第三話 『奴隷幼女と闇手術Ⅲ』
いったんルドルフさん家を後にした僕は、公園で風に当たりながら考えていた。
「(どうすれば手術できるか。いや、どうすれば治せるか。どうすればサーヤが幸せに生きていけるようになるか。集中しろ。マインドフルになれ)」
修正大血管転位のオペをイメージする僕。
「(まず右心房と左心房の仕切りをいったん取り除いて、再び縫いなおすことが必要だ。これはターゲティングをうまく使えば、攻撃魔法と治癒魔法の同時掛けでなんとかなりそう。だが動脈の付け替えが問題なんだよな。大動脈と肺動脈を付け替える。代わりになるような方法が思いつかない)」
ベンチで空を見上げていると、そこへルリルがやってきた。
横にちょこんと座るルリル。
「(ただの天使だ)」
と見惚れていたら、
「貴方にできることなんて、たかがしれてるでしょう」
ルリル、そうぽつりと呟いて、うとうとと寝始めた。
「へ?」
なんじゃそりゃ。
僕じゃ治せないとでも言いたいのだろうか。
あまりにもひどくないか。
一人じゃできないのもわかってるさ。
私に頭下げてお願いしろってことか?
うーん……
唸りながら考え込む僕。
「(いや、ルリル様がそんなことを本気で考えているとは思えない。サーヤを見つめる母性は大きな愛を感じたし)」
寝ているルリルを見つめる僕。
「(僕にできること……か。そもそも自分には医学知識以外何があったろうか。今一度、隠蔽前の自分のステータスを確認してみるか)」
心の中でステータスオープンと念じる。
――ブヒッ
名前:琢磨・毛利
種族:人間族
職業:勇者(飼い主:ルリル)
レベル:3
HP:25,000,000
MP:250,000
一般スキル:ターゲティング、剣の心得、拳の心得
職業スキル:言語理解、アナライズ、四属性魔法、光魔法、刻印魔法
固有スキル:医学知識、成長補正
「(お、レベル3になってるな。グーパンのおかげか、拳の心得なんてのも付いてる。
しかし、どんだけ強くても意味がない。今、悪魔と戦えるのは魔導医療だけなのだから)」
ちなみに刻印魔法てのはルリルいわく、物にスペルを刻んで、その魔法と同じ効果を与えるものらしい。
魔王を封印するときに使うものだとか。
「(刻印魔法か、今は関係ないな。ルリル様の魔法は何があったっけか)」
僕はルリルをアナライズしてみる。
――ブオン。
名前:ルリル・マギシシュ
種族:精霊族
職業:賢者
レベル:78
HP:3,950
MP:39,500,000
一般スキル:ターゲティング、杖の心得
職業スキル:アナライズ、精霊魔法、死霊魔法、聖魔法
固有スキル:テレパシー
「(ふむ。こっちは変わりなしか。もともとレベル高いもんね。しかし特殊な魔法ばかりだなあ。聖魔法はヒールとかキュアーとかの治癒系だろうけど、精霊と死霊はなんだ?)」
「精霊魔法は水、火、風、土の精霊との契約で発動する魔法、四属性魔法の強化版といったとこですね」
「起きてたんですかーい!」
寝ていたと思っていたルリルがいきなり声を発したので、びっくりしてベンチから転げ落ちる。
「あ、あざーっす」
「いえ」
「じゃあ死霊魔法は?」
「死体を操る魔法ね」
「ぎょ」
なんだか恐ろしそうな魔法じゃないか……。
「まじか、ネクロマンサー的なやつですか。なかなかダークな魔法持ってんすね」
「騎士団長のゴーフルさんも、あのまま死んでたら盾に使う予定だったわ」
「ぎょぎょぎょ」
あわててルリルから距離を取る僕。
「冗談よ」
「ちょいちょい! シャレになんない冗談でました。ファンタジーな異世界とはいえ、医療にブラックジョークは炎上コースですぞ!」
「炎上? 火属性魔法ってこと?」
「や、そうゆうことではなくて……まあいいや、ちなみにその死霊魔法ってのは、部分的に操ることもできるんすか? 例えば右手だけとか」
僕は右手をグーパーしながらルリルに聞いた。
「もちろん。切り離された貴方の手を操ったりも可能よ」
「なるべく切り離されないよう善処します……」
右手を身体の後ろに隠す僕。
「しかしそれは手術に使えるかもしれないですね!」
「どうゆうことかしら?」
「えっと、説明するとややこしいんですけど……そうだ、一発本番で挑むわけにはいかないし、とにかく実験してみましょう! 破傷風の時とは違い、時間的余裕はありますしね」
――宿屋の自室に戻った僕ら。
「うぎゃあ!!」
僕の悲鳴が部屋に響き渡る。
右小指から血が噴き出しているのだ。
「我慢しなさい。ドMなんだからご褒美でしょうが」
ルリルは平然とした顔でそう言い放った。
「……突然ですが僕は今、ルリルの姐御に小指を切られました。ついに僕も極道です。こんなはずじゃなかったのに。どこで道を踏み外したのか。母さんごめんょ」
「誰と話してるのよ」
「なんて冗談はさておき、続けましょうか。人体実験を……。被験者は僕だけど」
「ええ、人を傷つけるわけにもいかないので」
「そうですね、僕みたいなブタなら大丈夫ですよね……ってもう!」
まず僕の小指を切断。
そして動かしたい僕のイメージを、ルリルにテレパシーで読み取ってもらう。
その挙動を死霊術で実現してもらい、最後にエクストラヒールで結合して元に戻す。
本当の意味で闇な手術である……
実験は痛みを伴いながらもうまくいった。
傷痕もなくキレイさっぱりもとに戻せたのだ。
「完璧です!!」
「ふむふむ。これを応用して、体内で大動脈と肺動脈を付け替えようというわけね」
「その通りです! このオペはルリル様と二人での共同作業になりますので、どうぞ宜しくお願いします。僕にできること、ルリル様にできること、うまく組み合わせれば限界を超えられる気がします!」
ルリルに握手を求める僕。
「その手は何かしら? 次は手首からいっとく?」
「ちゃいますがな!!」
しかしなるほど、貴方にできることなんてたかがしれてるってのは、まず今できることを洗い出してみなさいってことだったのか。
「(まったく、わかりにくいんだからルリル様ってば。そもそも治癒魔法を極めるぐらいだから、本当は誰よりも優しい人なんじゃないか。恥ずかしがり屋さんかよ。照れちゃって、まさか僕のこと好きなんじゃ……)」
「えっと……もしかして自分のこと人間だと思ってます?」
「(……な訳ないか)」