十一ッ!
実に不思議な光景であった──
花が──咲き乱れていた。
突如噴出した土柱が崩れ落ちるのと入れ替わりに、闘技場の地面に空いた大穴から白いものが宙高く飛び出し、ふわりと着地したその瞬間──
土俵の周囲、闘技場に敷き詰められた土一面に、いつの間にか、色とりどりの春の草花が広がっていたのだ!
そしてその上を舞うように、流れるように、まっすぐに土俵をめがけ、軽やかに駆けていくのは──
白い清楚なワンピースの──美少女ではないか!
だが、空中スクリーンに映し出されたその容貌は──見えない!
画面は土一色! いまだ宙に立つ土煙が撮影ドローンの視界を遮っているのだ! これでは観客席から直接見るほかなく、するとその人物の姿は、土煙立つ中、距離も遠すぎてよく見えないはずなのだ──
にもかかわらず、観客達は、それが清楚な美少女だと確信した!
土煙の合間に覗く、遠くからでもよくわかる、駆ける姿の麗しさ──美少女でないはずがない!
人々が呆気に取られるうち、白い美少女は土俵の傍でふわりと跳躍し、くるくるとバレリーナのように優雅な空中横回転を鮮やかに決め、ふわりと軽やかに土俵へ着地した。
その一連の所作の柔らかさに、普段下品な観客達も思わず野次を忘れ、感嘆のどよめきを漏らした。
そして訝しんだ。
こんな時間になぜ……? と。
この時代、女性が土俵に上がることはもはや珍しくない。が、それは女性差別解消などという殊勝な理由ではなく、エッチないでたちの女力士達がくんずほぐれつだとか、屈強な男力士にかよわい娘がじわじわいたぶられたりとか、そんないかがわしいショーを土俵の上で見せて稼ぐ、暗黒デス相撲協会の退廃のためである。
だがそのようなエッチ相撲は、もっと遅い時間帯に深夜割増料金を取って披露されるもの──こんな夕方に、通常料金の試合のついでに見せてくれるほど暗黒デス相撲協会は太っ腹ではないはず──
などと考えが回らない者も相当数いるもので、何人かのスケベ観客がエッチな期待に鼻の下を伸ばし、持参した双眼鏡を覗き込み──
周りより一足先に顎を外した……!
なぜならば──
土俵上のヘルマシーン乃海をまっすぐ見据え、スカートの裾をつまみお辞儀をする挨拶・カーテシーを優雅に決めつつ、
「どすこいあそばせ!」
と力強く言い放った人物──
視界が回復したドローンによって、空中スクリーンに大きく映し出されたその姿は──
……………………。
長いスカートの下から素足を覗かせ、白いホルターネックのワンピースに身を包み、赤い口紅に青いアイシャドー、歌劇女優めいた鮮やかな化粧を施し、縦ロールの長い金髪をなびかせ、ロールのうちひとつを後頭部から頭頂部へ回してチョンマゲのように乗せ、分厚い筋肉で全身をガチガチに太らせた、身長二メートル程の美丈夫──
そう、どう見ても屈強な男だったのだ!
「んがッッ!?!?」「ぶほッほ!?!?」「は!? へ!?!? ぬぇ!?!?!?」
観客達が一斉に上げた驚愕の声が場内に轟いた。さっき見えていた花畑もいつの間にか消えている──
「……なんぞこれガピー???」
ヘルマシーン乃海が、場内一同の気分を代弁した。
「ごめんあそばせ、名乗りもせずに失礼でゴワシましたわね」
謎の人物はうやうやしく一礼し、続けて堂々と言い放った!
「ワッタクシは──エレガント山! エレガント力士にゴワシますわ!」
「エレ……ガント山……じゃと……ッ!」
その名を聞くと、和厳親方は細い目を見開き、熱に浮かされたように、よろりと土俵へ歩み寄る──
「お主、もしや──!」
知っているのだ! このエレガント力士が何者なのかを!