Twilight of God⑥~ピクニックは亜竜討伐~
翌日。
俺は朝早くから街の中を駆け回っていた。
予定では、今日の昼頃から出発するはずだったのだが、予定が変わった。
カレンとミュアにはほとんど情報を流してはいないが、恐らく何かは感づいているだろう。
(少し暖かくなってきたな・・・・・・・・・・)
ロングコートを着ているのも、もう少しだけかもしれない。
そんな事を頭の片隅で考えながら、正面の建物へと一気に跳躍する。
バッ、と軽快な音を立てて屋根を蹴り、目的の屋根へと移った。
すぐに、次の屋根へと跳躍する。
バッ、バッ、バッ・・・・・・・・
繰り返している間に、目的はおおよそ完成してきた。
これさえあれば、最悪の場合を防ぐことは出来るだろう。
(その可能性が一番高いのは、最悪だな・・・・・・・・・)
悪いことに思考が変わりそうだったので、すぐに街全体へと眼を向ける。
どうやら、ほとんど準備も終わっているようだ。
(それじゃあ、戻るか・・・・・・・・)
そう決めて、すぐに反転して来た道から少し逸れて帰る。
屋敷へは、数分程度で戻って来れた。
そこには、カレンとミュアが待っている。
「ただいま。じゃあ、行こうか」
「はい」
「ええ」
2人が頷いたのを確認してから、俺達は馬車に乗った。
今回は、あくまで前提はピクニックだ。
魔法で急ぐような事は出来ないため、馬車でのんびりと行くことになっている。
御車台に俺が乗り、カレンとミュアは荷台から外の見学だ。
「それじゃ、出発するよ」
「はーい」
カレンの嬉しそうな声を聞いて、馬を走らせる。
僅かに、予定よりも速く走らせるのが、最大の譲歩だった。
◆◇◆◇◆
結局、竜の森に辿り着いたのは、昼を越えた頃だった。
一目で分かるほど、強大な魔物が跋扈しているのが理解出来る。
それと同時に、この森の神聖さも伝わってくる。
空高く聳え立つ巨木が、見通せる全てに生えている。
木々の葉から差し込む日差しが一筋の輝きを生み出し、水は透き通っている。
「綺麗・・・・・・・」
ミュアがそう呟き、同意するようにカレンは頷いた。
どうやら、まだ異変には気付いていないようだ。
「それじゃあ、此処等辺で昼食にしようか」
そう提案すると、二人とも目を輝かせて同意した。
すぐに馬車に戻って、弁当を取り出してくる。
これは、ミュアとカレンが昨日作った弁当だそうだ。
中を見れば、日持ちするような物が大半で作られている。
(ありがとう・・・・・・・・それと、ごめん)
カレンとミュアとの約束を破るのは、これで最後にする。
だから・・・・・・・・・・・・
そう内心で呟いた所で、俺は――
――地面が、俺の目の前にあった。
(え・・・・・・・・?)
行動する時間も、考える余裕も無く、俺はその場に倒された。
確認してみれば、どうやら仰向けの状態で地面に転がっているようだった。
ただ、近くに明確な敵意は1つも無い。
あるのは、純粋な不安・・・・・・・・・・・
(え・・・・・・・・・・?)
2度目の、驚きの言葉が零れた。
視界に映った、カレンとミュアの瞳を見て。
「何処に行くつもり?」
「何をするんですかっ?」
2人の瞳には、大きく明確な、不安が宿っていた。
まるで、飼い主に捨てられた子犬のように、寂しそうで、辛いのを我慢するような、そんな瞳。
その時になって俺は、頭から冷水を掛けられたように、自分の馬鹿さを知った。
「・・・・・・・・・・・ごめん」
ただ、その言葉だけが零れた。
言いたい言葉も、言い訳もある。
でも、何よりもこの2人には、その言葉しか出なかった。
「「馬鹿っ!」」
「うっ・・・・・・・・・・・」
瞬間、強い衝撃が体に走り、俺は小さく呻き声を上げた。
俺の上から抱きしめてくる、カレンとミュアを見て、成す術は残っていない。
俺は、なされるがままに、腕を2人の背中に回して、抱きしめた。
そして、もう一度。
「ごめん」
そう呟く。
どうやら、今日中に始祖天竜のことをどうしにかするのは無理なようだ。
胸の中で、瞳を涙に濡らした2人を見て、俺はそう思った。
ふと、記憶の中から1つの思い出が浮かんだ。
学園に居た頃の、思い出だ。
俺はカレンにネックレスを渡した時の、あの時の記憶。
「大丈夫」
「!!」
そう、カレンの耳元で囁いた。
もう、覚えて無いかもしれない。
でも、あの時俺が、確かに救われたように、今は、これでカレンを救いたい。
「大丈夫、大丈夫」
――胸の奥が、少し痛んだ気がした。




