残念な野心家
学園へ入学して、卒業するまでの3年間。
そのうちの、2年生のある日の話だ。
授業が終わり、生徒のほとんどが帰宅についた。
恐らく、誰もが早く家に帰りたいのだろう。
なにせ、明日から学園で一年に1回しか無い<迷宮探索>という名の宝物探しが始まるのだから。
勿論、その話題は俺とカレンにも届いていた。
「明日は勝ちに行きましょう!!」
「いや、俺は別に勝たなくても良いと思うよ?」
「勝ちたく…ないん、ですか?」
上目遣いでそう聞いてきたカレンに、俺は言葉を詰まらせた。
その瞳で見られると、本当に弱い。
大人しく溜息を吐いて、俺は両手を上げて降参のポーズをした。
「……勝ちますよ」
「はい♪」
まあ、この笑顔が見られんだから良しとしよう。
そう考えて、俺も笑みを浮かべながら帰宅を始めた。
_ふと、俺の耳に声が聞こえた。
「あし……しただ。…た…ぞ」
その声は、どうやら学園の地下から聞こえるようだった。
何故、俺に聞こえるのかは不明だが、どちらにしろ良い問題ではないだろう。
今度は本当に面倒な溜息を吐いて、俺はカレンの手を握った。
「帰ろうか」
「はい!」
まずは、カレンが優先だ。
深夜。カレンがしっかりと寝静まったのを確認した俺は、夜の学園へと足を運んだ。
別に、もっと早く来る予定ではあったのだが、カレンが離してくれなかったのだ。
まあ、その分俺も幸せだったから問題無いのだが。
それにしても、夜の学園は不気味だ、と思う。
地球に居た頃は、夜の学校には怪談があるというのが常識だったが、この世界でもそうなのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、俺は学園の前へと辿り着いた。
校舎が目前に聳え立つが、昼間とは違ってやはり不気味な感じがする。
「それに、変な違和感もあるしな」
1人でそう呟き、俺は校舎内に足を踏み入れた。
中に入っても、特に変わった様子は無く、ただ不気味な雰囲気が広がっているだけだった。
前世なら怖くて即刻立ち去った場所だが、今では恐怖どころか余裕に物事を考えることも出来る。
「それも、この身体のお陰だな」
こうやって幸せで居られるのも、俺の身体のお陰だ。
それに今更ながらに感謝しながら、俺は2階へと昇った。
1階には、特に不審に思える場所は無かったからだ。
2階も、やはり不気味な雰囲気が広がっている。
――という訳でも無く、意外にも静かで、神秘的だった。
月の光が窓から差し込み、廊下を麗しく照らす。
表現が可笑しいが、それ程優雅な、感じがするのだ。
「なら、1階はなんで――!?」
そこまで言いかけて、俺は咄嗟に前方へと転がった。
その直後、俺の背後から空気を切り裂く音が空しく響いた。
振り返った俺が、見たのは、この学園の生徒だろう。
制服を着た、一人の男子生徒だ。
俺が知らないのだから、2年生では無いのが確定であり、何よりもこんな生徒の情報は入って来たことが無い。
(なら、この人が行方不明だった男子生徒か)
入学当初に実しやかに流れた、生徒が行方不明になったという噂。
学園側が、元から人数はこれで合っていると見解したためにすぐに霧散した噂だが、実際は違う。
学園の技術を以ってしても、見つけられなかったのだ。
その事実を知るのは、学園長と俺だけだ。
と、そこで男子生徒の背後に誰かがいるのに気付いた。
恐ろしいほどに地味だ。
「まさかぁ?この攻撃を避けられるとはぁ?思わなかったなぁ?」
「…………」
現れたのは、男だった。酷く太った。
それでいて、この声。この伝わってくる気持ち悪い感情。
思わず、吐き気がして口を抑えた。
――ついでに、汚い言葉も飛び出した。
「気持ち悪いんだよ!!!!デブ!!!変態!!!!塵!!!う*こ!!!!」
この感覚は、一生味わいたくない。
その一心で、俺は右手を空中に広げた。
「”焔剣”!!」
速攻で――つぶす!!!
「”限界突破”!!」
バシュッ!!!!
大声でそう叫ぶと同時に、腕を横に一振りした。
男の首が胴体から離れ、戸惑う顔をした男の身体を向いて地面に落ちる。
もう、死からは逃れられないだろう。
――だが、生ぬるい!!!
「”焔炎””雷剣””炎散瞬華””重力””天光””氷華””霧の破滅”!!!!!」
もう、学園なんて関係無しに、吹き飛ばした。
男の死体は残らなかった。
ただし、学園の2階には巨大な穴が――それも修復した。
俺は、一応いやな感覚は消えたことを確認してから、学園を去った。
帰って寝た翌日。
俺はカレンに一日中甘えて、この気持ちをなくしたのだった。
勿論、迷宮探索には参加出来なかったが。
俺もカレンも、幸せな時間だったのだから問題は無い。




