Twilight of God④~ピクニックは亜竜討伐~
1つの疑問を残したまま、俺は屋敷へと到着した。
門を開けようとした手は、しかしそこで止まる。
そういえば、と思う。
(此処を、しっかりと見たことなかったな・・・・・・・)
屋敷と、そこから見える景色。
もしかしたら、初めて見る光景かもしれない。
自分で考えて、次に無いな、と首を横に振る。
(見た。見ただけなんだよな、きっと)
そう。
此処から見える景色を、さして興味も無いように眺めるだけだったのだろう。
昔は、それだけ毎日を生き抜く時間だった。
――此処は、紛れも無く、俺の第二の家だ。
心の中で、強く、そう呟いてから、俺は振り返った。
『吹き抜けた風が頬を優しく撫でて、照りつける太陽が癒しをもたらす。』
そこには、何時もと変わらない、喧騒と街並みが広がっている。
家の屋根がそれぞれ色めき、鮮やかなランプとして並んでいる。
『酷く澄んだ空と、大きく膨らむ雲が燦燦と降り注ぐ光を強調して見える。』
思わず、その場で硬直して、その光景に見入った。
輝かしい光景を前に、俺はどんな思いを抱いたのだろうか。
『輝くように眩しいそ光景は、何故か――』
ただただ、俺は瞳を外せなかった。
まるで、そこにある全てを、大事に、忘れないように焼き付けるように見つめた。
『酷く胸の奥を、苦しくした。』
「?なんでこんな場所で街を見てるんだっけ?」
良く分からないが、どうやら暫く街の光景に見入っていたようだ。
気がつくと、太陽が中天を通り越しそうな場所まで移動していた。
それを見て、少しだけ焦りながら、俺は門を開く。
キイィィ!!
金属音が鳴って、簡単に開いていく門を見て、俺は成長を感じた。
昔は、この門を1人で開けることも出来なかったというのに。
そんなことを考えながら歩いていると、屋敷の扉から人影が飛び出してきた。
愛くるしい顔を爛々と輝かせて、子供のように抱きついてくる。
「おっと、カレン、流石に飛び込むのは危ないよ・・・・・・?」
「でも、リュウが抱きしめてくれるでしょ?」
なら問題ない、とばかりに胸を張るカレンを見て、俺は溜息を吐いた。
まったく。この少女は最近、幼児退行が起きているようだ。
そんな事を考えながら進み、屋敷の扉まで進んだ所で、カレンを下ろした。
「ほら、手繋ぐ?」
「うん!!」
不満そうな顔をしていたカレンも、これだけで上機嫌だ。
妹というよりかは、小さな娘が出来たような感覚に見舞われて・・・・
(いやそれは駄目だろ!!)
激しく後悔した。
カレンにバレないように、密かに頭に電流を流して、自分への戒めにする。
こうすれば、あんまり同じことは起きないはずだ。
「そうだカレン。買い物楽しかった?」
「楽しかったわよ?新しい服も買えたから、今度見せてあげるわ♪」
「じゃあ、楽しみにしてるよ」
どうやら、買った服というのが相当気に入っているようだ。
それから、食堂に着くまでカレンの自慢話は続くのだった。
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レビテント王国の、王宮魔道師<エレン・シルデイア>
王国が誕生してから500と余年経った今でも生きているエルフの彼。
”光”という魔力適正を持ち、光の全てを操る力を持つ彼には、”賢者”という二つ名があった。
「報告します。王城より北側にて観測された超大規模な魔力の正体は、国賓であるリュウ・シルバー様のものと確認がとれました。また、赤い竜が首輪を着けて暴れていたという情報も入っております」
「分かった。下がれ」
「はっ!」
エレンの部屋へと報告に来た兵士を下がらせ、彼は窓の外へと目を向けた。
その瞳に宿るのは、薄く濁った白い輝き。
「・・・・・・そうか・・・ついに、竜が動き始める世が訪れるのだろうか?」
1人言に答える者はいない。
ただ、エレンには既に答えが出ていた。
近くにある重厚な本棚から、一冊の本を取り出し、それを開いた。
厚い毛で内包された本は、重く、そして歴史を感じさせている。
その中の一文に目を留めて、エレンは口を開いた。
その言葉を指でなぞり、まるでそれを確認するように、言葉にする。
『我等竜の身。朽ちず劣らず進に値する』
今は昔の、竜の言葉を理解出来たという偉人が書いた本だ。
『我等竜の身。決して違えぬキズナとともに、汝等を見届ける』
『天の災いが訪れようと。遥かなる力に押し潰されようと、我等は傍観したり』
『されど、我等の身を傷付けるのなら、契約を違うのであらば』
最後の文字は、まるでその人物というよりも、竜の書いた文字のようにも見える。
『地獄の炎となりて、汝等を滅ぼさん』
昔の言葉だ。
だが、決して破ることは許されない、禁忌でもある。
本を閉じたエレンは、暫く目を閉じたあと、口を開いた。
その一句一句を、決して間違わぬように。
「始祖竜を止める願いが叶うのは、リュウ様。貴方だけです。どうか、御力を我等が祖国に」
竜と人が邂逅する時、それは悲劇の繰り返しとなるだろう。
リュウを取り巻く環境は、次第に巡るように動き始めた。
ピクニックと称されたこの出来事が、世界にどう影響を及ぼすのか。
それは神にも分からない。




