十九ッ!
「こッ、これはァァァ──ッッッ!?!?!?」
殺意之助の絶叫が轟いた。
眩しさから回復し、おそるおそる開かれた人々の瞳には、今まで観ていたイメージと全く同じ、幼い少女の姿から変化を遂げたエレガント山の姿が映っていたのだ──
その姿とは──!
白いホルターネックのドレス!
歌劇女優めいた濃いメイク!
金色の縦ロールヘア! そのうち一本を頭頂に乗せて作られた髷!
という出で立ちの──
身長およそ二メートルの巨漢であった!
「元に戻っただけじゃねェェェ──かァァァ──ッッッ!!!」
殺意之助、全身全霊のツッコミ絶叫!
そう、エレガント山の真の姿とは、少女のイメージを見せる前、素の姿と全く同じだったのである!
「まったくだァ──ァァ──ッッ!!」
「確かに真の姿だがァ──ァァ──ッッ!!」
観客達も口々に驚き呆れた!
だが──
「ヌゥゴンゴゴン! こッこれは……ガガッ……ッ!」
ヘルマシーン乃海はいち早く戦慄のメカ呻きを漏らしていた!
ひとつ説明しよう──ヘルマシーン乃海のメカ眼には、周囲に存在する相撲力を感知するセンサーが備わっている! そのセンサーには、人々が持つ相撲力はサーモグラフィのような色彩のグラデーションとして映るのだ!
例えば周囲に転がるグリーン・マワシ兵たち──完全に気を失った彼等には相撲を取る手立てがなく、相撲力センサー的には何も映らない全くの無だ。──血にまみれ、もう動かない超能侍も同様である──。
観客席の一般人たち。彼等の中には殴り合いで全く勝てない者もいれば、多少ケンカの心得がある者もいるだろう──だがそんなものは力士の相撲力に比べればただの誤差、みな一様に素人にすぎない。相撲力センサーで観客席を観れば、サーモグラフィでいえば極低温、ほとんど黒に近い濃紺に染まっている。暗黒デス行司の殺意乃助もこのクラスだ!
超能侍の付き人・龍角! 付き人とはいえ力士、一般人に比べれば相撲力は桁違い! しかし力士としては力量は足りず、青に近い黄緑程度に留まる!
元横綱の和厳親方! 元横綱だけあって現役時代はかなりの強さであっただろう! だが寄る年波には勝てず衰えてしまった──その相撲力を表す色はオレンジ寄りの黄色! 平凡な現役力士と同格かやや強い程度だ!
そして──エレガント山! これは──相当な強さだ! サーモグラフィでいえばほぼ最端、鮮やかな赤!
その強さは──かなり高位の暗黒デス力士、ヘルマシーン乃海にも匹敵しようかというものだ! 相撲力センサーではそのように見える──
いや、見えていた──先程までの、少女の姿に見えていた間は。
今は──女装の巨漢姿に戻った今──
通常の視覚では、少女に変身する前と見かけは何も変わっていないようにしか見えない。
だが! ヘルマシーン乃海の相撲力センサーには!
まばゆく真っ白な相撲力! 炎などとチャチな熱源ではない、煌々と燃え盛る恒星の輝きを至近で観てしまったかのような、センサーのキャパシティをはるかに超えた異様な相撲エネルギーの塊として映っていたのだ!
「こッこの輝きはッ……ギガッ……!」
「エレガントで──ゴワシますわッッッ!!」
フワァリ──ズドォムッッッ!!
バレリーナのように柔らかく回転してから、腰を落とし、歌劇のような優雅さでポーズを取りつつ足を踏み鳴らすエレガント四股! 見た目には一切の力みを感じさせないエレガントな動作が、大地を揺るがす衝撃を生み、場内の人々の全身を打った!
相撲を取ることには素人である観客達も、全身で、本能で、理解した──
強い! エレガント山は、エレガントであり、そして──強い!
誰もが言葉を失った中で、いち早く次の動作に移れたのも、また、ヘルマシーン乃海であった。
ドスム!
ヘルマシーン乃海が軽く足を踏み鳴らした音に、しばし放心していた殺意之助が我に返りそちらを見る。その視線の先に、ヘルマシーン乃海のメカ手が伸ばされ、指の曲げ伸ばしによって暗号が伝えられた。
隙を見て/殺せ/賞金の/八割を/やる
──暗殺依頼だ! 脅威には敏感に反応し、確実に潰すのが、暗黒デス相撲のやり方なのだ!
「ふ、ふふふ……」
そのサインを見た殺意之助がニヤリと笑った。莫大な依頼料を喜んだか──
「ふッッッッッ──ざけんなァァァ───ッッッ!!!」
否! これは、怒り!
「テメェさっきから何回オレごと殺ろうとしたと思ってんだ! ンな目に遭わされて今さら乗れっかバーカバーカうんこッッ!! テメェの頭はメカニワトリかッ! 普段どんな安いオイル飲んでたらそんな1ビット脳になれるんだポンコツロボットボケ野郎ッッッ!!!」
ニヤリと笑ったのは愛想笑いではなく嘲り笑い! その剣幕はマイクを通じて場内に響き渡り、放心する人々の意識を呼び戻した!
「貴様の安い挑発よりは高価いオイルをたしなんでおるが──はてギガ?」
さも理解できないと、ヘルマシーン乃海がメカ首をかしげる。
「そんなものは暗黒デス相撲の日常のヒトコマにすぎんピガ? 暗黒デス土俵の上では力士も行司も、殺されて金をもらい損ねる奴がマヌケ、ただそれだけとわかっておろうに──貴様こそ何を今更ピボ?」
問われた殺意乃助はチラリとエレガント山を見やり、視線を落として呟いた。
「テメェ──なんでオレを守った? オレが育った暗黒デス足立区の暗黒デススラム商店街では、そんなことをするヤツなんざいなかった──」
「それが──エレガントでゴワシますわ!」
ギュルルル──バシィッ!
フィギュアスケートのような見事な高速回転からの歌劇調ポーズとともに、アルカイックな笑みを浮かべ、エレガント山が決然と言い放つ! その声は、力強いバリトンだ!
「エレガント──エレガントか、ふ、ふふふ……!」
顔を上げ、歩き始める殺意之助──その笑いは、嘲り笑いなどではない!
歌劇調ポーズを取るエレガント山の隣に立ち、軍配をヘルマシーン乃海に突き付ける!
「エレガントだか何なんだか、とにかく何でもいい! 今はとにかく──やっちまえェェ──ッッ!! エレガント山ァァァ──ッッッ!!!」
「ウォォーォォォーッッッ!!!」
「そうだそうだ、なんだかしらんがとにかくやれェェェーッッッ!!!」
殺意之助の煽りに、呆気に取られっぱなしだった観客席が活気を取り戻した!
突然のアウェイなムードに、ヘルマシーン乃海が顔をしかめる!
「あァーン──なんだってンだピポパッッ???」
「正義じゃッ! 相撲本来の正義が、暗黒デス行司の暗黒デス精神に光をもたらしたのじゃァァァ───ッッッ!!!」
「フン、正義だとギゴ……」
感極まる和厳親方の絶叫を、ヘルマシーン乃海は嘲った。そして──
「正義だエレガントだ──そんなものは──」
ヘルマシーン乃海の両脚が、不気味に赤い熱を急激に帯びた──ッ!
「やッやべッ──マジかおい逃げ──」
「ブッッッッ飛ばすッッッッッギガァァァッッッッッッ!!!!!!」
戦慄した殺意之助の必死の警告は、次の瞬間、轟音、閃光、そして高熱によってかき消された──ッ!