛もよくありますわ」
「目が見えにくいとかは無いですか?」
「ええ、それはありませんわ」
「ふむ……ちょっと舌をベーっと出してもらえますか?」
舌の状態を確認してみる。
「――なるほど。ちょっと待っててください」
と、僕はセキア様から離れ、ソファでジュースを飲んでいるサーヤのもとへ行く。
「サーヤ、セキア様の過去視できるかな?」
「もちろんなの」
「お願いするよ。数年前の顔つきとかが見たいんだけど」
「わかったの!」
サーヤ、そっとセキア様の私物に触れる。
そのイメージをルリルのテレパシーを通して僕と共有させてもらう。
「……やはりな」
症状を整理し、疾患の特定に努める僕。
「(発汗過多に頭痛、手足容積の増大や巨大舌などアクロメガリーの所見……)」
「(あくろめがりー?)」
「(はい、いわゆる先端巨大症っていう病気です。成長ホルモンの過剰分泌により手足が大きくなったりするんです。発育期に起きたものは巨人症とも呼ばれますね)」
「(そんな病気があるのね)」
「(これは以前入っていた指輪や靴が入らなくなったりすることで気づくことがあるんですよ。つまり――)」
僕はルリルに向かってテレパシーで話す。
「(原因は……脳下垂体腫瘍によるホルモン分泌異常からくる不妊かもしれない)」
「(のうかすいたいしゅよう……?)」
「(はい。ちょっとアナライズでセキア様の頭をスキャンしてみましょう。ルリル様、今後のため僕のイメージを共有してください)」
「(わかったわ)」
そうして僕はルリルと一緒にセキア様のもとへ。
「(失礼します。ちょっとだけ検査させてください)」
頭をアナライズし、これが蝶形骨、これが何々……と説明しながらルリルと解剖のイメージを共有した。
「(やはり……これが下垂体線種ですよ)」
下垂体腺腫、すなわち腫瘍を発見した。
僕はルリルにテレパシーで腫瘍とは何か、また悪性と良性の違いなどを説明した。
「(この下垂体腫瘍では視野障害(※腫瘍が大きくなり視神経を圧迫して外側の視野が徐々に欠けていく)はなく、ホルモン異常のタイプですね)」
「(悪性ではないの?)」
「(悪性は稀ですから大丈夫だと思います。ですけど摘出となると、下垂体の周囲には頸動脈や視神経などがあるため、慎重に行わなければならないんですよ。パラライズの魔法で麻酔して、鼻から腫瘍を摘出する『ハーディー手術』が適応かなと思いますが)」
「鼻から腫瘍を……?」
「(はい。けどその場合も術後の抗生物質が大事なんです。さらに髄液鼻漏って言って、手術や外傷などにより硬膜を損傷し、硬膜外に無色透明な脳脊髄液が漏れ出る状態になってしまうと、細菌性髄膜炎などを引き起こす可能性があり、とっても危険なんです)」
「(細菌感染ね……)」
「(だから髄液鼻漏をおこさないよう、場合によっては切除したところに、腹部の皮下脂肪を詰める必要があるんですよ。……つまりサーヤのときのような、体内だけで入れ替えるといった手術ではないんですよね。腫瘍を外へ摘出しなければいけない。観血的……つまりメスを入れるなど出血させて処置する方法になるわけですから、感染症の恐れが大いにあります)」
「(感染症……)」
ルリルは僕の話を聞いて眉をひそめた。
「(清潔なオペ室もどう用意したものか。それに合併症が起きたらどう対処すべきやら……)」
頭を抱え込む僕。
「ごめんなさい。やっぱり僕には治せません……」
僕はセキア様に向かってそう告げた。
「え……?」
呆然として僕を見るセキア様。
「ど、どうゆうことなの!? 説明してくれるかな!!」
シキたちも僕の言葉に耳を疑っているようだ。
「えっと、まず私はどうゆう状態なのでしょうか?」
セキア様がそう尋ねてきた。
僕はできるだけわかりやすく、下垂体腺腫の病態を説明する。
ルリルにイメージを具現化してもらい、より理解しやすいムンテラ(※本来は患者を説得するために相手の知識に合わせて分かりやすく説明し、自分の考える治療方針が最善だと納得してもらうこと)をおこなった。
「そんな恐ろしいものが……とっていただけないのですか?」
「……今の環境では難しいです」
「でもそれって放っておいて大丈夫なの!?」
「まったく大丈夫とは言い切れません……」
視線を落とす僕。
「(糖尿病や心不全など合併症で命を脅かすこともあるんです。しかし手術環境もなければ薬物治療もできない環境なんですよ。いったいどうしろと……)」
「((逃げるの?)」
「(いや、そうは言ってもルリル様……僕にはできないですよ)」
「(却下よ)」
「(だって失敗でもしたら……患者は王太子妃ですよ!?)」
「(あなたから医療を取ったら何が残ると思う?)」
「(え、それは……)」
「(ただの変態じゃないの)」
「(いやそんなことはないだろうけれど)」
「(あなたなら出来るはずよ。……シキさんやサーヤ、それに私も付いているから)」
「(ルリル様……)」
ルリルの言葉に瞳をうるます僕。
「(失敗したらあなたは死刑でしょうけどね)」
「(ちょ!!!)」
「(大丈夫。その時は私が全力で守るわ)」
「(ほ、ほんとかなあ)」
「(失礼ね。家畜……じゃなかった、勇者様にはまだまだ仕事してもらわなければいけないのだから。命にかえても守るわ)」
ルリルらしからぬ発言に驚くも、その目に本気の様子が伺える。
「(ル、ルリル様……!)」
嬉しさのあまりルリルに抱きつこうとするも、ハイディングでスルリと交わされる僕であった。