二十二ッ!
「ケッケッケッあのメカ野郎死にやがった! 死体、っつーのか残骸っつーのか、拝んでやろうじゃねーの」
殺意之助がウキウキと、地面に積み上がった薔薇の花をかきわけ、そそり立つ“薔薇の壁”へと近付いていった。ヘルマシーン乃海を落下させた時、衝撃波が和厳親方達を襲わぬよう、エレガント山は土俵跡の周囲を高さ5メートルほどの“薔薇の壁”で囲っておいたのだ。
だが、そこへ厳かなエレガントバリトンボイスが響いた。
「いいえ──」
殺意之助が見上げる視線の先には、空中をゆったりとエレガントに降りてくる、雲のような薔薇の花の塊! 薔薇の塊はきらきらと虹色の光の粒子を噴き出しておりエレガント! その上には両腕を広げたエレガントなポーズを決めたエレガント山! その姿、降臨する天使のごときエレガント! エレガント力によって空飛ぶ薔薇の乗り物を生み出すエレガント奥義、“薔薇斗雲”だ! なんと人智を超えたエレガントぶりであることか!
そして──“薔薇斗雲”はひとつだけではなかった!
「おお……ッ!」
和厳親方が感嘆に目を見開く。なんと、土俵跡を覆う壁の向こうから、ゆったりと薔薇の花の塊が、虹色の光の粒子をきらきらとこぼしながら浮かび上がってきたのだ!
その上には、火花をあちこちから噴き出しながらも五体満足の、ヘルマシーン乃海が横たわっている!
「テメェ……ワシ様に手心を加えたなギガ……落下地点に分厚い薔薇のクッションを生み出して……フン、甘い野郎だピガガ……」
ヘルマシーン乃海は手足も動かせないくらいに故障したマシーンボディからどうにか絞り出したマシーンボイスを、上空からゆったりと降りてくるエレガント山へ向けた。
「これをスウィートと言うのなら──まだ序の口でゴワシますわよ」
降りてくるエレガント山の薔薇斗雲、昇ってくるヘルマシーン乃海の薔薇斗雲が同じ高さになると、空中で動きを止めた。端がぎりぎりぴったり接触し、一枚の絨毯のように繋がっているその上を、エレガント山は悠然と歩き、座れば牡丹とばかりに優雅に屈み、ヘルマシーン乃海を優しく抱え上げ、ふわりと宙に舞う! その跳躍のエレガントなこと、バレリーナのジャンプのごとし! そして音も衝撃もなく、白鳥が落とした羽のように静かに数メートル下の地面へ着地すると、一面に広がる薔薇の上へ、ヘルマシーン乃海を優しく下ろした。その一連の動作、実に鮮やかなエレガント!
だが人々はすぐに知る──ここからがエレガントの真髄であったと!
タタンッ!
エレガント山がフラメンコのように頭上で手を叩くと、そのエレガントな動作に合わせて地面を覆う薔薇が一斉に虹色の光の粒子と化し、きらきらと宙に舞い散り、再び武骨な土の床が姿を表した。エレガント粒子によって形造った薔薇を、再びエレガント粒子に戻したのだ!
エレガント山は、そうして薔薇の中から再びあらわになった人々──殺意之助、和厳親方、龍角、倒れたグリーン・マワシ兵ら──のうち、一人に向かってしゃなりしゃなりとエレガントウォークで近付く──
その人物とは! 試合の賞金を運んできた黒服の力士!
「では約束通り──いただくでゴワシますわね」
黒服は黙ってうなずくと脇へ退いた。遮るもののなくなったワゴンの上には、札束入りアタッシュケースの山! エレガント山がそのうちいくつかを抱え上げると、場内にざわめきが広がった。
「エレガントもやはり大金にはニッコリッ!」
「エレガントの沙汰も金次第なのかッ!」
「エレガント、エレガントって何だッ!?」
異様なまでのエレガントを見せた力士も、結局のところは大金をウキウキと受け取る、一攫千金を狙う庶民の同類であった──そう見えた光景に対する心情は、失望というより安堵であったろう。
が、その安堵はたやすく打ち破られた!
「なッ何のつもりじゃあァーッエレガント山ァァァーァァーァァーッッ!?」
和厳親方も思わず絶叫! なぜならば!
「おヌッシャ様の修理代、これで足りるでゴワシましょう──」
そう! エレガント山は──倒れたヘルマシーン乃海のもとへ歩き、傍らに札束入りケースを積み上げたのだ! せっかく奪い取った賞金の大部分を、倒した相手にまた差し出そうというのだ!
「甘い──甘すぎる──なぜワシ様にそんなことをするピガッ!?」
「雲の上には──天使はいないのでゴワシます。だって天使は──泣く人々の頭の上で、楽しく踊れはしなかったのでゴワシますゆえッ!」
ヘルマシーン乃海の疑問! エレガント山はポエムで応えた!
「なん……だと……ギガ……!」
「そうッ! それこそが──エレガント! で、ゴワシますわッ!」
観客席の人々は言葉の意味がわからず呆気に取られた──
だが、当事者は別だった!
「そうかギガ──エレガントギガ、これがギガ──」
期せずして七五調で呟いたヘルマシーン乃海。その顔に光るのは──ッ!
「くくッ、ありがたく修理せんとな………カメラが油漏れしとるピガ……」
「そちら側の眼は生身でゴワシますわよ……」
涙! ヘルマシーン乃海の眼から、涙がこぼれ落ちていたッ!
「……ケッ」
ヘルマシーン乃海を嘲笑する気満々だった殺意之助もソッポを向いて黙った!
「おお──ッ! マシーン力士に人の心を取り戻す──なんという──エデガンド!」
和厳親方は涙声!
「くっ、うぅ──ッ!」
龍角も涙声だ!
だが──様子がおかしい! もらい泣きではない!
「ぢぐじょうずるいぞ……超能侍先輩を殺しておいて自分だけ助けてもらっで……ッ!」
そう! これは悔し泣き! がっくりと地に両腕をつき悔し泣き!
「……………………ギガ」
ヘルマシーン乃海は涙に濡れた目を閉じ、ただ呻いた!
しかし!
「カムイィーン!」
パチィィン!
ダダダダダ!
エレガント山が右腕を華麗に掲げ、優美な手つきで指を鳴らすと、入場口から異様な男女の一団が駆け込んできた!
白いヘルメットに黒い防毒マスク! 首から下は黒い全身タイツの上からパワーアシスト装置を装着し、白衣を羽織っている! 背中には五個の赤い一文銭を十字型に並べたマーク!
「こやつらは──!」
「銭十字病院の救急隊──あらかじめ呼んでおいたでゴワシますの。エレガントに舞いながらお電話を取り出し依頼メールを打つ余裕は取組中に何度かゴワシましたゆえに」
「ぬぅ──!」
和厳親方は呻いた。銭十字病院は誰にでも分け隔てなく超高度な医療を施す代わりに大金をふんだくる、暗黒デス相撲の時代を象徴する銭もうけ第一主義の医療団体! 勝って賞金を奪うこと、その賞金で相手を治すこと──それらをエレガント山は予見していたということだ! なんと不敵でエレガント!
そして驚愕はまだ続く!
五メートル四方の頑丈な超合金板にキャタピラの付いた、重機めいた自走式力士用特殊担架。そこへ超重量のヘルマシーン乃海を載せるのに、パワーアシスト付きでもなお苦戦する一団。その横をすり抜け走るもう一つのチームがあった! その向かう先とは!
「超能侍、心肺機能正常、意識レベルDDCS20。生存確認」
「なっなんじゃとォォォー!?!?!?」
「あんだけ撃たれりゃ死ぬだろ普通ゥ──ッ!?!?!?」
倒れた超能侍を調べる救急隊員の診断に、和厳親方も殺意之助も驚愕絶叫!
「普通は死ぬでゴワシますわね。ですが超能侍関は真の横綱ッ! 過酷な修行で高まった血中根性濃度が体表に厚い根性の層を造りだし、バリアのように作用して銃弾の威力を弱め致命傷を避けることも可能だったのでゴワシましょう! 根性も、そこまでいくと──エレガント!」
くるくるとバレリーナ回転をしながらのエレガント山の力説に、目を見開いた龍角がよろよろと立ち上がる。
「せ、先輩、生きて──生きて──!」
「よくよく見れば生存なさっていることにおそらく気付けたでゴワシますわよ。頼れる御方の死に怯え、目を逸らしていたから気付けなかった──その弱さに今後立ち向かいあそばせ」
龍角はエレガント説法にも上の空で、超能侍めがけてよたよた走り、応急措置の邪魔なので救急隊員に押し戻され尻餅をつき、そのまま「うォォォん」と泣き笑った。「龍角め、足腰も鍛えんとな」と、和厳親方も泣き笑った。
「ここは敵地でゴワシますわ。搬送に付き添って離脱ゴワシなさいませ。喜びに舞い踊るのはその後でも遅くはゴワシませんわ」
超能侍が寝かされたもう一台の力士用特殊担架の傍へ、エレガント山は和厳親方と龍角を促す。銭十字病院は暗黒デス相撲協会幹部も利用しており、暗殺等を防ぐため銭十字救急隊への攻撃は厳禁とされている。ゆえに救急隊に紛れて移動すれば安全なのだ!
「ありがたいのう──エレガント山よ、お主は相撲の救世主じゃあッ!」
「救世主──だと──」
「超能侍ッ!」
感極まった和厳親方の絶叫に、気絶していた超能侍が目を醒ました! 病人や怪我人の周りで騒ぐのはよくないのだ! 気を付けよう!
「救世主なものか──頑斗山よ──その姿──お前もまた、相撲の伝統を無視している──ッ!」
「い、言われてみれば確かに──正論ッ──!」
ホルターネックのドレスに歌劇風メイク、金髪縦ロールのエレガント山を見上げ、和厳親方は改めて絶句した!
「だが──伝統を壊す悪と、伝統を壊す正義──ならば、俺は正義を──支持する」
「えぇ──おヌッシャ様の代わりに暗黒デス相撲と戦う役目、お任せゴワシあれ」
「あぁ──その後は──俺と勝負しろ」
「グッド闘志!」
親指を立てるエレガント山に、超能侍はニヤリと笑って親指を立て返し、再び眠りについた。
「行かねぇのか?」
闘技場を出ていく一団の中から引き返してきたエレガント山に殺意之助が尋ねる。
「すぐに済みますゆえ。暗黒デス相撲界を行き交うマネーは汚れてゴワシます──とはいえお金は大事でゴワシますもの。今はいただいておくでゴワシますわ」
トランクに詰め込まれていた札束は大半が二人の治療・入院等諸経費として銭十字救急隊に持ち去られたが、わずかに残った札束を回収しにきたのだ。
眉をひそめ、拾った札束を見つめるエレガント山。
束ねられた紙幣は、100暗黒デスドル札! 暗黒デス相撲協会が発行する世界基軸通貨だ! 旧日本円の約一万円に相当する!
おそるべきはそのデザイン! 旧日本円ならば偉人の肖像画が描かれていた位置に、精密な画風の不気味な髑髏が描かれているのだ! 髑髏は髪を生やし、髪は大銀杏に結われている──相撲の暴力と死の恐怖で世界を支配するというメッセージが込められた、暗黒デス相撲協会のシンボル、暗黒髑髏力士だ!
「お行司様、ちょっとよろしいかしら?」
「お、おう、なんだァ?」
「いえ、おヌッシャ様ではなく──暗黒デス相撲協会の皆様へ、一言申し上げたいのでゴワシますわ」
殺意之助のマイクを通して、エレガント山は優雅にポーズを取りながら、VIP席の幹部達へのメッセージを語った。
「本日は暗黒デスドル札をいただくでゴワシますわ。ですが、いずれ──暗黒デス相撲はエレガント相撲に敗れ去り、暗黒デスドルはエレガントドルへ置き換わることでゴワシましょう。以上でゴワシますわ」
「んがッ! 宣戦布告アルな!」
「平民のくせに生意気ダラー!」
色めきたつ幹部達のざわめきがイヤホンから次々と伝わり、殺意之助は冷や汗を流しながらもニタリと笑った!
「なんか知らんけど幹部の野郎どもプンスカプンプンだぜオィィィィーッッ!! よく怒らせたエレガント山ッ! またここの奴らを楽しませに来いよこのイカレ野郎ーッッッーッッーッッ!!!」
叫ぶ殺意之助、沸き立つ観客席に向け、優雅にカーテシーを決め、エレガント山は軽やかなスキップで救急隊の後を追い、入場ゲートの向こうへと去っていった。
そして──
VIPルームのひとつに、その様子を冷ややかに眺める影が、ふたつあった──!