第二話 『異世界の衛生事情Ⅳ』
――なかなか見た目も立派な宿屋にとうちゃこ。
ルドルフさんお勧めの宿屋である。
絵本にでも出てきそうな丸太づくりの可愛いドアを開けると、上部に付けられた鈴がカランカランと鳴った。
足を踏み入れた先には、こちらも映画のセットかのような椅子やテーブル、そしてビール片手に談笑する冒険者風の男たち。
一階は飲食店としても営業しているようだ。
「うわーお! 映画みたい! こうゆうとこ一回来てみたかったんすよねー」
僕は目をキラキラさせながら中へ入った。
「いらっしゃいませっ!!」
お盆を片手に走り回るエプロン姿の女の子が、僕たちに気づいて笑顔を向ける。
「どもー(ルリル様もあんな笑顔をしたらもっと可愛いのになあ)」
するとルリルが僕のわき腹に肘鉄を食らわしてきた。
心の声聞こえちゃったようだ。
「いでっ! (心の声がだだ漏れなのがホントにやっかいだなあ。まあ、笑顔じゃなくても可愛いけどね。まじ天使)」
「っ……」
ルリルをチラリと横目で見てみると……
少し顔が赤くなってるルリル。
「(うむ、言いにくいことも聞こえるのはテレパシーのメリットでもあるな。可愛いってのは本音だし。さてさて腹も減ったので食事を注文することにしよう!)」
僕らはテーブル席に座った。
その後先ほどの店員が、注文したドリンクと料理を運んできてくれた。
「なにこれ! 美味しい!!」
カクテルに口をつける僕。
ほろ苦くも甘い果実のフルーティな味わい。
かといって甘さが残ることもなくさっぱりしている。
グラスの中でキラキラと輝く鮮やかな赤が美しく、元の世界では味わったことのない飲み物だ。
それからも見たことのない食べ物に、見たことのない飲み物。
異世界をおおいに満喫できた瞬間だった。
「(しかし、僕の体は大丈夫なのだろうか。この世界特有の微生物とか、栄養素とか、ましてや空気や重力とか色々身体にあってなくていずれ蝕んでくるんじゃないだろうか……)」
僕はふと不安になり、手を止めた。
「(ま、ネガティブなことを考えだすとキリがないし、どうすることもできないわけで、こればっかりはなりゆきに任せるしかないか)」
翌朝――
「冒険者ギルドへ行くわよ」
ルリルに揺すられ、宿屋の自室のソファで目を覚ます僕。
「そうそう……異世界といえばギルドっすよね」
この世界にもちゃんと冒険者ギルドというものが存在するらしい。
なんでも冒険者として名簿登録しておかないと、国境を越えるときなどにもややこしいとのこと。
パスポートみたいな感じだろう。
城下町ではすっかり忘れていたけれど、昨日ルドルフさんから聞いて、僕もこの町で登録することにしたのだ。
「ギルドとか楽しみー! ドラゴン退治とかあるんすかね。この辺が僕らの世界とは違うところ。異世界召喚の醍醐味。わくわくすっぞ!」
身支度を済ませ部屋を出て、軽い朝食をとった後、ルリルと共に宿を出た。
ちなみに昨晩の宿屋、僕はソファ、ルリルはベッドで寝ている。
なんで同じ部屋かって?
いやそれが女将さんいわく、宿屋と言えばパーティは同じ部屋で寝るもんだと。
たしかにドラ〇エとかのファンタジーRPGあるあるだけれども。
そこまで期待を裏切らないのね。
「いててて……(変な態勢で寝たせいで足腰が痛いや)」
宿屋を出た僕は、おじいちゃんみたいな態勢でよろよろ歩いていた。
「みじめね」
「ふあーあ。……ルリル様はスヤスヤ、ぐーすかぴーと気持ちよさそうに寝ていましたもんね。無防備もいいところっすよ」
呆れながら大あくびをする僕。
「あんなのんきに寝てたら襲っちゃいますよー」
僕は手をワキワキさせながらニヤけてルリルを見てみる。
「ふっ、私には触れることもできないわ」
得意げに顎を突き出し見下してくるルリル。
ならばと、ルリルの腕をつかみかかってみるも、スルリとかわされる。
かわされるというより手がすり抜けてしまう感じだ。
「なんですり抜けるんすか? なんすかこれ?」
「聖魔法のハイディングよ」
「なんたる痴漢対策でしょう!」
僕は痴漢じゃないんだからね!
「しっかし、これは元の世界にもあったら最高だろうな! ちかんあかん。(うんうん、そもそも佇まいからして人を寄せ付けないルリル様の周りは、まさに言葉通り聖域だしね。聖なる区域だよ、まじ天使!)」
ルリルの様子を横目でチラリと伺う。
「そんなセリフもう飽きたわ」
ジト目で僕を見るルリル。
「がーん。……てかその魔法がかかってると、誰もルリル様に触れないんすか?」
「ええ。生きているものは全て寄せ付けないわ。ただし、ハイディングを発動している間はずっとMPが消費されていくのがデメリットだけれど」
「それはハードっすね……いつかは切れるってことか」
「いえ、消費MPよりMP自然回復力の方が上回っている私には、常時発動が可能なので」
「ある意味最強の防御魔法じゃないっすか……賢者無敵すぎ」
――宿屋の女将に教えてもらった冒険者ギルドの場所へ到着。
カランコロンとドアを開けると、中にいる人たちが一斉に僕を見る。
「えっと、受付はあそこかな」
カウンターに向かって歩き出すと、奥に座っていたガラの悪そうな連中が近寄ってくる。
「おめえ、見ねえ顔だな。どこのモンだ?」
「いやこれから冒険者登録をしようと思って」
すると男たちは下品に笑い出す。
「がはは、ぼっちゃん止めとけって! そんなひ弱そうな身体でよ!」
「はあ……」
「それよか俺たちがまず稽古をつけてやるぜ? 表へ出な」
男は手招きをして玄関から出ていった。
「あー、これ絶対たかられるやつだ。かつあげだ」
するとルリルが横でつぶやく。
「さあ、やっておしまい、ポチ」
「ワンッ」
ああゆう輩は成敗するに限る!
なんたって最強のLV2イケメンだからね。
カウンターにいる受付嬢、美人だし。
腕まくりしながらギルドの玄関を出ていく僕。
異世界で強いのは重力の違いでしょうか?西日本と東日本でも重力はだいぶ違うそうですね!