十六ッ!
しゃらり──
莫大なエレガント力の発散により、本来の巨体を可憐な美少女と感じさせるエレガント山──その華奢に見える腕にプリンセスのごとく抱かれた殺意之助の視界が、エレガントに回転した。
エレガント山が踵を返したのだ。ヘルマシーン乃海に背を向け、悠々と何歩か歩き、腕の力を緩める。両腕に抱えた殺意之助を優しく降ろそうとしているのだ──
「おッおい!?」と引きつった声を漏らす殺意之助を意に介することなく、だ──
何という迂闊であろうか!
常人の常人による常人向けの競技であれば、このような場面では試合は紳士的に中断するのが普通であろう──
だが! これは! 悪党の悪党による悪党のための邪悪な競技──暗黒デス相撲なのだ!
お姫様抱っこされた殺意之助からは、白くなだらかな肩越し、清楚な花の香りとともに揺れる艶やかな髪の向こうに、エレガント山の背後が見えている──
その先にあるのは、ニッタァーリ、と歪んだヘルマシーン乃海の邪悪な笑みだ! エレガント山を背後から襲おうという、卑劣な意図が明らかだ!
「ヒ──」
その様子を認めた殺意之助は、恐怖のあまり叫びを上げようとした──だが、全ては遅すぎた!
ギュイィィィィ──バォラゥア!
ヘルマシーン乃海の足が唸る! メカ足の裏に仕込まれたローラーの高速回転、そして踵に仕込まれたエアダクトからの圧縮空気噴出! それら脅威のメカニズムが、巨大な機械の身体を難なく瞬時に獲物の背後へ肉薄させた!
と同時に振りかぶられた両腕は、エレガント山の左右から包み込むように掌を向けていた!
両腕のマシンガンが破壊されていても、凶器はもうひとつある──
巨木のごときメカ腕に格納された、丸太のごとき超合金の杭を、掌の射出孔から超音速で突き出す、超能侍に致命傷を与えた必殺の卑劣相撲技──
「ジェットパイル張り手ッッッ!!! ガガガーッッッ!!!」
おぅ……う……、と、場内の観客達が呻きを漏らした。どんなに屈強な力士とはいえ、このような非情の必殺兵器を両側から撃たれたのでは、肉体が潰れ弾け飛ぶのが世の道理なのだ。まして、相手はエレガント力によって可憐な美少女に見えている相手──それを躊躇なく背後から襲って殺したのだ! その驚きの冷酷力、まさに残虐の世界ランカーと言えるのだ! 元々残虐ショーを期待して集まった者たちとはいえ、そのレベルの非道力を生で目撃してしまっては、呻くしかないのだ!
だが!
その呻きは、別の驚きに取って代わられた!
「なッ何ィピガッッ!?!?」
勝利を確信していたヘルマシーン乃海の邪悪スマイルが驚愕に凍てついた。
エレガント山を左右から無惨に叩き潰し、血肉の破片に赤く染まったはずの二本の杭──それが、まっさらなまま虚しく宙に留まっている!
その中央に立つのは無傷のエレガント山! 抱えていたはずの殺意之助はいつの間にかいなくなっている──空いた両腕を身体の前でエレガントに交差させ、エレガントに伸ばした両手の指先で、左右から来た必殺の杭を、エレガントに受け止めたのだ!
「背後と見ればすかさず襲う、まこと悪とは見えすいたもの──ゆえに防ぐはたやすくゴワシますのよ」
そう、背を向けたのは油断ではなかった! 悪の思考を見切るエレガント先読み! そして見切った上での防御を可能とするエレガント実力! それらが揃っているからこその確信的な相撲行動であったのだ!
そして杭に触れた指先を、妖精のダンスを思わせる軽やかさでクルンと回転させる! そのエレガントな回転は杭に伝わり、シルクのハンカチーフを絞るかのごとくキュルルリとエレガントにねじれさせる! 超合金製の杭はゴリラが殴っても歪まないほどの強度をいともたやすく屈服させられ、付け根からねじ切れて土俵にズズゥンと落ちた!
「ぬぅッピパッ!?!?!?」
困惑し、杭を折られた両の掌を、じっと見つめるヘルマシーン乃海! エレガント山の超技能、もはや人間業ではない! まさに人智を超えたエレガントだ!
「どうなって……やがんでぇ……」
奇襲を察知したエレガント山によって、素早く土俵外へ放り出されていた殺意之助が這うように土俵へ上がった。投げ方がエレガントだったゆえに傷ひとつない。
「知れたことよ──」
エレガント山はエレガントに振り返り、ヘルマシーン乃海へ人差し指をエレガントに突き付けた。
「卑劣は、弱い!」
「なんだとピガッ!?」
「卑劣とは、真っ向から戦えない弱者がすがるもの──悲しい武器でゴワシますのよ。それに頼ったおヌッシャ様は、その瞬間まぎれもなく弱者だったのでゴワシますわ」
「ワシ様が……弱いだとギガ!」
「そして、エレガントは強し──ということなのじゃな──」
「グッド理解」
土俵下で頷く和厳親方に向けてエレガントに親指を立てるエレガント山。
「はぁ……」
付き人の龍角は放心気味の声を上げた。まだ付き人の身では理解しきれない、強者同士でのみ通じる領域というものはあるのだ。
「グヌゥ……何がエレガントギガ……!」
ヘルマシーン乃海は憎しみに身をたぎらせエレガント山を見た。3メートルの巨体からは、物理的には少女の姿を見下ろすことになる。だが、精神的には──見下ろされているのは、ヘルマシーン乃海の方なのだ!
「卑劣の! どこが弱いギガァーッ!」
ヘルマシーン乃海の身体は機械であり、機械とは精密にして力強いものだ──
だから、一連の動作は、力強く、素早く、正確で、無慈悲だった。
足元に転がっていた二本の超合金の杭! 常人ならば数人がかりでも持ち上げられない重量を、ヘルマシーン乃海はたやすく相次いで蹴り上げた! そして両手に一本ずつ掴み、目の前のエレガント山に向け振りかぶった──
と思いきや、腰から上を、メカならではの非生物的な動きで突如グルンと回転! あさってを向くと、レーザービームのような勢いで、土俵下の和厳親方と龍角に向かって投げつけた!
「どォこォがァ弱いギガァーッッッ!!!」
なんということか! ヘルマシーン乃海はメンツを潰された腹いせに、エレガント山の味方である二人を殺すのだ! 卑劣! 悪辣! ヘルマシーン乃海!
そして──杭は、衰えた元横綱や、まだ鍛え足りない付き人が避けられる速度ではなく、当たれば生きていられる威力でもなかった──
赤いものが、バァッ、と飛び散った……!