第三話 『奴隷幼女と闇手術Ⅱ』
ルドルフ奴隷店店内にいる僕ら。
隣の部屋から声が聞こえた気がしたので、ルドルフさんに尋ねた。
「ああ、そっちは療養中の奴隷がいるんですよ。特殊なスキル持ちなんですが、身体が弱くて冒険には使えません。今、妻がみております」
「療養ですか、行ってもかまいませんか?」
療養と聞いて、医者の血が騒ぐ僕。
「もちろんですとも」
僕らはルドルフさんの案内で隣の部屋へと立ち入る。
するとそこには、ベッドに寝かされている幼女の姿があった。
「いらっしゃいませ」
ベッド脇の椅子に座っていたルドルフの奥さんが、立ち上がりお辞儀する。
「こちらがわしの命の恩人、琢磨さんだ」
ルドルフさんは僕に手のひらを向け、妻に紹介してくれた。
「このたびは主人を救ってくださり、本当にありがとうございました……」
「いえいえ、どうかお気遣いなく」
深々とお辞儀する奥さんを、椅子に座ってもらうよう促す僕。
「この子はどうしたんですか?」
ベッドに寝かされている幼女を見て、僕はルドルフさんに質問した。
「見たところ目立った外傷もなさそうだけど」
「少し体調がよろしくないので寝かしておりました。ほらサーヤ、起きてご挨拶しなさい」
するとサーヤと呼ばれた黒髪の幼女は、奥さんに支えられながらベッドから起き上がり、ペコリと頭を下げる。
小学生ぐらいだろうか。
愛らしく猫っぽい顔は、もとの世界でいうならば東洋と北欧のハーフって感じだ。
「こんにちは、です」
「いやいいよいいよ、そのまま寝ていて。無理はしないでね」
「ありがとう、なのです」
震える手で身体を支えている幼女に、横たわるよう促す僕。
サーヤという幼女は顔色もあまり良くなく、胸を押さえている。
「この子はいったいどうされました?」
僕はルドルフ妻に、幼女サーヤの病状を尋ねてみた。
ルドルフの妻の話によると、お使いに行かせて、帰ってきたら息切れが酷く倒れてしまったとのこと。
「ハア……ハア……」
体力がないからかと普段から運動をさせているらしいのだが、運動時の息切れも激しく、胸がドキドキとし始めると、締め付けられるように苦しいのだそう。
「ううっ……」
胸をおさえるサーヤ。
僕はルドルフ妻の話を聞いて、思い当たる疾患を推測する。
「うむ……心臓疾患か。リウマチ熱も疑えるなあ。他にもいくつか本人も含めて問診させてもらってもいいですか?」
「ええと……失礼ですがあなたは?」
「あ、すみません。僕とルリル様は魔導医療という分野を研究しておりまして、サーヤちゃんの治療の役に立てることがあれば、ぜひお力になりたいとおもいまして」
「おお! さすがは琢磨さん! すみません妻が失礼なこと」
「いえいえ、とんでもない」
「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いいたしますわ」
ルドルフさんの妻は、僕たちに頭を下げた。
「で、今まで熱が続いたことはありますか?」
「それはあまり思い当たりませんね」
つづいてサーヤと目線を合わせ、質問する僕。
「ふむ。サーヤちゃん、手首や足首が痛かったりすることはなかった?」
首を横に振る幼女サーヤ。
「ちょっと診せてねー」
サーヤの膝や肘を触診する。
しこりがないか確認しているのだ。
「見当たらないね。うーん……先天性かな」
リウマチ熱の既往がある場合、何年か経ってから心臓の障害が見つかることも少なくない。
リウマチ熱は、小児が扁桃炎(のどの病気)などレンサ球菌に感染した後、ちゃんとした治療が行われなかった時に起こる発熱や関節痛である。
手足などの曲げる関節に小結節という『しこり』ができたりもする。
この世界では細菌の概念が無い以上、適切に治療されていないケースが多々あると考えたのでリウマチ熱を疑った。
再発により悪化しやすいので、除外しておきたい疾患であったのだ。
リウマチ熱ではないとしたら、先天性心疾患の可能性が高くなる。
「ちょっと胸を見せてくれる?」
「おむね……?」
そこへルリルのテレパシーが聞こえる。
「(弱みに付け込むロリコン野郎の称号を与えましょう)」
「(いやいやいやいや、違いますって!)」
僕をにらみつけるルリル。
「琢磨さん……性奴隷としてはまだ早すぎるかと……」
「いや、ちゃいますよルドルフさん! ほら、アナライズのスキル持ってるって言ったでしょ!? 診察ですよ!」
「あっ、なるほど。これは失礼。……サーヤ、服を取りなさい」
ルドルフは合点だと手を打ち、サーヤに声をかける。
「(と言ってはくれたものの、みんな半信半疑の目で僕を見つめてる気がするんですけど……)」
幼女サーヤ、何の疑いもなくガバっと服を脱ぎ捨てる。
「(おお、なんて素直で無垢なんだ。これだから大人は!)」
そして僕はサーヤの胸に手を当て、アナライズと念じた。
幼女をアナライズするのではない。
ターゲットはそう、幼女の心臓だ。
「ふむ……」
結果はうまくいった。
心臓の造形が僕の頭の中に流れ込んでくる。
まるで3DCTやMRIでスキャンしたかのように。
これは便利なスキルである。
「ふむふむ……」
頷きながら診察を続ける僕。
「なるほど……やはり僧帽弁が逆流しているようだ」
「そうぼうべん……?」
「いや、ちょっと待て。これは……三尖弁じゃないか?」
流れ込んでくるイメージの中で、ある場所に引っかかる。
「おいおい、なんてことだ……左右の心室が逆じゃないか!」
「しんしつ……逆?」
ルリルは聞きなれない言葉にまた興味を示す。
アナライズの結果から診断を下す僕。
「……彼女はおそらく『修正大血管転位症』という先天性の心臓疾患ですね」
§
――数分後。
その後もアナライズを駆使し全身を確認、確定診断へと至る。
「これだけハッキリ見える画像診断、最高ですよ! まるで魔法みたいです!」
「魔法よ」
「……そうでした」
「そのしゅうせいだいけっかん……なんとかというものは治せるんでしょうか」
テンションが上がっている僕に、ルドルフさんの妻が聞いてきた。
そうだ、診断ができたからといって、患者を救えるかどうかは別物だからな。
修正大血管転位とは。
先天的に左右の心室が入れ替わってしまっている、原因不明の指定難病である。
サーヤの場合、合併奇形が重症ではないのが救いだ。
だが、このままでは息切れや動悸、疲れ易く、失神もたびたび起こりえる。
つまり日常労作に支障があるわけだから、苦しかったろうに。
ましてや奴隷として働くことは不可能だ。
さらに加齢とともに心不全などのリスクも増す。
「となると……ダブルスイッチ手術か。しかしなあ、人工血管も無いだろうから、バイパスも作れない。どうしたものか。なんとか救ってあげたい。今の僕にできることはないだろうか」
「治るんでしょうか……琢磨さん」
ルドルフさん、奥さん、そしてサーヤも心配そうな目で僕を見つめてくる。
「(治る……と言いたいところだが、今の僕に何ができるだろう。人工血管もなければ、手術道具もない。麻酔もなければ、抗生物質もない。開腹なんて不可能だ)」
するとルリルが口を開く。
「大丈夫、心配ないわよ」
ルリル、サーヤの頭を撫でながらやさしく声をかけた。
「ちょ、そんな簡単に言っちゃ――」
「このお兄さんは世界で一番すごい魔法使いなの。だから大丈夫よ」
優しく微笑みかけるルリル。
サーヤの顔がほころんでくる。
……うう、ちょっと涙でそう。
なんて母性だよ。
それに僕のこと、そう思ってくれてたなんて……
天使かよ……
「(ルリル様……簡単に大丈夫だなんて言えないと、躊躇していた僕が情けないです。僕には元の世界の医学がある。そしてこの世界の、ルリル様がくれた魔法がある)」
「(ええ。やってみないと、起こる奇跡も起こらないわ)」
「(二つを組み合わせた魔導医療で病と戦うんだ。人に喜んでもらえる戦いをしたい! それが僕の信条。それが僕の異世界の救い方だ。やってやろうじゃないか!)」
覚悟を決め、僕はサーヤと向き合う。
「うん、大丈夫だよサーヤ。僕に任せて。必ず悪魔をやっつけてあげるから」