三ッ!
「イヤッフゥーゥ! 場ーゥ内のお前らーァッ! まずは今回の挑戦者ーァッ! 旧世代横綱サマの御到着だぜーェ!」
ヘッドセットマイクに叫ばれた甲高いダミ声がドーム中に響いた。声の主は髪を赤く染めた男。悪魔の吊り目を模した黒い仮面で顔の上半分を覆い、剥き出しの口は下卑たニヤニヤ笑いを浮かべている。二十歳に届くかどうかも怪しい若造だ。品も格もあったものではない。
にもかかわらず、それ以外の箇所は、紫の直垂を着て、烏帽子を被り、草履を履き、脇差を差した、伝統的な高位の行司装束なのだ! それが軍配をくるくると弄び、近付いてくる超能侍を土俵の上から蔑むように見下ろす。
この行司の姿こそ、伝統の上っ面だけを残して別物に乗っ取られた、現代の相撲の象徴である……!
(おのれ──俺の十二年とは、このような堕落を見るためではない──ッ!)
「こォの超能侍のオッサンだがァ、旧相撲のチャンピオンンンー! だったんだそうだぜーェ! 今じゃ知ってる奴はジジババだろうけどよォーォ!」
超能侍の煮える内心をよそに、チンピラ行司──屍鬼森殺意之助が軍配をサッと振り上げた。
かつての相撲場には、土俵の上に屋根が吊り下げられていたことを覚えている人もあるだろう。あの屋根の四隅には、四方の守護神を表す緑・白・赤・黒の房が垂れており、神事の場であることを示していた。
今の相撲にそんなものはない。
殺意之助が指し示す土俵の上空、ドームの天井までの約一〇〇メートル超の空間に遮る物体はなく、その代わり、非実体スクリーンが空中高くにいくつも投影されている。それらはゆるやかな曲面を帯び、群れ全体で円筒状を成し、ゆっくりと横方向に回転していた。
そこに過去のニュース映像──対戦相手を豪快に投げ、突き出し、勝利する、若き超能侍の活躍ぶりが映し出された。
だがそれは超能侍にとっては井の中の蛙だった頃のことであり。栄光などではなかった。
超能侍は十二年前、相撲界のミラクル☆プリンスと呼ばれ一世を風靡した、若さと強さを兼ね備える二十二歳の横綱であった。毎場所優勝当たり前の昇り調子、ルックスも美男であった。なので、相撲界は己を中心に回り始めたという驕りも、正直なところ芽生えかけていた。
その自惚れを一度の敗北が砕いた。
十六歳の力士の幕内デビュー戦。千秋楽で当たった超能侍は、がっぷり組み合ったと思った瞬間、豪快の上を行く超怪力であっさりとひねり倒され、清々しいまでの無様なスピード敗北を喫したのだ。
より若い、より強い新天才の踏み台とされてしまった己の未熟を恥じ、超能侍は即日無期限休場を宣言。山奥にこもり、大樹を叩き、大岩を押し、大滝に打たれ、大熊を投げ、大蛇を仕留め喰う、過酷な修行に勤しんだ。
そして十二年後。山を下りた超能侍を待ち受けていたのは──
あまりにも変わり果てた相撲の姿であった……!
(おのれ──よくも伝統ある相撲を汚し、壊したな──!)
チンピラ行司──いや、このドーム内の異様な相撲空間すべてに対する超能侍の怒りは、思わず小さな呻きとして漏れていた。
「暗黒デス相撲協会……ッッ!」