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海の国の王子。






「その自信はどこからくるの」

「どうした急に。なんの話だ?」


街道のど真ん中で立ち止まって、アメリは腰に両手を置いた。

鷹揚な風情で先を歩いていたスタン王子が振り返る。


「本当に鬼ごっこをする気がある?」

「……いや、そもそも相手はまだ鬼ごっこだとも気が付いてないぞ?」

「だったら余計に気を遣え」

「何にだ、分かりやすく説明しろ」

「町の人にも、街道を行く人にも見られ放題」

「……仕方ないだろ、この先に馬車を待たせてるから、そこまでは見られて当然だ」

「馬車? ……頭が悪過ぎる」

「おいおい、失礼だな」

「失うような礼なんて随分前から無いけど」

「は……面白いな。では、馬車に乗ったフリでもするか?」

「無駄。追っ手がかかればひと晩も経たずに見つかる」

「……さすがにそれは……」

「ウチの騎士を見くびらないで。そっちの軍人さんだって、相当だと思うけど」


目線をくるりと上に向けると、王子はふんと息を吐いた。

アメリと同じように腰に手を当てる。


「ならどうする。己の足で歩くのか?」

「どこに行く気かも知らない」

「……国境だ」

「国境?」

「……東のな」

「……歩くとどのくらい?」

「さて……馬で二日といったところか?」

「休まずに真っ直ぐ歩けば二日で行ける」

「おい……本気で言ってるのか?」

「逃げる気ある? それとも本当は捕まえてもらいたいの?」

「手紙を届けるのは明日だ。早くても追っ手がかかるのはそれ以降だぞ」


王子は手を伸ばすと、アメリが目深に被っている外套のフードをぺろりと持ち上げる。


違うのかと頭を傾けて、アメリと視線を合わせている。


髪の毛を差し出せと言われて、何の躊躇いもなく、腹立たしさと一緒に切り落として渡してやった。

後から丁寧に切りそろえた前髪がふわと風で持ち上がる。


王子の手をぴしゃりと払い除けた。


「ならそれまでには国境付近に居るべき」

「手厳しいな……攫う相手を間違えたか」

「全部そちらの見込違い」

「……仰る通りで言葉もないな!」


わははと笑いながら、スタン王子は街道をそれて、草はらにがさがさと踏み入る。


「仕様がない。どこまで歩けるかやってやろう……来い、こっちだアメリッサ」

「もう一度でも名を呼んだら殴る」

「そう言うな。まぁ、仲良くやろう、アメ……っぐぅ!!」


渾身の力でもって、アメリは宣言通りに王子の脇腹を殴りつける。


膝の高さまである草の中に蹲り、声も上げられず呻いている王子を見下ろして、アメリは少しだけ、ほんの少しだけすっきりとした気分を味わった。


「……おい……一応まだ王子だぞ」

「不敬罪で突き出す?」

「…………この、クソったれ」

「王子……高貴が剥がれて落ちましたよ」






東の国境を目指して、大した休憩も取らず、足を緩めることなく進んだ。


日が暮れても、月明かりと星の位置を頼りに歩き通す。


この強行軍に関して、意外にも王子からは不平不満が出ることは無かった。

逆に真剣味が伺えるから、益々あの緑の小瓶の中身は本物なのだと思えてくる。





翌日の午後、日が暮れる少し前には東の国境付近まで歩き通した。


「……恐ろしい……やれば出来るのが恐ろしい」


ここまで会話らしい会話は無かった。

というよりも、アメリは必要以上は、返事すらしなかった。

喋っていたのはスタン王子だけだ。


「……そろそろ限界だ。流石にここで休んだところで追っ手もないだろう。休息を取るぞ」

「……必要ない」

「は?! なんだお前は鋼か何かでできてるのか」

「約束は果たした……小瓶を渡して」


アメリが差し出した手を、よろよろと力無く叩き落とす。


「……まだだ。とりあえずそこの店で休む」


小さな町の通りは入り口からその端まで見通せた。

両脇は民家と商店、宿や酒場などがごちゃ混ぜに立ち並んでいる。


裏通りは大小様々な民家が寄せ集まっているのが、なんとなく見て取れる。

こういった町の構造は、国が違えども大して変わらない。


通りを歩く人は少なく、商人の荷馬車が数台通りの脇に停められているだけだった。


「小さな町だ。人目もそう気にすることもない。さあ来い」


スタン王子はくいと頭を振って、酒場と食堂の中間のような店に向かった。

アメリは心中で悪態を吐きながらその後を追う。



その店の唯一のお勧めを食べながら、向かいに座っている王子を見る。

王子は食欲がないのか、庶民の味が口に合わないのか、皿の上の料理をぼんやり見ては、スプーンの先で弄んでいた。


「……隣国へ渡る気?」

「うん?……まあ、そうかな?」

「何をするの?」

「……まだ決めてない」

「は?……ちょっ! 何も無しに来たの?!」

「王子の地位を放り出す、だから大層な理由があると思ったか」

「私がかわいそう過ぎる……」

「お気の毒様だな」

「……殴るぐらいじゃ気が収まらない」

「……私はもう、充分に働いた……少しの息抜きぐらい罰は当たらんだろう?」

「そんな事の為に付き合わされたの?」

「そんな事?……ああ、まぁ、そうか。そうだな、貴女からしたら、そんな事、だな」


憂いたようにふと笑いをこぼす王子に、アメリはそれ以上の嫌味が言えなかった。


役目が重荷になる気持ちはよく分かる。


疲れて、少しの間でも荷を下ろしたくなる気持ちも、実際にそうしたこともあった。

そしてそうしている間は、それなりに気楽であったのも、まだ忘れてはいない。


「付き合わせて悪かったな……貴女はここまでで良い。ご苦労だった」

「……本当に、どうするつもりですか」

「うーん。ちょちょっとしばらく遊んだら、また戻る。……居場所があれば、だが」

「……王子……」

「止めてくれ……放り投げた地位で呼ぶな……なんだ同情でもしたか……優しくなったぞ」

「いいから小瓶ください」

「……心も鋼か。……ひと晩休んで明日の話だ……食ったんなら、行くぞコラ」





翌朝にはその町を出た。


街道をしばらく歩いて、ふたつに分かれた道の真ん中で王子は立ち止まる。


「……ここで解放してやろう」


スタンゲイブ王子は右の道を指差す。


「貴女はこの道を進め。突き当たりまで曲がらず進めば海岸線に出る。そこから更に南下しろ」

「南下? どうして……」

「小瓶は商人に運ばせた」

「はぁ?!」


小さなふたつに折れた紙切れを取り出すと、アメリの手を掬って、その中に押し込む。


「岬の南端の、それに書いてある宿に送った。そこで小瓶を受け取れ」

「ふざけるな!」

「ふざけてないぞ……時間稼ぎだ」


これも、と小さな皮の袋も渡される。

見た目よりもずしりとした重さに、その中身が金貨なのだとわかった。


「気を付けて行け……途中でもし何かあったら、私が色んな奴に地の果てまで追い回される羽目になる」


ああもうと叫んで、アメリは皮袋を王子の手に突き返した。


「こんなもの要らない! 施しなんて受けない!」

「迷惑料だ」

「だとしたら安過ぎる!」

「はは……面白いな、貴女は。……なぁ、一緒に来ないか」

「は? 断る!!」

「……貴女の夫には及ばないか」

「当たり前」

「うーん、残念。……もしも……出会う順番が違ったら、私にも機会はあったか?」

「絶対に無い!!」

「……うん、なら諦めるか」


ふいとアメリが右の道に歩き出すと、後ろから声がかかる。


「なあ! 本当に金は要らないのか?」

「要るか! 腐れ王子!」


悪態を振りまきながら、怒りに任せてアメリは進んだ。


言われた通りに道を進んで、紙に書かれた場所まで辿り着くのに、十日以上かかった。










「それで? ここから僕たちに手紙を送ったんだね」

「……うん、そう」

「無一文でどうやってここまで……大変だったでしょ?」

「……宝石」

「うん?」

「耳飾りについてたから……ごめんなさいクロノ……片方売っちゃった」

「そんなことは気にしなくていい……それにしても……」

「そうだよ、小さな宝石くらいじゃ食事代が精々でしょ?」


アメリは座っていた椅子に、足を持ち上げる。膝を抱えて、丁寧にしわになったスカートを均した。


「小さな商隊にくっ付いて動いた……食べものを分けてもらったり、荷車に乗せてもらう代わりに、仕事の手伝いしたし……なんていうか、その……用心棒? 的な……」


消え入りそうな声でごめんなさいとアメリは言って、クロノを見上げる。


どういう方法にせよ、アメリは自分を投げ出さずにやり抜いた。

自分にできることで自分を守った。

間違いなく最善を尽くした。


クロノは構わず吐き出してしまいそうな怒りをぐっと堪えて、アメリの道程を思った。

ぎりと奥歯を噛み締めて、なんとか耐える。


「……そ……そうか……」

「大丈夫だよ! 全然。危ないことはしてない……し……そんなには」

「いや……うん。……ならいいんだ。とにかくケガも何も無いなら……もう、それでいい」

「……みんなにも、心配させて……早く謝りたい」

「アメリ?」

「なに、ハル」

「その……例の毒はどうしたの?」

「その辺に捨てられないし……どこかに置いとくのも怖いから」


スカートに付いたポケットを探って取り出すと、卓の上にことりと置いた。


鈍く光った緑色の小瓶は、屋内だからかその中身の液体はよく見えない。


「……僕が預かっても?」

「もちろん……でも、開けたりしないでね、危ないから」

「……分かってるよ。帰ってから従医師(せんせい)に調べてもらうね」

「……はい」

「……頑張ったね、アメリ。ひとりでよく頑張ったよ」

「うん……でも、ごめんなさい」

「もう謝らないでくれ。何も悪いことはしていない。……砦と、皆を守ったんだ、そうだろう?」

「……もっと、上手にできたら良かったのにね」

「いや……アメリは最善の方法を取った」

「そうかな?」

「そうだ」

「そうだよ」


ふへと力無く笑うと、横からクロノに抱きしめられる。

向かい側からはハルの手が伸びてきて、短くなった前髪をさらさらと撫でた。






観光をしつつ、ゆっくりと北上して海の国の王城へ立ち寄った。


何の足しにもならないが、スタンゲイブ王子のことを報告する。


王陛下には今回の件を平謝りされたが、アメリは笑って平気だと押し通した。

何かで償いをとごり押しされそうになったので、王子を見かけたら殴り倒す許可だけ貰って国に帰ることにした。


ハルは隙なく出回った噂の火消しを全力でさせることを取り付ける。





国に帰り、久々の城都で、久々の城都風の料理を食べようと、一番の人気店に立ち寄る。


そこで声を掛けてきた男に、アメリは眩暈が止まらない。


「誰も東側の隣国に行くとは言ってないぞ?」


にやにやと笑っている海の国の第二王子に、ぶるぶると震えながら、アメリは拳を振り上げる。



拳を掴んでクロノがぎゅうぎゅうにアメリを抱き込む。


にこにこと笑いながらハルがスタン王子の襟首を掴んで、店から放り出し、







そのまま王子はこの国からも放り出される。





















このお話はこれにて終了でございます。



ここまでお付き合い頂きまして、ありがとうございました。




最後がさらさらとかけ足でしたが、思いの外 文字数が膨らみまして、心折れたヲトオさんです。



クロへいちゃんの気苦労が報われてませんが。描写してないだけで、いちゃいちゃやって取り戻していますので、心配ご無用です笑。



ラストは割ときれいに落ちたと思っています。

途中の深刻さはどこ行ったんだか。




今回のメインタイトルにあります 『 big thief 』ですが、直訳すると『怪盗』です。

王子の当初のイメージはルパーンさーんせーいでした!!

なんか全然違うけど!!小ちゃなことは気にしない!!





楽しんで頂けましたでしょうか?



そうであったら、幸いです。



挿絵(By みてみん)



この他にも短編のご用意もございます。


また別のお話でお会いできますように。

ありがとうございました!!





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