魔族の支配する世界(2)
「初めまして、かな?」
俺は、目前に立つ男性に向けてそう声を掛けた。
この時代に生きる人は、その肌が驚くほどに白い。
それは、太陽がほとんど差し込まない地下世界に住んでいるからだろう。
しかし、この男性はそんな人々に比べると、明らかに焼けている。
(何かあるね・・・・・・・・)
速攻で分かるような結論を思案しながら、俺は体術の構えを取った。
それを見て、男性はニヤリと口角を上げて魔族の後ろに立つ。
魔族の、男であろうその人は、自然と腰から短剣を抜き取った。
(暗殺者か・・・・・・・)
古来、魔族には魔力適正が無い。
その代わりに、魔族には”魔術”と呼ばれる魔法と似て異なるモノを持っている。
そんな中、一度だけ聞いたことがある。
「『◆▽●◆◇△#◆―――』」
そう、魔術の発動するために必要な詠唱は、決して意味を持たない。
ただ、決まった言葉に魔力を込めて、発するだけなのだ。
魔力が魔族へ集まっていくのを見て、俺も意識を切り替える。
「『鎖』」
ジャララララ!!!
という、不快な金属音を響かせながら魔族から鎖が放たれ、俺は身体を横に傾けた。
それにより、目標を失った鎖は空中へと解き放たれ、背後の家を破壊する。
その隙に、俺は低い姿勢で魔族の下へと潜り込んだ。
無言で、魔族は短剣で斬りかかってくる。
「『爆発の火球』!!」
しかし、背後からカレンによる炎が飛来するため、魔族は攻撃を出来ずにいた。
そこへ、追い討ちを掛けるように俺が直接攻撃する。
一瞬で魔族の背後へと回り、身体を捻って回転蹴りを腹に打ち当てる。
重たい衝撃が足に入るのと同時に、魔族の身体がボールの様に吹き飛ばされた。
(足りない・・・・・・・・)
それを見て、俺はそう内心で呟いた。
やはり、体術だけでは決定的な攻撃力が足りない。
そう考えたところで、魔族も気配が背後からして――
「フッ!!」
短い息とともに、俺は背後へと肘を全力で引いた。
だが、当たった感覚が無く、それを確認すると同時に俺は右足を軸にして、大きく身体を右に捻る。
後ろから、引き絞った左足を遠心力に乗せて、背後に立つ魔族へと――
「カハッ!?」
その攻撃が、丁度鳩尾へと直撃した魔族は、口から血を吐いて吹き飛んだ。
その先にあった屋敷の壁を破壊して、さらに庭を数回跳ねてから、魔族の男は止まった。
「『”炎の刺線”』!!」
そこへ、高速で超高温の光線が直撃する。
その速さと熱から、魔族の身体を簡単に貫通して、地面に細い穴を綺麗に貫いて消えていった。
穴が作られた魔族の胸は、ドロッ、と溶け始めている。
血も、皮膚も近くの内臓を溶かしていったのだ。
(やっぱり、生命力は高いな)
それでも、まだ生きている。
ゆっくりと立ち上がる魔族に、俺は若干の焦燥感を覚える。
此処は、魔族の支配する世界だ。
魔族がルールで、魔族を絶対とする世界。
今、俺がこの魔族を相手に時間を取られていると、他の魔族が来るのは確実だ。
というか、来ない方が可笑しい。
目前で、固まったままの男を見て、俺はそう思った。
(どうする・・・・・・・?此処で使っても良いけど、もうちょっと後が良いからな・・・・・・・・)
「ミュア、往けるか?」
「どうでしょう?魔法を使えれば往けるのですが・・・・・・」
「なら止めだね」
確認のように聞くが、ミュアも俺とほぼ同じ状況。
唯一違うのは、ミュアの戦闘方法は魔法しかないことだ。
だから、魔法を使えない今は防御力と俊敏力が異常に高い人だ。
考え事をしていると分かったのか、瞬時に魔族は背後へと現れていた。
「フッ!」
背後から迫ってきた短剣の、その剣先を少しだけズラすように手で軽く押して、俺は身体を捻る。
魔族は勢いのまま俺の横を通り抜けて―――
そこへ、俺は上から両手を握り締めて、全力で殴った。
地面が抉れ、魔族の姿が地中へと埋まっていく。
数秒の間、静寂が場を支配した。
魔族の気配がしないことを確認した俺は、カレンへと問いかける。
「カレンは・・・・・・・・・?」
「やれるならやってるわよ。ただ、リュウ達みたいな高威力の魔法は無いのよ」
若干苛立ちと自責を含んだ声で、カレンは答えた。
カレンはカレンで、俺やミュアの様に天啓的な才能が無く、あまり高威力の魔法は使えない。
以前なら、魔族1人に対しても戦えるかどうか、だったのだから充分戦力になっている。
(となると・・・・・・・・・・・)
此処で使うしかないわけだ。
「ごめんなさいね」
「ごめんなさい」
「大丈夫」
俺の決断に気付いたのか、2人から謝りが聞こえた。
それに対して、俺は気にしないように優しく答える。
激しく何かを破壊する音と共に、魔族が地中から姿を現した。
その身体は、何らかの魔術で治療したのか、傷が見えない。
「どうせ、もう少し後なだけだったからね。今でも問題は無い」
そう告げて、俺は魔族の前へと一歩出た。
それと同時に、ミュアとカレンは一歩後ろへと後退する。
瞬間。3色の輝きが俺の回りに広がっていった。
俺を中心に、円を描くように次第に外へと、外へと輝きは広がっていく。
その円が、魔族と男を飲み込み、ミュアとカレンを飲み込む寸前で、止まる。
「カハッ!!!」
円が形成された直後、魔族は男を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた男は空気の抵抗のみで減速していき、背後の、先程崩壊した壁の瓦礫付近に落下した。
それに対して、俺は内心で一言。
(良い判断だね・・・・・・・・・・・・・・でも)
「足りない」
さっきと同じ言葉。けれど、含まれる意味はまったく違う。
円を描いて広がった、赤、黄、黒、の3色は、それぞれが共鳴するように迸り始めた。
まるで、意思があるように3色の川が大気中に流れ、次第に俺へと集う!
「『集まれ』」
俺が、そう呟くと同時に、それが言霊となって言葉は意味を発揮した。
3色の吸収が、加速した。
赤が、黄が、黒が、3色の流れが、一直線に俺へと流れ込んでくる。
それが、完全に吸収される頃、俺は呟いた。
静寂の中に、一言。
しかし、俺達にとっては、勝ちを宣言する言葉を。
「”龍技”」




