第五話 『王子妃と結婚指輪Ⅱ』
シキの家に泊まらせてもらった翌朝。
僕とルリル、サーヤの三人はシキに連れられ、ここリスターキ国のお城へ向かうことになった。
どうやら治してほしいという人は、お城にいるとのこと。
「さあ、ここからは粗相のないよう気をつけてねっ!」
「うっす!」
するとルリルが僕を見て呟く。
「1名様お帰りです」
「ちょ、ひどくないっすかルリル様!?」
「あなたは気品のかけらも無いのだから退場ね」
「確かにマナーとかよくわからないけどさ。僕が診察するんだし居させてくださいよ!」
「しぶしぶ――」
「OKですね! あざっす! で、誰の診察をすればいいんだい?」
「それはね……」
シキはお城を見上げながらつぶやく。
「リスターキの王太子妃、セキア様だよ」
「え、つまりは王子様のお嫁さんってこと!? またすごい人とお知り合いなようで!」
目をかっぴらいて驚く僕。
「うん、セキア様とは幼い頃一緒に剣術を習ってた仲なんだー。ボクのお母さんが剣術の師範だったから」
「……ということはお友達が第一継承権のある王子様に嫁いだってこと? すごい人と知り合いだな!」
「お友達ってゆーか、セキア様はボクのこと、妹のように可愛がってくれてた方なんだよっ」
「へー! じゃあ王太子妃もシキみたいに強いのか?」
「強かったよー! 昔はボク、セキア様に稽古で勝てたことなかったからねー。それでいてとっても穏やかで優しい方! すっごい美人だし」
「美人キター!! 良いね! 楽しみ!!」
「ちょっと! 粗相したら死刑だからね、気をつけてよー!」
「マジか……緊張してきた」
胸に手をあてる僕。
「アポはとってあるから! さあ、行こー!」
こうしてお城の門をくぐり、王太子妃の部屋へと案内される4人。
――王太子妃の自室の前で立ち止まる僕たち。
「いきなり妃殿下の部屋とか、不用心じゃないっすか!? こんな僕みたいな怪しい人間入れちゃって。ねえルリル様」
「自己評価が素晴らしいわね」
「大丈夫だよ、ボクが連れてきたんだし。それに何かあったらそこのハイディング使いの護衛人たちが、セキア様を守るから」
廊下では強そうなSP風の男たちが、僕を睨んでいる。
「ルリル様お得意のハイディングか。ということはあの人たちみんな、かなり魔力が高いってことだよね。こわいこわい」
身震いするように両手で腕をさする僕。
そしてここまで案内してくれたメイドが、部屋を三回ノックする。
「セキア様、お約束されていたご友人の方をお連れしました」
「どうぞ」
落ち着いた女性の声が返ってくる。
がちゃりと開いた観音開きの立派なドアをくぐり、王太子妃と対面する僕たち。
「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりましたわ」
セキアと呼ばれる王太子妃は、僕たちに微笑みかける。
青く美しいロングヘアーの女性だ。
「セキア様、この者たちが魔導医療という術の使い手、タクマ・モウリとルリル・マギシシュ、サーヤ・ミナヅキです!」
「ども……はじめまして琢磨です」
僕らは丁寧にお辞儀して挨拶した。
「ではさっそく診察を……」
「あらあら、せっかくいらしてくれたんですから少しお話でも」
「はあ、では少しだけ」
メイドがハーブティとかお茶菓子とかを持ってきてくれる。
僕らはここまでの経緯などを話したり、王子様とのなり染めなんかを聞いたりした。
おかげで緊張もほぐれ、打ち解けてきて穏やかな雰囲気になる。
「で、どこを診ればいいんでしょうか?」
「ええ……それが」
妃殿下は少し言いにくそうに目をそらす。
あまりみんなに聞かれたくない話なのかな?
ここは医師としてプライバシーに配慮しなきゃだよな。
「あれでしたら、他の人には部屋から出ていってもらいましょうか?」
「いえ、大丈夫ですわ。ただ男性にこんな話をするのは少し抵抗がありますの」
「あっ、すみません。(僕なりの配慮のつもりだったが、他の人より僕自身が問題だったか)」
すると、シキが口を開く。
「セキア様、ボクから伝えましょうか……?」
「ありがとう、シキ。お願いしますわ」
「安心してください。僕は症状や個人情報などは他言しませんしプライバシーはがっちり守りますから!」
こうしてシキは僕に病状を説明してくれた。
「実は……その、セキア様なかなか身ごもられなくて、なにか身体に問題があるのではないかとみんな心配しているんだけど」
「ふむふむ」
小声で続けるシキ。
「王子様もご懐妊を楽しみにしておられるので、プレッシャーもあってかセキア様の体調も優れなくて……ここのところ寝こんでおられることが多いんだー」
「そっか、まあそれは不安だっただろうね」
シキの話に頷きながら同調する僕。
「(なるほど……デリケートな話だから、いきなり診察させてくれって言ったのは悪かったかな。つまりは、不妊治療ってわけか)」
僕は顎に手をあて、眉をひそめる。
「しっかし、正直なところ、僕じゃ力になれないかもしれないよ」
ここまで聞いて申し訳ないが、僕にはさすがに不妊治療なんてできない。
「えっ、なんでなんで!? なんでも治せるって言ったよね!!」
「いや言ってないけど……」
シキが激しい口調で僕に詰め寄ってきた。
「(そんなこと言われてもなぁ……不妊の原因究明なんて、どんだけ検査しないといけないんだ。施設もなければ、分析する知識もほとんどないぞ。さらに人工授精、体外受精、 顕微授精……ここじゃどう考えても不可能じゃないか)」
心の中でため息をつく僕。
「困ったな……」
そう呟きながらあらためてセキア様を見る。
その時、僕はセキア様が結婚指輪をしていない事に気づく。
ん……?
もしかして不妊の原因って……
「ねえシキ、この世界では結婚指輪とかってしないの?」
小声でシキに尋ねる僕。
「もちろんあるよ? ってか、『この世界』って、まるで異世界から来たような言い方だねー」
「い、いやあ」
顔に冷や汗。
セキア様の前で、僕は異世界人ですなんて言ったら大騒ぎになるに違いない。
「(指輪がどうかしたの?)」
ルリルがテレパシーで尋ねてくる。
「(さすがは鋭い賢者様だ、僕が指輪を気にしたことも何か病状に関係があると悟ったんですね)」
「(で、どう関係があるのかしら?)」
「(……セキア様、指輪してないですよね)」
「(ええ、でも王子様とは仲良しだと話してたけれど)」
「(そうなんですよ。外された指輪と不妊。ここで僕の頭にはひとつ疾患が思い浮かんだんです。その疾患とは――」