十五ッ!
「お……おらんッ!?」
「ひィ──ッ!?」
咄嗟に身を伏せる和厳親方! 腰を抜かす龍角! その頭上を、しかし弾丸は空しく通りすぎ、遠くの壁をガガガッと穿つのみ! 血飛沫や肉片など全く飛んでいない……!
マシンガンの射線から、忽然と消えたのだ! 殺意之助も、エレガント山も!
いや──物理的な姿のみではない! 会場内の全ての人々が、肉眼でなく精神で視ていた美少女のイメージ──それが一切、消え失せたのだ! 観客達は思わずザワザワキョロキョロと周囲を見回す!
「んなッ……どこだガピー!?」
マシンガンを停め、生身側の眼を驚愕に見開くヘルマシーン乃海!
メカ側の眼も戸惑ったように明滅している!
その赤く光る眼の正体とは、周囲の相撲力を鋭敏に測定し、物陰や背後に潜む力士ですら感知する超高感度の力士センサー! 最先端の対力士兵装なのだ! それが相手の姿どころか、気配の欠片すら一切捉えることができなかったのだ! これは一体どういうことなのだ!
そしてさらなる驚愕が、ヘルマシーン乃海を、いや、会場全体を襲った!
『雨……それは誰の涙? 大空の嘆きなのかしら……』
鈴のような少女の美しい声──ポエムだ!
ポエムがどこからともなく人々に降り注いでいるのだ!
『でも本当に空は泣いているの?
もしかして空の向こうはいつだって
雨に惑わず天使の遊び場──』
「ええいッどこに隠れとるガガッ!?」
焦りを隠せず立ち上がりながらも、マシンガンの両腕は油断なく水平に構えているヘルマシーン乃海! 謎のポエムはなおも響き渡る!
『濡れたまま立ち止まらずに確かめましょう──
雨の降らない雲の向こうを──』
そして……!
「心の羽根を風に開いてッ!」
突然の衝撃、そして轟音! ヘルマシーン乃海の左腕のマシンガンが瞬時に砕け散った! 観客達には何が何だかわからない!
「お……おぉ……ッ!?」
だが往年の横綱であり、すなわち常人をはるかにしのぐ戦闘経験を持つ和厳親方の眼は正確に捉えていた──
ポエムの詠唱を終えると共に、突如ヘルマシーン乃海の前方斜め上の空中に現れ、弾丸のように鋭い蹴りを放ちマシンガンを破壊する美少女──エレガント山の姿を!
そして、エレガント山は蹴りの反動でふわりと宙に浮き、すぅっ、と羽のような軽やかさで、今度は右腕の上に着地した! マシンガンの上にすらりと立ち、唖然としたヘルマシーン乃海を悠然と見下ろす姿、おそるべきバランス感覚! その胸には殺意之助が抱き抱えられている──お姫様抱っこだ!
「どう──なって──やがんでぇ─」
この場に居合わせた全ての人々を代表して、殺意之助が呆然と呟く。
「ポエムよ」
エレガント山は凛と言い放った。
「ポエムはエレガントな乙女のたしなみ──それを詠唱し血中エレガント濃度を高めることで、人は生きながらにして妖精に近付く──つまり風と一体化し、大人の眼には視えづらい存在となり、軽やかに宙を舞えるの」
そこまで語り終えると、バレリーナのような優雅さで一回転! 裸足の指で挟まれていたマシンガンはバキリとねじ折られた! それを静かに蹴って跳び上がると、その高度は数十メートルに達し、シルクのハンカチーフのような軽さと柔らかさで、一切の衝撃なく土俵へ着地した! 人智を超えるにも程がある挙動、まさに妖精というほかない!
「そうか! 高まった女子力による肉体のエレガント化──美少女の姿というイメージすら消え失せ、全身が純粋なエレガントの概念そのものに近付くほどの──それこそが柔の極み! 巌斗山ッ! お主が欲していたのはこの真髄じゃったかァーッ!」
エレガントの妙技に舌を巻く和厳親方! 呆気に取られ言葉も出ない観客達! かつて横綱として戦った経験の有無が、高度な戦技の理解度に大きな差を付けていた!
そして、理解者はもうひとりいた──
「なるほどなァ……その妖精化とやらのせいで、一時的に力士ではなくなり、感知できなくなったわけかギガ……殺意之助は行司ゆえ力士センサーでは拾えず、抱えたままでも上空高くにいればワシ様にはわかりづらいという寸法ウィーン……」
ヘルマシーン乃海の声には今までよりも一層ドスが利いている──先ほどエレガント山を腕に乗せたまま語らせたのは、何も親切や油断のせいではなく、隙あらば土俵へ落としてやるつもりだったのだ。だが腕をひねって体勢を崩してやろうにも巧みなバランス感覚で完璧に静止され、それどころか、足の指を通じて放たれる凄まじい筋力によって、下手に動けば腕を丸ごと破壊されかねないプレッシャーを与えられていたのだ!
彼もまた力士──相手の見せた強さに対してもはや油断はなく、闘争心が際限なく燃え盛る!
ギュゥゥィィィィ──
ヘルマシーン乃海のマシーン下半身から、魔獣が威嚇するかのような、重い駆動音が唸り轟く!