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第三話 『奴隷幼女と闇手術Ⅳ』

 ――翌朝、ルドルフ奴隷店へ向かった僕ら。

 ベッドに寝かされているサーヤの周りに、ルドルフさん夫妻もいる。


「――善は急げだ。サーヤの手術を始めよう。ルドルフさん、少し離れていてもらえますか」

「は、はい。どうかよろしくお願いいたします!」


 とはいえ体表(たいひょう)を切らないし開かないのだから、ある意味このオペも()観血的(かんけつてき)施術(せじゅつ)といえるだろう。

 皮膚の切開などは行わないということは、外気(がいき)に触れることがなく感染の恐れが少ないから最高である。

 だが、ことのすべてを一瞬で行わなければいけない。

 体の中にも細菌はいるわけで、絶対に感染しないとは言い切れないし。

 さらに魔法の複数同時使用だ。

 昨晩ルリルとは練習を重ねたが、かなり体力精神力ともに消費する。

 失敗は許されない。



「――では修正大血管転位症の魔導医療術によるダブルスイッチ手術を行います」


 まさか初めての執刀(しっとう)が異世界で、ましてや手袋も付けず行うことになるなんて。

 想像もしてなかったけれど。

 今は場所も人も関係ない。

 この瞬間だけに集中して、できる限りのことを尽くそう。


「ではルリル様、麻酔お願いします」

「パラライズ……!」


 ルリル、杖をサーヤに向け魔法を放った。

 まずパラライズという麻痺の魔法をサーヤにかけ、麻酔代わりにするのだ。


「おやすみサーヤ」


 ここからルリルと僕は、二人ともサーヤの心臓をアナライズ状態で保つことになる。

 MPの消費は激しいが、これで常に心臓を立体視しながら手術が行えるからである。


「じゃあルリル様、始めましょう」

「わかったわ。……大いなる(あお)き海の精霊よ、我は(みまし)眷愛隷属(けんあいれいぞく)、我が身に宿し水の魂を喰らいて盟約を結び給え――。水妖の一涙……!!」


 ルリルの詠唱。

 あたりが一瞬暗くなったかと思うと、杖から蒼い女の形をした精霊が現れ、サーヤを包み込む。


「すすすす、すごい光景だ……」


 ルドルフさんは圧倒されしりもちをつく。


「血液の半分は水分でできていますから、水を操る上位水魔法を行使し、患者の血液の動きを止めるんですよ」


 ルドルフに手を差し伸べながら説明する僕。

 ある意味、患者の『時を止める』方法である。

 精霊魔法が使えるルリルにしかできない技だ。


「止まったわ」

「よし」


 ルリルの合図とともに手のひらをサーヤの心臓へ向ける僕。


「ライトアロー……!」


 僕はターゲティングで狙いを定め、光の矢を放った。

 これは騎士団長の時に破傷風菌のDNA破壊を行った方法だ。

 右心房(うしんぼう)左心房(さしんぼう)の仕切りをいったん取り除くためである。

 極小のレーザーメスといったところか。


「ヒール……!」


 その後すぐにルリルが局所ヒールで再形成する。


 次に同様の方法で、大動脈と肺動脈も付け替える。


 集中力はマックス。

 スポーツでいうところのゾーン状態だ。

 ルリルには僕のオペレーションイメージを、テレパシーで読み取ってもらう。

 切断した動脈の位置を死霊術で変え、縫合(ほうごう)代わりの治癒魔法をかけるわけだ。


「っ……」

「落ち着いて、きっとうまくいくわ」


 ルリルは(あせ)りだす僕の汗をそっと拭いてくれる。


 実際ここが最も難航した箇所である。

 動いている心臓も邪魔をして、さすがに動脈の位置を変えるというのは至難の業だ。

 冠動脈(かんどうみゃく)に血液がいかなければ心臓の筋肉は酸欠を起こし、一時的に心停止状態を作れると思っていたが誤算だったのだ。

 というのも、心停止状態を待っているには、時間的にもMP消費量的にも間に合わないことが判明した。


「少しやり方を変えましょう……」

「ええ、私は何が手伝える? なんでも指示してください」


 結局、パラライズを局所に再施行し、AED(自動体外式除細動器)のように疑似的に心臓を止め、その一瞬の隙に動脈の位置換えと縫合ヒールを行う、という手段をとった。

 テレパシーでお互いの意識を瞬時に共有できたから、成功した応用法だ。

 これには僕も非常に焦った。

 ルリルの冷静かつ優しいフォローに、感謝してもしきれないぐらいだ。


「……術式完了」


 他にも細かい操作はあったが、おおまかに言うとこんな感じで手術は無事終了した。



「んんっ……」


 目を覚ますサーヤ。


「おおっ、起きたぞ! 大丈夫か!? 痛くないか!?」


 ルドルフも心配して声を荒げる。


「あなた、落ち着いて。琢磨さんを信じましょう」

「あ、ああ。信じてないわけじゃないんだが……」


「だいじょーぶ、どこもいたくないの」

「そうか! おお、よかった!」


 胸をなでおろすルドルフ。


「よく頑張りましたね」


 ルリルは優しくサーヤのほほを撫でる。

 あたたかいまなざし。


「良かった。成功……したみたい」


 ふらふらとよろけながら椅子に腰かける僕。


 これらはターゲティングを利用した攻撃魔法と、瞬時に縫合できる治癒魔法のほぼ同時掛け手技。

 今後、異世界医療史の(いしづえ)となってくれるだろう。


 あっという間に終わったが、精神的疲労は半端じゃない。


「ルリル様は本当によく頑張ってくれた。もちろんサーヤもよく頑張った。僕ももうフラフラ。初手術、みんなに感謝だ」


 天井を見上げながらそうつぶやく僕。


「(いやほんと、こっちの世界では医学がチートだけど、逆に元の世界に魔法を持っていけたらどんだけチートなんだろう。どんだけの人を救えるんだろう……大切な人を失う悲しみを、どんだけ……)」


「……お疲れさま」


 ルリルは小さな声でそうつぶやいた。


「お疲れさまでした。ほんとありがとうです、ルリル様」

「いえ……」

「もう(まぶた)を開けてられないや……おや……す……み……」


 こうして僕は成功の喜びと達成感を感じながら、その場で意識を失うように倒れ、眠り続けたのだった――

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