二十ッ!
ババババババババ──
「くっくっくっギガ、死んだかピポパ?」
プロペラの音が響く中、土煙に満たされた場内を空中のヘルマシーン乃海が見下ろす。
眼下に広がるは、クレーター……大爆発、大破壊の跡!
何が起こったのか!?──時間を少し遡る!
ブッ飛ばす──そう叫んだヘルマシーン乃海のメカ両脚が、ジャコンッッ! と金属音を立てた。ロケットノズルだ──メカ両脚の装甲の至るところが跳ね戸のようにせり出し、その下に隠されていた大小多数のロケットノズルがあらわになったのだ!
ロケットノズルは即座に赤く熱を帯びる──ヘルマシーン乃海のメカアンコ腹はただ意味もなく太いのではない。ロケットノズルを噴射させるための莫大なエネルギーをうまいこと圧縮して貯蔵しておく、おそるべきタンクだったのだ!
そして閃光! 轟音!
ロケットノズル展開から噴射までの時間は一秒にも満たなかった。その、わずか一秒未満の時間で──
最大出力のロケット噴射は、ヘルマシーン乃海の超重量メカアンコボディを瞬時に上空へ持ち上げるとともに──
直径三○メートルの大土俵を、跡形もなく吹き飛ばしてしまったのだ!
これぞヘルマシーン乃海の切り札、『ヘルズロケットぶちかまし』である……ッッ!
だがそのままでは天井を突き抜けて宇宙まで行ってしまう! ゆえにロケット噴射はすぐに収まる! しかし、そうなると今度は地面へ落ちてしまうのではないのか──?
ババババババババ──
そこへ、巻き上がる土煙を裂くように上空から飛来する影──ドローンだ! 直径五メートルはあろうかという巨大ドローンだ!
ガッキィィィィィンッ!
ドローンはヘルマシーン乃海のメカアンコボディが発した無線信号に誘導され、ヘルマシーン乃海のメカ背中に合体! 円形の本体から多数生えたロボットアームの先にあるローターの位置や角度を微調整し、超重量メカボディを見事に安定してホバリングさせる!
こんな最終手段を使うこともあろうかと、ヘルマシーン乃海はドームの天井にあらかじめ吊り下げておいたのだ!
卑劣! 悪辣! ヘルマシーン乃海!
くっくっくっ、と邪悪なメカスマイルを浮かべたヘルマシーン乃海は、上空から悠々と破壊の跡を見下ろした。そしてわずかに顔をしかめた。
クレーターは、ちゃんと土の色をしている。だが、その周囲がやけに赤い。メカ眼をメカズームして見ると──薔薇だ! クレーターの外、闘技場の床一面に薔薇が敷き詰められている!
「ぶはァッ!」
薔薇の一部がモコモコと盛り上がり、殺意之助の顔が飛び出した。厚く積み重なった薔薇の下から、次いで和厳親方、龍角も顔を出す。賞金を運んできた黒服力士もだ。おそらくは気絶したままのグリーン・マワシ兵達も守られたであろう──エレガント防御技『薔薇の壁』によって!
「はいはいエレガントエレガント。強くお優しいことだピガ。だがこれは暗黒デス相撲ぞ──土俵外に足を付けては負けなのだギガ! その薔薇でどうにか生き延びたところで、土俵が無くてはエレガント山の負けッ! こうして飛んでおるワシ様の勝利確定なのだガガガーッッッ!!!」
哄笑! ヘルマシーン乃海は勝ち誇り、一面の薔薇を傲然と睨め回す!
「さあどこにおるガガガガガーッ! 早く出てこいガガガガガーッ! 無様な吠え面見せろガガーァッ!」
──天使を探すなら雲の上──
「あピガ??」
突如響いたバリトンの声に、ヘルマシーン乃海はキョトキョトと、眼下に広がる薔薇を見渡した。声はドーム内のあちこちに反響し、正確な出どころがわからない。
──心の翼をはばたかせ 雲の上まで来てみれば 穏やかな陽がいつも射す 永遠の園 天使の遊び場──
「ポエム……」「ポエム?」「ポエム!」
観客達もざわめいた。ポエムだ! この声はポエム! エレガント山の奏でるポエムッ!
──けれども天使はどこにもいない 雲の上 いつも暖かい陽だまりに わたしはひとり たたずんだ──
「おのれまたしてもクソポエム!? 往生際が悪いぞビボバッ! 素直に負けを認めるギゴガーッッ!!」
ヘルマシーン乃海は苛立ち、忙しなく眼下の薔薇を見渡す! 一体エレガント山はどこにいる!?
ポエムはお構いなしに続く!
──誰かの声が聞こえます ここは優しい場所だけど 足の下には厚い雲 雲が降らせる冷たい雨に 人は打たれて憂い顔──
「どォーこォォーだァァァーギガァァァーッッッ!?!?!?」
ヘルマシーン乃海、イライラ最高潮! キョトキョト最高速!
──こんなところじゃ遊べない 雨に打たれる人々を 置き去りにした その上で 天使は楽しく歌えない──
「はよ出ろやギガァァァーッッッ!!!」
──だから天使はここにはいない 誰かの声はそう言いました ならば私は行きましょう 天使が遊ぶ──
「本当の、場所へッッッ!!!」
ドゴォォォォォ──!
高らかなバリトン! 轟音、衝撃! 何が起こったのか!?
「雷!?」
「また爆発かァーッ!?」
厚く積み重なった薔薇から上半身を出し、落ち着きなく周囲を見回す龍角と殺意之助!
その傍らで和厳親方はいち早く真実に気付いていた!
「いや、あれは……張り手じゃァァァ───ッッッ!!!」
和厳親方が上空を指差した先!
「ぬごッ……ギガッ……!?!?!?」
空中に静止したヘルマシーン乃海の、更に少し斜め上に浮かんだエレガント山が、正面から突き下ろした張り手をヘルマシーン乃海の顔面にめり込ませ、メカ首をバギリバギリと軋ませている!
その信じがたい光景が、筒状の空中スクリーンにも大きく写し出され、場内は驚愕にざわめいた!
「これなんぞ……ギガ……」
「ポエム詠唱による血中エレガント濃度の増幅──その応用でゴワシますわ」
メカ首が折れぬようこらえながら必死に絞り出すヘルマシーン乃海の声に、エレガント山は優雅に答えた。
「先ほどの爆発がゴワシましたわね? その時、爆発は土煙のみならず、あるものも巻き上げてゴワシましたの──それは──薔薇の花びら!」
「ぬおお、確かにッ!」
和厳親方が叫んで上を見回すと、空中には無数に、『薔薇の壁』の欠片と思われる花びらがふわふわと漂っている!
「そこへポエムでエレガント力を高めれば──この通り」
エレガント山は片手でヘルマシーン乃海の顔をグッと押し、その反動で華麗に宙返りすると、空中にふわりと立った──
なぜ空中に立てる? いや、これは──
「ワッタクシの身体は妖精に限りなく近付き、こうして──宙を舞う花びらの上に、立てるッッ!!」
そう──辺りに漂う無数の花びら! その小さなただ一枚の上、足の指ただ一本で、磐石な大地を踏むかのように、エレガント山は悠然と立っているのだ! なんというエレガントの妙技であろうか!
「そしてワッタクシは、おヌッシャ様より数メートル高い程度の空中を、こうして駆け巡っていたのでゴワシますの。エレガントポエムはエレガント放射で辺りの空間を震わせ、エレガントなイメージを直接心に響かせるものゆえ、物理的な音の出どころを探れないのは仕方ないでゴワシますわ。とはいえ、勝ちを確信して下にばかり注意を向ける甘さ──お直しになった方がよろしゅうゴワシますわね?」
そう優しい口調で諭しながら、エレガント山は空中の花びらの上を、次から次へ跳び移った。高さを恐れるぎこちなさなど微塵もない。穏やかな風吹く草原を、楽しく駆け巡るいたいけなプリンセス──とでもいうべき自然体の優雅な動作で、宙を揺れる花びらの上を、音もなく走り回る! 風と一体化したかのような軽快な妖精感! これこそまさにエレガント! エレガントは風に舞う!
やがて一枚の花びらの上に立ち止まり、両腕を高く掲げた優雅なターンを決めてから、片手を胸に当て、もう片方を相手へまっすぐ差しのべる優雅なポーズで、エレガント山はヘルマシーン乃海へ向き直った。
「ともあれ、ワッタクシがこうして地に落ちていない以上、試合は終わってゴワシませんわ。さぁ、続けましょう──エレガント相撲を!」
「くっくっくっピー、ああいいぜ、相撲を続けようじゃないかビガ──ただし!」
ジャギィィンッ!
ヘルマシーン乃海は両腕を前方へ伸ばし、掌を水平に広げた!
「暗黒デス相撲をなァァァ───ッッッ!!!」
ズガガガガガガガガ──
指先の発射孔から大量の小型ミサイル! 体内に貯蔵してあった残弾を全て撃ち尽くす大盤振る舞い! 小型ミサイルもタダではない──大赤字覚悟の大技! 『ヘルマシーン・ボンバー地獄祭り』だ! 無数のミサイルは雨あられとなって、四方八方三六○度、あらゆる角度からエレガント山を包む! 逃げ場などありえない! そのミサイルの総威力、牛二八○○頭は吹き飛ばすに充分ッ!
「い、いかに薔薇の壁とはいえ、これを防ぎきれるのかァァーッッッ!?!?!?」
青ざめた和厳親方が叫んだ!
だが──
「ぬぅッピガッ!?」
ヘルマシーン乃海には見えた──いや、見てしまった!
ミサイルの雨の隙間、わずかに覗くエレガント山の顔──
不敵に、かつ優しげな、アルカイックなエレガント微笑を!
なぜだ──なぜ笑っている!?
そして次の瞬間、ヘルマシーン乃海は知る──
笑顔の根拠、すなわち──エレガント相撲の驚異をッ!