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どすこいあそばせ! エレガント力士・エレガント山!  作者: 当年サトル
エレガント相撲幕間場所 ~悪の胎動でゴワシますわ~
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五ッ!

 五里衛門を乗せた黒塗りの高級車が、静かに停まった。巨大な†暗黒デス西赤羽バベルタワー†の根本あたりに刺さった高架の先は、ワンフロアをほぼ丸々ぶち抜いた巨大駐車場となっていた。床、壁、柱、天井の全てが黒く、ところどころに外で見た赤青紫の幾何学模様の光が走っている。 その光に照らされ、暗黒デス相撲協会所有の高級送迎車が散らばって停まっているのが見えた。いや、まばらに見えるのは駐車場が広大すぎるからで、つぶさに数えればなかなかの台数だとわかるだろう。


 それだけの数の暗黒デス相撲協会幹部が、今日はこの†暗黒デス西赤羽バベルタワー†に集結しているのだ。


 それら幹部に、今日、音織部五里衛門は、新たに加わることとなるのだ。


 運転手が外に出るためドアを開けたタイミングに合わせ、なるべく音がしないように、五里衛門は唾を呑んだ。


 外に回った運転手がうやうやしく後部座席のドアを開けると、外には出迎えの力士が直立不動でかしこまっている。丁重に一礼する力士に向け、五里衛門は鷹揚と尊大を足した風を装った動作で車を降り、いかにも余裕ありげに右手を揚げ答礼してみせた。


「正装してくるべきだったかな」


 五里衛門は、上半身は黒いTシャツ一枚、下半身は紫のジーンズに白い運動靴という出で立ちであった。いずれもかなりの高級品であるが、一見の印象はかなりラフだ。既存の規範からの逸脱──そのような意図が込められている。対して出迎えの力士は、下半身は黒いマワシ、上半身は黒い燕尾服、目元には黒いベネチアンマスク。暗黒デス執事力士の正装だ。


「お気になさりませぬよう。幹部の皆様方は、いずれ劣らぬ個性派ですのでドスコイ。自由な服装も幹部特権のひとつでありますドスコイ」


「それは安心だ。服装自由は建前で、古くさい作法の通りでない者は追放──暗黒デス相撲協会の内情がそんなくだらない組織だったら失望するところだったよ」


 五里衛門はいかにも傲慢に言い放った。


 五里衛門は貧しい環境に育ちながら、暗黒デス相撲協会が支配を拡大し既存の法秩序を崩壊させていく時代をチャンスとし、地上げ、詐欺、麻薬売買、人身売買等々、旧時代には違法とされていた非情な残虐&悪徳ビジネスの多角経営でのし上がり、下っ端労働者には過酷な低賃金重労働を強いて使い潰し、邪魔者には暗殺者を差し向け、権力と財力を積み上げてきた、暗黒デス時代の風雲児と呼ばれた男なのだ。


 敗北者の返り血に彩られてきた輝かしい暗黒人生の締めくくりが、世界の支配者・暗黒デス相撲協会幹部への抜擢なのだ。


 強大で底知れない暗黒デス相撲協会に対する内心の不安など、下っ端ごときに勘付かれ、舐められてはならないのだ……!


 が、気負ってはみても、マスクの力士の後に着いて歩く道は長い。幹部会議場がある上層フロアへの直通エレベーターからは離れた不便なエリアに、専用送迎車の駐車スペースを割り当てられたのだ。新参者に対し、そのような待遇の差を早速思い知らせにかかるのが暗黒デス相撲協会なのだ──!


 フン、カワイガリというやつか──見ていろ──すぐに──


「ヌゥッ──!」


 己を鼓舞しようとする五里衛門に、冷や水を浴びせるものが表れた。


 黒い壁に嵌め込まれた、髷を結った髑髏のレリーフ──暗黒デス相撲協会のシンボル、力士髑髏だ! 赤い不気味な光に照らされたそれが、不意にグゴゴゴゴと顎を開いたのだ! まともな神経の者が見れば心臓に悪い! 髑髏は巨大なもので、開いた口のサイズは横幅3メートル、高さ5メートルといったところだろう!


 その口の奥で、黒い扉が左右にスライドし、青い光が漏れてきた。中に入るようマスクの力士が促す。髑髏はエレベーターの入口だったのだ。ネタが割れてしまえばくだらないこけおどしだ──まだバクバク鳴る心臓へ言い聞かせるように、薄笑いを浮かべて五里衛門はエレベーターに乗り込んだ。


 力士が複数乗ることを想定してか、エレベーターはかなり広い。学校の教室ほどはあるだろうか。床も壁も黒く全体に薄暗い空間の、中央あたりにソファーが設置され、青い光に照らされている。マスク力士に促されるのを待って、五里衛門はボッス、とふてぶてしく腰を下ろしてみせた。


「ヌォ──ッ!?」


 だがその余裕を装った態度は、マスク力士が入口脇のパネルを操作し、扉が閉まった数秒後に崩された。


 9000メートルもの威容を誇る†暗黒デス西赤羽バベルタワー†の上層階が目的のフロアであり、リニアモーター式のエレベーターはその距離を数秒で一気に駆け上がる。その急加速により、五里衛門の身体は体重の数倍の負荷を受け、ソファーに押し付けられたのだ! 乗り心地軽視にも程がある、まさに暗黒デスエレベーターといえよう!


「お身体に差し障りはございませんかドスコイ? 初めての方は気絶なさることもございましてドスコイ」


「いや──」


 エレベーターが停まり、歩み寄ってきたマスク力士に見せつけるように、五里衛門はうなだれたような格好から、勢いよく立ち上がった。


「少しは鍛えているものでね」


 ただの強がりではない。2メートル近い巨躯を持つ五里衛門は、小肥りの体型をしている。それは不摂生の結果脂肪がついたせいではなく、レスラーのごとき筋肉を身に付けているからである。大金を投じてセレブ専用スポーツジムに通い、日々鍛練に勤しんだ成果だ。


 ──本物の男は、そこいらの平凡敗北者のように日々を怠惰に過ごしはせぬ。肉食獣の強さを肉体に刻み込んでこそ、悪の支配者として君臨する資格を持つ暗黒デス男となれるのだ! そう──俺は──


 支配の道を歩むのだ!


 五里衛門は自らに言い聞かせた。


 なぜならば──


 不気味すぎる──


 マスク力士に先導されながら歩く通路は、相変わらず床も壁も天井もひたすらに黒い。そして、広い。幅も高さも、20メートルは超えているのではないだろうか。そこに赤青紫、太さも様々な幾何学模様の光が這う非日常的な風景が、先が見えないほどはるか遠方まで延々と続いている。その巨大感と暗黒感が、華々しい悪党としての誇りを蝕み、ちっぽけなヒトであることを自覚するよう、大気にじわじわ圧力を込めてくるように感じられたのだ。


 それにしても──


 何かがおかしい──


 五里衛門はふと思い至った。


 長すぎる──


 正確に数えてはいないが、五里衛門とマスク力士がエレベーターを出てから、結構な距離を歩いたはずだ。それでもなお、通路ははるか先まで続いている。景色の単調さに誤魔化されているが、いくら†暗黒デス西赤羽バベルタワー†が巨大とはいえ、本来ならば赤羽を通り抜けて埼玉の川口までたどり着いてしまうくらいの距離があるのではないだろうか──?


 いかなる材質なのだろうか、硬さを感じさせない、なめらかな革の上を歩いているような、足音の立たない床を歩き続けている静寂と相まって、その不思議さは不安を煽り立ててきた。


 と、その時──


「ヌッ!?」


 五里衛門の心臓がバクンッと跳ね上がった。


 グナリ──


 不意に足先が、柔らかいものを踏んだのだ。


 見下ろすと──


 赤い──光だ。


 壁や天井を這い回る光の筋のひとつが、足元の床を横切っていた。それを踏んだのだ。


 だが──何だ?


 五里衛門はその光を、ガラスかアクリルの奥に光源が埋め込まれた照明器具だと思っていた。だが、違う。これはそんなものではない。


 管だ。直径10センチほどの管が、表面を発光させているのだ。それが、よく見ると、ドクリドクリと脈打っている。


 これはまるで、臓物か何か──


 慌てて足を離す五里衛門に、マスク力士が立ち止まり振り返った。


「いかがなさいましてドスコイ?」


「こ──これは、踏んで、大丈夫──なのか!?」


「ええ──」


 マスク力士は赤い光に照らされた顔をニマリと微笑ませた。


「そのくらいのことで、主はお怒りにはなりませんドスコイ」


「そ、そうか──フフハッ、弁償沙汰になったらどうしようかと思ったよ」


 五里衛門はつとめて平静を装った。だが、謎の光源の臓物めいた正体を目の当たりにして、背筋がどす黒い冷気に凍てつくような感覚に包まれている。


 この、謎の、生物感──


 この得体の知れない空間に、俺は──


 呑み込まれているのでは、ないのか──?


 しかし、頭をもたげた恐怖を、振り払ってなおも進む。その先に待ち受けるのは悪の大組織・暗黒デス相撲協会の幹部達。常人ならばおしっこちびって発狂してしまうかもしれない状況だ。


 だが、五里衛門は常人ではない。これからまさに、その悪の幹部の列へ加わろうとしている悪党なのだ。これしきに怖じ気付いて支配者になれるものか。


 呑み込まれているのでは、ない──


 喰うのは、俺だ──


 俺が、喰うのだ!


 これから! 世界を!


 必死に己を鼓舞する五里衛門の道のりに、やがて終わりが近付いていた。


 異様に長すぎる通路の先に、突き当たりが見えた。黒い壁に白いものが浮かんでいる。近づくにつれ形がはっきり見えてくると、それはまたも壁に嵌め込まれた、巨大な力士髑髏だった。


 二人が力士髑髏の前で立ち止まると、口がグゴゴゴゴと開き、さらに奥へと伸びる通路が現れた。マスク力士は力士髑髏の脇に立ち、中に入るよう丁重なジェスチャーで促す。ここから先は案内役の入れない、幹部のための聖域だ。五里衛門は悠然を装い踏み入れてみせた。


 その先の通路は、一人で歩く不安がじわじわと膨れ上がる時間を与えない程度の、さほど長くないものだった。突き当たりの壁の中央が割れ、左右へ厳かにスライドする。


 開く扉の向こうから紫色の光が溢れだし、


「ようこそ──」


 若い男の声が響いてきた──ッ!

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