第三話 『奴隷幼女と闇手術Ⅰ』 ※挿絵有
冒険者ギルドの登録に血判が必要とのことだが……
小刀で肝炎の感染を恐れる僕は、とりあえず強いお酒で洗浄してある自分の剣を使い、カードに血判を押した。
するとカードは発光し、みるみる文字が浮き上がってくるではないか。
「さあ、これで登録完了です! 見てください!」
そう言って受付嬢は僕にカードを差し出した。
「おお! カードが『発光』したら『発行』された。ぷぷ」
「……死んだらいいのに」
ジト目のルリル。
「ちょ、仮にも医療を覚えようという人が何という罵倒!! 死んだら『発酵』しちゃいそうです! ぷぷぷ」
「…………まだ聞いていたほうがいいかしら? ここからは有料になります」
ジトジト目のルリル。
「い、いえ……すみませんでした」
「さて、記載内容を確認していきますね。まずお名前が――」
受付嬢がカードに記載されている内容を説明してくれる。
言語理解のスキルで文字も読めるようになっているが、文字の読めない冒険者もいるだろうからか、マニュアル通り読み上げてくれる模様。
カードに浮かび上がった文字はこうだ。
名前:琢磨・毛利
ランク:F
種族:人間族
職業:勇者
「おお、すげーや!(てか、個人情報ダダ洩れるのね。隠蔽の魔法をかけてもらっているのに、このカードには効いていないようなんですけど)」
僕はルリルの方を向いて、心の中で話しかけた。
「(カード自体に隠蔽の魔法を施さなければいけないの)」
「(そうなんすね。あとで頼みますよ。しかしこれ、受付嬢に見られてしまってるけど大丈夫ですかね?)」
受付嬢に視線を戻す僕。
すると、カードの記載内容を見た受付嬢は、ガタガタと震えだし悲鳴を上げる。
「え……ええ!? これって!!! お兄さんまさかの!! ゆゆゆゆ、ゆうしゃ――」
「ストーップ!!!!!」
あわてて受付嬢の口を抑える僕。
「もごもごもごもご――」
「しかしすげーな。なんで血液一滴でここまでわかるんだ」
カードをまじまじと見つめるも、特に機械の仕掛けとかはなさそうだ。
「(これはどうゆう仕組みなんだろう。応用すれば血液検査にも使えそうだよな、うん。これも同時進行で模索していこう)」
「(けつえきけんさ……?)」
「(はい、またあとで説明しますね。とりあえずこの受付嬢どうするか……)」
目が点のまま硬直している受付嬢を見つめる僕。
「あまり騒がれたくないんだ。黙っててもらえるかな」
僕は受付嬢の口に人差し指を当て、かっこつけてみる。
「はっ、はい!!」
我に返った受付嬢は、顔をホの字にして僕を見ている。
「ふっ、クールな僕は罪な男だぜ」
キザったらしく髪をかき上げる僕。
「(鏡見たことある?)」
「(ありますよ!! はいはい! ごめんなさい!!)」
僕はルリルのひとことでガクッと崩れた。
「で、ランクFというのは?」
「えっと、冒険者はランクF~Aがあります! みんなFから始まりまして、依頼をこなしたりギルドに貢献したりするとランクアップ、Aが最高ランクの冒険者です!」
「なるほど……まあ、依頼とかこなしてる暇はなさそうだけど。また時間があったら普通の冒険もしてみたいな」
「確かにこの町なんかでは、ゆうしゃさ……琢磨様のような方に見合う依頼はないと思いますねー」
「(ちなみにルリル様のランクはどれですか?)」
「(私はSよ)」
「(いや、性格の話じゃなくて)」
「(失礼ね。本当にランクSなのだけれど)」
ルリル、ぷくーっとむくれて僕を見る。
でも受付嬢の話ではランクはFからAまでって言ってたよな?
「お姉さん、ランクってAより上はないですよね……?」
受付嬢に問う僕。
「ありますあります! さすがは勇者さ……いえ、琢磨様!! よくご存じで! 勲功をたてた英雄の方なんかは、特別にSというランクが与えられます! まあこの国ではお城におられる賢者様ぐらいですけどね。とてもお美しい方と聞いております。ああ……お会いしてみたいわ」
その話を聞いて、ルリルの方を見る。
「(まさかルリル様……のことだったりしちゃうわけですか?)」
「(ふっふっふ)」
ルリルはあごに手をあて、かっこつけのポーズをとった。
「(あなたはなにものですか……)」
「(ひみつよ)」
「でもでも、きっと琢磨様もすぐにSですよ! なんたってゆうしゃさま――もごもごもご」
「ちょ、ストップだってば!!!」
あわててまた受付嬢の口をふさぐ僕。
「(やばいなこの人、すぐ広まるんじゃないんすかね)」
「(記憶……消してしまおうかしら)」
ルリルは不敵な笑みを浮かべる。
「こっちにもヤバい人がいた! どうか穏便に!」
ルリルをなだめるように両手を広げる僕。
「(まあ、アナライズされても隠蔽しているし、カードもこのあと細工してもらうから、彼女の噂話ぐらいじゃ信じる人も少なかろう。とりま放っておくことにしますか)」
僕は受付嬢から手を放した。
「じゃ、僕ら先を急ぐからこれで」
「が、頑張ってください! 応援してます勇者さまあ!!」
「勇者じゃないってば!」
そう叫びながら、僕たちが玄関から出ていくまでずっと大きく手を振ってくる受付嬢。
だめだこりゃ。
――次に向かうは商人ルドルフのお店。
武器や防具はお城から好きなものを持っていきなさいと頂戴してあるので、買い出しの必要はない。
だが昨日、お礼させてくれというルドルフさんの申し出を断り切れず、僕たちはお店に行く約束をしてしまっているのだ。
「適当にお茶でも飲んで帰りましょう。特別なお礼が欲しくてやったわけじゃないし」
これは医療現場でもそうだ。
先輩も言ってたけど、お金を包まれたからといって、治療内容やオペが変わることなどありえない。
ありがとう、その言葉だけで頑張れるのだ。
「意外と欲がないのね」
「報酬と謝礼は違いますしね。てか意外とは余計ですよルリル様」
僕とルリルはルドルフさんに聞いていた場所へと到着した。
店の看板を見て驚く。
「奴隷商……?」
「そのようね」
「ルドルフさんは良い人だったけれど、奴隷という言葉にあまり良いイメージはないなあ。ルリル様にブタ扱いされるのとは違う、マジな奴隷ってことですよね?」
「そうね、あなたはただの家畜だから」
「ぶひー!!」
カランコロン――
ドアを開け店内へ入る僕ら。
装飾された立派なドアから、繁盛している様子が伺える。
奥から出迎えてくれるルドルフさん。
「やあ、やあ。よく来てくださいました!」
「あ、ども。お元気そうでなによりです」
「ほんと、昨日はお世話になりまして。ありがとうございました」
ルドルフは深々と頭を下げる。
「いえいえ、元気そうな顔を見れて良かった。それでは僕らはこの辺で……」
「なにをおっしゃいますか! ささ、どうぞ中へ」
半ば強引に腕を掴まれ、店内を歩かされる僕。
周りを見渡すと、鎖に繋がれた人たちが見世物のように檻に入れられていた。
「(やっぱこの倫理観、受け入れがたいなあ……)」
僕は目を細めて視線を落とす。
「さあ、わしの商品からひとつ、どれでも選んでくだされ! 差し上げますよ」
ルドルフさんは両手を広げてそう言い放った。
「(お礼とはこのことか……とんでもない。人を売買するなんて考えられないし、想像したこともなかったんですが)」
「(そうなの? でもここはあなたにとって異世界かもしれないけれど、これが当たり前で生きてきた私たちやルドルフさんを責めるのもおかしい話でしょう)」
「(まあ、それを言われちゃ何も返せないんすけど……)」
もう一度店内の奴隷たちを見回す僕。
「やはり、お気持ちだけで……遠慮しておきます」
「そんなこと言わずに! ほら、この男なんかは獣人の血が入っておりましてな! 荷物持ちから護衛まできっと役に立ちましょうぞ!」
ルドルフは大男が入っている檻の前へと僕を連れて行く。
「おお、すごい……かっこいい」
奴隷の男を見ると、確かにガタイが良く、しっぽが生えている。
オオカミのような顔に澄んだ青い瞳で、何者にも負けそうにないオーラを感じる。
あらためて他の奴隷も見てみると、様々な種族がいるようだ。
目を合わせると皆、ペコリと会釈してくる。
どの奴隷もイメージと違い、綺麗に着飾っており目にも覇気があるので、思っていたような悪い扱いをされているわけではなさそう。
前に柵はあるものの、檻の中はとても清潔な部屋という感じだ。
「(獣人さんか……そういや僕、人間を治す知識はあるけど、獣人の身体はどうなってんすか? はたまた小説なんかでは虚弱体質と有名な、エルフなんてのもいるんですか?)」
「(いるわよ。身体の作りはそんなに変わらないと思うわ。異種族間での結婚や妊娠も普通にあるし)」
「(そ、そうなんすね。……まてよ、そもそもルリル様は精霊族でしたよね? ルリル様になにかあったら僕に治せるんでしょうか……今度よく身体を見せてもらいたいところです)」
真剣にそう考えていると、ルリルは一歩後退した。
「(……結構です。絶対イヤです。なんならお金払います)」
「(ううっ、そんなに嫌がらなくても……)」
そこへふと店の奥から声が聞こえた気がした。
「……? ルドルフさん、そっちの部屋は?」