第五話 『王子妃と結婚指輪Ⅰ』 ※挿絵有
隣国はギュントスの要塞からちょうど、来た道と反対方向に山脈をくだったところにある。
道もわりと舗装されていて、下りというのもあるが1日で山のふもとまでたどり着いた僕たち。
「ようこそ、リスターキへ! 歓迎するよっ」
剣姫シキはくるりとお辞儀をしながら、城下町の入り口へ僕らを案内する。
「(シキは普通にしてたらどこかのアイドルかと思うほど可愛い子だなあ。敵をタコ殴りにしてたのは超絶恐ろかったけど)」
シキの姿をあらためて眺めながら、見惚れる僕。
「で、どこにいるんだい? シキが言ってた患者さんは」
「まあまあそう焦らずにー! 今日はもう遅いからうちに泊まっていきなよっ。サーヤちゃんも疲れたでしょ」
「ありがとなの!」
シキ、サーヤの手を握り大通りを歩いていく。
僕とルリルも追従する。
――シキの実家へとたどり着いた4人。
見上げると、剣と盾が描かれている看板が吊り下がっている。
「へー、武器屋なんだね」
「そうだよっ。ボクの父は凄腕の鍛冶職人なんだー!」
シキの案内でお店の玄関から店内に入る。
見渡すと剣や斧、ハンマーやナイフなど多数の武器が展示されていた。
「こっちこっち!」
僕たちが店の商品に目を奪われていると、シキに手招きされ、店の奥へと移動することに。
「広い家だな」
と、そこへアゴ髭ガテン系の親父が現れた。
「おう、シキ。どこへ行っとったんだ」
「あっ、お父さん、ギュントス倒してきたよ!」
「へー、そうか……って、なんだと!?」
「魔王軍のギュントスをやっつけてきたんだってば。これでしばらくこの街も安泰だよっ」
「お前なぁ! あれほど無茶をするなと言ってあったのに! お前にもしものことがあったらわしは……!」
「というか、この人たちが倒してくれたんだっ。ボクは正直かなり苦戦してたんだけど、琢くんってばめちゃくちゃな強さなんだよ。それにボクがやられた時はルリルっちが治してくれてね」
「おいおい、本当に倒しちまったのかよ! すげえなあんたら!」
「いえ、そんなそんな。なんとか倒せたという感じです。一時は娘さんを危険な状態にさらしてしまって」
「いやあ、でも守ってくれたんだろ!? 世話になったなあ! 礼を言う! こいつは昔からお転婆でなあ!」
シキの父親はシキの頭をくしゃくしゃと撫でながらそう言った。
「ちょっとお父さん! いつまでも子供扱いしないでってば! 恥ずかしいよっ」
「いつまで経っても子供じゃねーか! がはは」
豪快に笑うシキの父親。
「紹介するね! この人がギュントスを倒してくれた琢くん。で、ボクを治してくれたルリルっちに、特殊なスキルでサポートしてくれるサーヤちゃんだよ」
シキは経緯を説明し、僕らを紹介する。
「どうも、琢磨です」
後ろの二人もペコリとお辞儀する。
するとシキの父親はルリルを見て呟く。
「ん? あんたどこかで……」
「?」
首をかしげるルリル。
「気のせいか……やあ、よく来てくれた! まあ自分の家だと思ってゆっくりしてくんな。すぐ飯にすっからよ」
――シキの家の居間で食卓につく僕たち。
よだれの出そうな香ばしい匂いが漂ってくる。
腹の中のリトル琢磨がグーと叫ぶ。
「遅くなっちまってすまんな! 良い肉を貰ってきたぜ! 沢山あるからたんと食べな」
シキの父親が、漫画のような骨付き肉やチーズとろとろのピザなどを運んでくる。
「やっべ、マジで美味そうっす……!!」
「じゅるり」
「おあがりよ!」
いただきますをしてから、バクバクと料理を口へ運ぶ僕ら。
「いい食べっぷりだねー!」
「ああ……食べてる時が一番幸せっす!」
「宮廷では味わえない、なんとも豪快な味付けですね。おいしいですわ」
こうして僕たちは夕食をごちそうになりながら、魔導医療についての話をする。
騎士団長ゴーフルの破傷風や、サーヤの心臓の話などをかいつまんで語る僕。
「――というわけで、傷口の洗浄などはとても大事なんですよ」
「細菌か……たしかにその理屈でなら思い当たる節があるぞ。わしの仲間も昔――」
シキの父親は自分や知り合いの体験談と照らし合わせ、細菌の存在を認知する。
ギュントス戦で娘がやられた時にルリルが処置をしたということもあって、公衆衛生の大切さをすんなり理解してくれた様子。
「そいつは人類にとって重要な情報だな! 近いうちに自治会で話し合って、この街でも講演を開けるよう尽力するぜ! ありがとな!」
「いえ、そうしてくださるとありがたいです。(ルリル様、また紙芝居作りましょうか)」
「(そうね)」
僕はルリルと顔を見合わせ頷いた。
「しっかし、あのギュントス要塞の入り口に転がってた魔族の過去視はヤバかったなー。シキってば剣術に長けてるのに、凄いタコ殴りしてたしね」
「み、見たのー!? もう忘れて忘れてっ!」
「シキはなあ、紅の剣姫って呼ばれるのが嫌なんだとよ」
「そりゃそうだよ! もう返り血で染まった野蛮女子なんて汚名は、返上したいんだから!」
「いやタコジョ(タコ殴り女子)もどうかと思うけど……」
「なんか言ったかな!?」
「いえなんでもありません」
食事をしながらそんな話をしていると、シキが箸を置き手を合わせる。
「ごちそうさまっ」
「あれ? もう食べないの? まだ残ってるよ」
「おいおい、お前最近全然食ってねえじゃねえか。大丈夫か?」
「ダイエットだよー」
そんなシキの言葉に耳を疑う僕。
シキはボクっ娘のくせに巨乳で、剣士だけあって締まってるとこは締まってる。
理想的な体じゃないか。
「(その体型でどこをダイエットするんだかって話だけど。おっぱいしぼんじゃったらどうすんだ)」
「(へんたい)」
「(あ、ルリル様聞こえてましたか。テレパシーこええっす。冷たい眼差し、そうこれこそが本当の氷魔法。なんつって)」
ルリルは眉をピクリと吊り上げ、嫌そうな顔を向けてくる。
「(貴方こそ断食したらいいのに。ほら世界中の動物たちもあなただけには食べられたくないと言ってるわ)」
「(そんなことない……と信じたいです)」
がっくりと項垂れる僕。
「こんなにおいしいのに、たべないのー?」
サーヤも心配そうにシキを見つめる。
「ありがと、でもボクもうお腹いっぱいなんだ。サーヤちゃんはいっぱい食べてね。育ち盛りなんだから」
シキは隣に座っているサーヤの頭を撫でた。
「ほんとにシキ、大丈夫? ギュントスと戦って、山道を駆け下りて……あんだけ動いたあとなのに、しっかり食べないと身体壊しちゃうよ?」
「うんー、わかってるよ」
「そうだぞ、特に最近は穀物がなかなか入ってこなくてな。剣士としてもパフォーマンスが落ちてしまいがちなのだから、よく食べなきゃならんぞ」
シキは伏し目がちに料理を眺めている。
「なんか食べ物が喉につかえるんだー」
ぽつりとつぶやくシキ。
「(喉につかえる? 逆流性食道炎か? それとも甲状腺?)」
シキの言葉に眉をひそめる僕。
「ふむ、ちょっと喉見せて? できれば胸も」
「ちょ!? きみ何言ってるのかな!?」
シキは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「(ドン引きです……)」
「おいおい兄ちゃんよ、娘の命の恩人だからと言ってわしの目の黒いうちは……」
シキの父親が鋭い目つきで僕を見てくる。
「ひいいっ。ちちち、ちがいますよ! 診察です! 診察!」
ぶんぶんと両手をふる僕。
「なんだ、そうゆうことかあ。ボクなら大丈夫だよ!」
「まあそうかもだけど、念のためさあ、ほら」
「問題ないってば……ボク疲れたからもう寝るね! 明日は早いよっ!」
そう言うとシキはそのまま自室へと帰っていった。
「なにもなければいいのだけど。心配しすぎか」
去っていくシキの後姿を見つめながら、ポツリとそうつぶやく僕。