二ッ!
ウォォォォォォ──
入場口の左右からスモークが吹き出す俗な演出に、表情をより険しくした横綱・超能侍を、観客達の叫び声が出迎えた。
ここ両国ビッグバトルドームの収容人数は30万人、それが満員御礼である。これだけの人数が横綱へ寄せる期待は、熱気の圧となって轟き押し寄せた!
だが──
「はよ死ね黴臭クソ野郎ーッ!」
「ぬぁーにが正統派相撲だァータァコゴッルァーッ! 死ねッ!」
「おもんねェーんだよ老害カス力士ーッ! 死ねッ!」
「死ねッ!」「死ねッ!」「死ねッ死ねッ死ねッ!」
なんということだろう! その中身はブーイング!
横綱ともあろう者にブーイング!
横綱が期待されるものとは健闘ではなく──よりによって、死!
かつての相撲では考えられない光景……ッ!
常人ならば心萎えるであろう満場の悪意を、しかし超能侍はものともせずに、土俵へ向かい力強く土を踏みしめた。
両国ビッグバトルドームは、円形の闘技場を二階建て家屋ほどの高さの壁が取り囲み、その後ろに段状の観客席が配置された、古代ローマのコロッセオを思わせる造りとなっている。
設備の大体は野球場か陸上競技場のような外観だが、広大なフィールドに敷き詰められているのは人工芝ではなく土だ。
そして闘技場の中央に鎮座する土俵は、直径約三〇メートル。かつての伝統的な相撲のものより格段に大きい!
「何もかんも、変わっちまったのォ……」
横綱の後について、巨大土俵へ続く数十メートルの花道を踏み出しながら、和厳親方が呟いた。
「まったくッス、横綱にこんな野次なんアイテッ!?」
カァン、という音に続いて龍角が頭を押さえ、空き缶が転がった。強すぎるアルコール度数で知られる缶チューハイ、「ストロンゲストアブソリュートゼロ」だ。壁の更に上に立てられた金網フェンスの向こうでゲタゲタ笑う、ガラの悪そうな中年酔客グループの仕業だった。その蛮行を咎める係員は……そんなものは、この観客席には、いない!
「変わっちまったのォ……」
忌々しげに再度吐き捨てる和厳親方の頭上を超え、二本目の缶が、今度は超能侍の後頭部へ飛んでいく! 酔客のくせにコントロールが良い!
だが超能侍は振り向きもせず、それでいて正確に、空を裂く鋭い裏拳を缶に叩き込んだ!
缶は一直線に飛ぶ弾丸と化し、鋼線のフェンスを突き破り、投げ込んだ犯人の顔面へ叩き込まれた!
鼻血を吹き倒れて呻く酔客を、周りの客達が指差し手を叩きゲラゲラ笑い、酔客の仲間がキレて、乱闘騒ぎが始まった。それを更に周りの客達が笑い、そして──そんな蛮行を咎める係員など、この観客席にはいない!
これが、現在の相撲なのだ……!
「お主は……変わらんのォ」
愚かな騒ぎをよそに和厳親方が、齢三十を越えて衰えぬ、超能侍の鋭敏な感覚と精妙な技量、圧倒的な筋力を称えた。
「それが本当ならば困ります」
超能侍は言葉に重みを乗せて口から押し出した。
「俺はあの時より──更に強くなっていなければならない……ッ!」
“あの時”──すなわち十二年前から、修業に明け暮れた日々の重みを。
そして、その重みがあらばこそ、巨大土俵の上で待ち構える行司を、睨まずにはいられなかった。