第一話 『とある騎士の症例Ⅰ』
「んんっ……」
目が覚めると、僕は魔法陣の上に立っていた。
光り輝く足元。
奇妙な紋様から眩しい光が拡散している。
「な、なんなんだよこれは……!」
その眩しさに思わずバランスを崩し、ドスンと尻もちをつく僕。
「っ……!」
さらに突然、鼻が曲がりそうになるほどの強い匂いが僕を襲う。
クサいというより、三半規管まで刺激されてそうなクラクラする匂い。
どぎつい香水という感じだろうか。
おっさんがつけるヘアートニックのようとも言える。
やがて眩い光が落ち着いてきたので、僕は目を細めながら辺りを見回した。
前方に何か物体の影があるように見えたので、ハイハイしながら用心深く手探りで辿る。
すると僕の手が柔らかく温かいものを掴んだ感触を覚えた。
と、同時に澄んだ女性の声が頭の方から聞こえる。
「……触らないでくれませんか」
どこかで聞いたような声。
そうだ、さっき僕を呼んでいた、助けを求めていた声だ。
ハッとして顔を上げると目の前には、天使のような美少女がこちらを見つめていた。
「お、おんなのこ……?」
腰あたりまで伸びていそうな銀髪を束ねた彼女は、透明感のある白い肌、背丈からは15,16歳に見えるが、大人っぽくどこか気品のある整った顔立ち。
露出度の高いドレスのようなものの上から黒いローブを纒っている。
片手には大きな杖。
まるで魔女のコスプレ撮影会か、でなければ人気女優の映画撮影か。
魔法陣の光が反射して、天使の輪のように輝く銀髪。
つまりは夢でも見ているかのような現状なのである。
だが夢ではないのだ。
なぜなら僕は今、彼女の足を掴んでいるようだから。
手に触れる感触は人肌そのもの。
思わずサワサワしてしまう。
「やわやわ……スベスベ……」
さらにハイハイのポーズをしている僕からは、彼女のスカートの中が丸見え。
「おぅ……純白天使」
……そんな僕を見つめる彼女は、まるで汚物でも見るようなジト目をしている。
ゾクっと身震いをしてしまうほど、蔑んだ目がそこにあった。
そして彼女のぷるるんとした桃色の唇から一言漏れる。
「変態ブタ野郎……」
ゾキューん!!
この背筋が凍る感覚は、恐怖なのだろうか。
ドMではないので、快感であってほしくないわけだけど。
そんなことを思いながら銀髪の美少女と見つめあっていた。
僕が見惚れていると、彼女はポツリと呟く。
「……1名様お帰りです」
「いや今呼び出したとこじゃないの!?」
銀髪の美少女はシッシッと犬でも追い払うように、手をひらひらさせながら続ける。
とりあえず掴んだ手をしぶしぶどける僕。
「お帰りくださいませ、ゴミ主人様」
「どこのドS喫茶!!」
銀髪の美少女はツンと顎を突き出し僕を見下ろした後、くるりと左を向き、ローブの中に隠れたロングスカートの裾をつまみながら膝をついた。
彼女の視線の先には大きな椅子があり、白髭の爺さんが座っているの目にする。
「王様、いちおう人間だったようです。言葉を話しやがります」
僕を召喚したらしい銀髪の美少女が、白髪の爺さんに向かってそう言い放った。
王様だって?
改めてあたりを見回す僕。
中世のおとぎ話にでも出てきそうなお城の内観である。
そして玉座のような場所に座っている王冠をした人物。
先ほどからのきつい香水のような匂いは、どうやらこの爺さんから発せられていることに気付く。
銀髪の彼女からではなかったようだ。
頭が痛くなるような濃い香り。
「てか、まじっすか……」
どうやら異世界召喚ってやつのようだ。
勉強の合間にWEB小説を読むのが僕の趣味。
だから嬉しいような信じられないような。
「そなたが勇者殿か……?」
王様らしき爺さんが、僕に話しかけてきた。
そういやこの人たち日本語喋ってんじゃ?
いやあれか、言語理解とかチートなスキルが僕に付いてんだろうか。
言葉が通じるようだ。
「――チガイマスヨ、勇者チガウ、僕パンピー」
僕はぶんぶんと手を振りながら、外国人のようなリアクションで肩をすくめてみる。
ま、当然だが否定しておくのだ。
苦労して医学部に入ったのに、今更妄想ごっこしている場合じゃないからね。
「ち、違うと申すか……ルリル、どうなんじゃ?」
王様の問いにルリルと呼ばれるさっきの銀髪少女が返事をする。
ルリルってゆーのか。
かわいい名前。
「弱っちく見えますがどうでしょう。ねえそこの豚野郎、一応ステータス開きなさいよ?」
僕に向かって尋ねる彼女。
「豚って僕のこと……っすか?」
自分の手足を見たり、顔を触ってみるが、別段変わったところはなさそうだ。
「僕これでも一応人間なんすけど……」
自分ではそこまでぶちゃいくではないと思っていたのだが……。
「あら、ブタ語しか分かりませんか? それとももっと罵られたいただの変態さんですか?」
「いやいやいやいや……わかりましたよ、ステータスってどうすればいいんすか?」
「チッ……」
「舌打ちしませんでした!?」
「ステータスオープンと心の中で念じるだけでしょう。早く。焼き豚になりたいの?」
「はぁ、わかったよ……」
ステータスとか見れちゃう世界なのか。
まあ、もとの世界でもAR技術で、見ているものが何か判別できるような時代が来ているわけだから、ステータスが出る世界があってもおかしくはない。
それよか、初対面でいきなりブタ呼ばわりできるなんて、どんな教育受けてきたんだか……。
僕は呆れながらも心の中で『ステータスオープン』と念じてみる。
ジト目が大好きです!