九ッ!
「これは確実に相撲ギガ! なぜならウィーン──」
ヘルマシーン乃海がメカ人差し指を立て天に向けると、周囲を飛び交う撮影用ドローン数機がフォーメーションを整え、複数のアングルから捉えた彼の全身、顔のアップを空中スクリーンに映し出した。そして──
「ワシ様は! マワシを締めているガシャンッ!」
雷鳴のごとき怒声がドーム内にあまねく響く!
青いマワシを締めた股間がスクリーンに大写しとなる!
一斉に沸き立つ観客達!
──この時代の詳細を知らぬ者には説明が必要であろう。この短い言葉に込められた恐るべき意味──すなわち──
マワシルール!
マワシを締めている者は無条件で力士とみなし、暗黒デス相撲の参加資格を得るという全世界共通の法律だ!
そして!
「ワシ様が暗黒デス力士である以上ッ! これは明らかに相撲ギガッ! ものいいなど許されぬガシャンッ!」
そうなのだ──
マワシを締めた者は力士であり、暗黒デス相撲のルールに従うこととなる。そのルールとは!
「暗黒デス相撲のルールはただひとつ! 『勝てば勝ち』ガシャン! 負けておいてケチつける奴はマヌケギガッ!」
つまり! 暗黒デス力士は殺人でも不正でも何でも、力と欲望のおもむくままに、やりたい放題が許されるのである!
この時代は──そういう時代なのだ!
「ひ……卑怯で勝って何が勝ちだ……ッァ!」
「これが『勝ち』ギガッ!」
そんな時代にせめて抗おうと、龍角が必死で絞り出した涙声を、ヘルマシーン乃海はぬけぬけと嘲った。
「勝って何が悪いッ! 卑怯で何が悪いッ!! 悪くて何が悪いッッッ!!! 文句あるなら貴様がワシ様に勝ってみろギガ! ほれ来いガキン! 来いガキンッ!」
己の卑劣を開き直ったヘルマシーン乃海の挑発! だがいくらその醜さに怒ったところで、付き人程度の力で挑める相手ではない……! 龍角はどうすることもできず、両手を力なく土に突き、悔しさに嗚咽を洩らすばかりであった……ッ!
「ギャーハハハーァッ! あいつ口だけ! 弱くて口だけ! 弱虫毛虫!」
「弱虫毛虫! ゴキブリ毛虫! 弱虫毛虫! ダニ毛虫!」
「毛虫! 毛虫! シロヒトリ! 害虫毛虫! シロヒトリ!」
観客達が罵声で龍角のメンタルに追い討ちをかける!
その声にいつしか拍手の音が重なっていた!
「ハッハッハッ……ナイス殺害! ナイス卑怯! それに場内のみんなのナイスイジメ! 実に愉快な一時を過ごさせてもらったよ」
赤い超高級スーツに身を包んだ白人中年男性が空中スクリーンの中で手を叩き、朗らかに笑っていた。観客席の最上段、ドームの天井下にずらりと並ぶ、分厚い防護ガラスに包まれたVIPルームのひとつの中継映像だ。見る者が見れば戦慄するであろう。ヨーロッパに大勢力を構えるマフィアのボスだ!
「それは幸いであります」
傍らでにこやかに頭を下げる日本人男性。見る者が見れば嘆くしかあるまい……日本警察の警視総監だ!
この二人──暗黒デス相撲協会の幹部なのだ!
「腐敗にも……程があるわい」
和厳親方が呟いた。
「痛みと絶望を相手に与えよく頑張った! 感動した! ヘルマシーン乃海くんにはささやかながらプレゼントを贈ろう! 受け取ってくれたまえ!」
マフィアのボスが指を鳴らすと、荘厳なファンファーレが鳴り響き、黒いサングラスに黒いスーツ、下半身は素足に黒いマワシ、という出で立ちの黒服力士が大きなワゴンを押して会場内に入ってきた。土俵の傍まで来て、ワゴンに積まれたアタッシュケースのうちひとつを開けると、中には札束がギッシリ詰まっている!
「おぉーッと見ろよ貧乏人どもォォーォォ! てめェェーらにゃ一生縁のねェーェ、ド大金だぜェェェーェェェ!」
「畜生ブルジョワメカデブ野郎ーッ! 言い換えるならメカデブルジョワーッ!」
「稼ぎ逃げすんなよもっと殺し合えーッ! 楽しく殺して殺されろボケェーッ!」
殺意之助の煽り、観客達の嫉妬・羨望の遠吠えを聞きながら札束に向かいメカ手刀を切るヘルマシーン乃海──そのニヤついた顔が一転、ハッと強張った!
卑怯者でも強者は強者──戦う者だからこそ働く直感というものがある。
何かが──
得体の知れない大きな力が──
ここに来る──!
太く丸いヘルマシーン乃海のアンコ型メカボディに電撃めいた緊張が走り、反射的に向いた方角の入場口から、不穏な雰囲気を漂わせる一団がゾロゾロと入ってくる!