屋敷で、再びの決意を(2)
深い睡眠に着いたはずなのに。
気付けば、俺は真っ白な空間に1人で立っていた。
記憶を辿っても、確かに安堵とともに眠った記憶しか無い。
(どういうこと……?)
ふと、白い空間の中で、一際輝く光を見つけた。
遥か遠くにあるように、それでいて、手を伸ばせば届く気がする。
小さく、確かな強さを感じる光に、惹かれるように俺は歩き出した。
砂漠で水を求めるように。
暗闇に差し込んだ1つの光を見つけたように。
ただ、真っ直ぐと光へと歩き出した。
ラ――
ファンファーレに似た音が爽快に鳴り響き、光へと到達した。
辺りを確認するが、何か変わったところがある訳でも無く――
そんな考えは、数秒後に覆された。
ラ――
再び鳴り響くファンファーレとともに、視界が光に包まれた。
思わず目を瞑り、警戒のために緊張感を高める。
「うっ………?」
しかし、何事も無く光は過ぎ去り、俺は目を開けた。
そこには――
(スクリーン……!?)
大きなスクリーンと、その先にはカレンの姿が見えた。
カレンの前で寝ているのは、間違いなく俺の姿だ。
一瞬、存在が稀薄になるのを感じて、咄嗟に自分の手を見つめた。
大丈夫。俺の手だ。
そう暗示をかけるように唱え、再び目線をスクリーンへと向けた。
此処にいる俺が本物なら、このスクリーンの中にいるのは一体誰なのだろうか?
そこまで考えて、俺は答えに辿り着いた気がした。
「もしかして…………夢……?」
その呟きは、この空間全体に木霊するように響いた気がした。
返事は無かったが、俺にはそれが肯定しているように思えていた。
それと同時に、スクリーンの中にいるカレンの瞳に、涙が見えた。
刹那、俺の身体に猛烈な冷や汗が走った。
(どうなってる……?)
その、言い知れぬ感覚を紛らわすためなのか、それとも違う理由でもあるのか、俺は内心でそう呟いていた。
『…………バカッ』
スクリーンの中のカレンが、悲痛そうな声で、そう呟いた。
それが俺に対してだというのは、簡単に想像出来たのは――
思考の渦に飲まれそうになった俺は、続いたカレンの言葉に掻き消された。
『どうして!どうして何時も私の事を考えるの?リュウは、リュウは!!』
「………………何が言いたいんだよっ……」
たっぷり10数秒間を開けた俺は、掠れた声でそう呟いた。
分からない。
カレンが何を言いたいのか、何を考えているのか。
そして、何を望んでいるのか。
(…………いや、分かってる。理解したくないだけだ)
カレンが泣いている。
その事実は、俺の精神を多大に抉っている。
この数年間で、既にカレンは心の大部分を支えてくれているのだ、と、改めて感じた。
そして、カレンが泣いている理由は――
「俺、か………」
この映像を見れば分かる。
いや、痛い程痛感させられたとも捉えられるだろう。
――そして、その事実を否定しているのも、
「俺、だな」
弱々しい声になっているのに気付いた時の、俺の顔は誰にも見せられないかもしれない。
最愛の人物の手によって、声によって、俺は自分を否定しなくてはならない。
その事実が、その答えが、俺をどうしても苦渋の場に立たせる。
今の俺を形成している大部分が、カレンを思い、そしてそのために戦う意志だ。
それを否定することが、俺に不確定という未来を視せている。
暗闇に包まれた未来を見るのが、底知れない不安を俺に抱かせていた。
ふと、カレンの顔に、俺の最も恐れる陰が降りた気がした。
カレンが、自分の立つ意味を否定する陰だ。
怖い。逃げ出したいし、今すぐ跳ね起きたい。
この事実から目を逸らして、今までのように幸せでいたい。
心臓が、痛い。息が、荒い。
流れる血が高速で身体中を駆け回って、酸素が暴れまわってるように感じられる。
(………………………………………………………………………………………………)
『リュウ、お前は賢い子だ。成すべきことは何か、分かっているはずだ。でもな、分かっているだけなんだ。お前がこれから学ぶべきは、それをどうやって成すのか。その道順を考えて、その道をしっかりと進む勇気を手に入れることだ』
ふと、頭の中に懐かしい声が聞こえた。
もう、ほとんど記憶に残ってないけれど、それでも、俺を育ててくれた、暖かい男性。
「お父さん……」
無意識に、そう呟いた。
さっきとは、また別の涙が頬を伝って、何も無い空間へと落下した。
見えているのは、きっと幻覚だ。
でも、それでも俺が今、こんなにも勇気が沸くのは、紛れもなくこの人のお陰だ。
父の姿は、やがて粒子となって霧散するように消えていった。
『大丈夫。お前は賢い子だ。お前なら出来る』
耳に残る、暖かい言葉を聞き届けて、俺は前を向いた。
スクリーンはだんだんと崩壊をはじめ、同時に俺も意識が遠退くのを感じる。
それと同時に、スクリーン内の俺の姿がだんだんと活性化していく。
勝負が始まることを告げる鐘が鳴った。




